雷鳴を轟かせ、池へと突き刺さった稲妻から現れた彼女は、もう二度と会えないのではないかと 考えたその人、そのものだった。
再会を噛み締める2人を安堵の気持ちで迎える幹部たちである。でも声を掛ける事は出来ない、なんだか そこに2人の世界が作り上げられていたからである。
が、そこに割り込んだ声を発したのは他でもない沖田に抱きしめられている彼女自身だった。




「・・・・冷たい・・・」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・、」」」」」



身も蓋もない言葉に絶句したのは何も幹部だけではない。抱きしめている沖田本人が一番落胆しているようだった。
戻って来たとはいえ、本来の性格は変わっていないみてぇだな、と土方は思った。
しかしなんだこの甘いとも言えない彼女の態度は。てっきり沖田のあの執着ぶりを見るにそれ相応の関係になったのかと 思えば、そうでもないらしい。べりっと激しい音がして容赦なく引きはがした彼女は池から立ち上がった。
とりあえずは水のある所から、抜けようとよろよろと覚束ない足取りで陸の方へ歩こうとする。 が、そこで動きが止まった。なんだ、と見れば怪訝そうな顔の沖田だ。 さすが、転んでもただでは起き上がらない男だけはある。しっかり裾を掴んでいる。



「ちょっとちゃん!・・・!?・・・今の、なに、」
「今の・・・・?・・・あ!手ですか」



何かを言おうとしたのだろうが、そこからの言葉は続かなかった。
慌てて手を引く沖田が掴もうとしたその先は、驚くべき事に手が水になっていた。 それゆえに掴もうとしても、するり、とすり抜けるだけで、全然掴むことができない。 触れる事が出来ない上に、そのまま彼女の手を通して地面が見える。
おっかなびっくりと見ていると、それはゆっくりと手の形に戻った。その元の形を取り戻した手を自分の胸元に 引き寄せて、彼女はおそるおそると言った様に口を開いた。



「なんか、びっくりさせてすみません。でも・・・これ、もう今に始まった事じゃないんで」
「確かに、君がたまに存在を失くしそうになってた時あったね」


気が付いていたのか、と少し驚いた様に目を開くと、 ふむ、と考え込んでいるような素振りを見せる沖田。
ぴちゃん、と髪を伝って雫が落ちる。座り込んだままの彼と、立ち上がった彼女の声は淡々と聞こえた。


「ま、前の時も少ししたら落ち着いて戻ったので・・・大丈夫かと」
「前?頻繁になるって事?」
「・・・まぁ、そうですね。自分の世界に戻ってからはそれが結構ありましたから」
「理由は・・・氷雨とかいうあの鬼、か」
「・・・雷はもう抜き出されてて使えないだろうし、しかもそれのせいで人体のバランスまで崩れたみたいです」
「・・・ばらんす?」
「あー、えっと身体の均衡、って事です。元々人間は6〜7割は水なんですよ」
「へぇえ、じゃあ色々いじられたせいで均衡が崩れてるってことか」
「そう言う事、みたいですね。まぁ雷の事はなくてもいいんですけど」
「じゃあ、さっき触れても大丈夫だったのは・・・雷の力を氷雨に取り除かれたから?」
「た、ぶん。そうだと思います。・・・今は落ちついてるんですけど、気を抜くと水に・・・」
「厄介な事になったね。まぁ触れてもビリビリしないのが唯一の救いってとこだけど」
「でもこれ実体を保つの難しいんですぐ水になっちゃうんですよ・・・あ、」



でろん、と垂れた雫からは実体ではなくて水が滴り落ちた。手首から先がない。まるごとない。
ちょっとしたホラーだ。それを偶然見てしまった藤堂が悲鳴を上げる。



「ぎゃあああ、どーしたんだよ、それ!お前、まさか幽霊になっちまったのかよーっ!南無阿弥陀仏・・・!」
「うお、なんだ。雷の次は水か?お前・・・本当に苦労する奴だな・・・」
ちゃんがさらに触れられない状況になるなんてなぁ・・・!うう、俺は悲しいぜ・・・!」
「新八さん・・・?誰が、誰に触るって・・・?!あはは、あはははは空耳だよねぇ!」
「ぎゃああああ総司が・・・!誰か、ちょっと、誰かーっ!!」



さっきまでの悲壮な目はどうしたのか、そうが問いかけたくなるほどに勢いよく 抜いた剣を振りまわして沖田は水を蹴って立ち上がり、永倉に飛びかかろうとした。
逃げまくる永倉を不気味な笑顔で追いかけまわす沖田、恐ろしい事この上ないけれど、何故かは ちょっと笑ってしまった。

それでも最初は久々の皆の雰囲気に笑っていた彼女だけれど、その状態が長く続いて、さらに 沖田の目が真剣味を帯びてくると、その笑いも引き笑いに変わっていった。 このままだと永倉が殺されてしまうかも・・・!
帰ってきて早々、殺人現場を見たくはない、と危機感を抱いたの目に飛び込んできたのは頼れる2人組だった。
思わず駆け寄って、すがりつく。



「おいコラ、総司!落ち付けって・・・!うわ、つ、冷てぇ・・ったいなんだこりゃ・・・・あ?」
「えっと、お久しぶりです、土方さん。あ、あのあれ・・・止めてください!」
「ああ、よく無事だったな・・・っていうのも神に対して失礼か・・・まぁ、生きててくれて良かった」
「土方さん・・・!ありがとうございま、・・っちょ!」
「ひーじーかーたーさぁあああん?なにしてるんですか、に近づかないでください!」
「そ、総司・・・?お前・・・大丈夫・・・か?」
「大丈夫ですよ、なにか?ていうかその手を離してください」
「あのなぁ、これは俺じゃなくて、から・・・!」
「総司、が帰って来たからと言ってそう、はしゃぐな」
「斎藤さん・・・、お久しぶりです」
、あの時はすまなかった・・・」
「あの時・・・?」



首を傾げて見せる彼女に斎藤は眼を少し見開く。
まさか、忘れている訳ではあるまいな、いやそんなまさか、いくら彼女が平和呆けしているからと言って、 自分があの惨事を招いた最初のきっかけであったのは間違いない。
彼女が雷神として戦わなくてはいけなくなったのは、自分がああ言って頼んだからだ。
あの時そのまま部屋から出なかったら、痛い思いもせずに済んだというのに。


「だから、あの時の事を悔やんでいた。悔やんでも悔やみきれない・・・すまない」
「斎藤さん・・・そんな、気にしないでください。ただの役立たずで終わらなくて良かったんですから」


ね、という言葉と共に握られる手。水神という事もあってか冷たい。けれど心地よい冷たさで、 それは斎藤をほっとさせるものだった。そしてなにより素直な彼女はどうも小動物的な要素があるらしい。 ほっこりと癒される気がする、と日々かなり荒っぽい連中に囲まれている斎藤は内心思った。

だが、そう一息ついた所で後ろからもっと冷たい氷を纏った気配がした。
自身も不思議に思って後ろを向くと般若のような顔をした沖田が恐ろしいくらいに詰め寄っていた。
思わずも斎藤の手を離して後ずさる。永倉殺人事件は結果的に終わったようだが、今度はこっちの身が危険だ。
おもわず顔をひきつらせてしまったが、それがどうも沖田はおもしろくなかったらしい。


「なぁに、一くん。いつからのこと名前で呼んでる訳?」
「な、別にいいだろう。俺がどう呼ぼうと総司には関係がない」
「そうですよ、皆さんそう呼んでくれた方が嬉しいですし?ね?」
「ふーん・・・そう、別にいいけど」


ちっともいい、なんて顔していない。そのまま腕を組んでじろじろと見つめられる。とんとんとん、と右足を軽く 地面に打ち付けて、何かを考えている。・・・何を考えているのかは想像したくもないけれど、きっと良くないことに 違いない。 居心地が悪いのを感じながらも、ひきつった笑顔を張り付ける。反対に沖田は完璧な笑顔を張り付けたままである。
こわい。また沖田に対する恐怖心が沸いてきた。なんか、怖いよ、前よりもなんかかなり怖くなってる・・・! それが恐ろしく冷たい眼差しだ。わたし、何かしただろうか・・・?!いやしてないよ!
しかしこのままだと自分は氷漬けにされてしまいそうだ。困った。なんとか打開策はないものか、と頭を フル稼働して考えてみるけれど、良い案は浮かんでこない。

うーん、とにかくなんか言わなくては、と口を開いた瞬間、斎藤さんと自分の間に沖田さんが瞬間移動していた。 否、移動が速すぎて見えなかったのだ。・・・この人本当に人間なんだろうか。自分よりもよっぽど人間離れしてる 気がするけどなぁ。
ぼやぼやしていると、さっと手を取られていた。そのまま背を向けて沖田さんは歩きだしてしまう。 自分は、連れて行かれるままになっている。あ、足、足が引きずられてるんですけれども・・・! そして、残された幹部の人たちは茫然としている。
な、なに?なな、なにが起こっているのか分からない・・・!


「あの、」
「行こう、早く乾かさないと、ちゃん風邪を引くよ」

きゅっと握られた手は氷の様な気配を纏っていたくせに、酷く温かかった。
柔らかな口調で言われたそれは、きっとわたしを心配してくれたと言う事だろうか?確かに今わたしは全身ずぶぬれだけど、でもなんで今?
それにしたって沖田さんの優しさは突然顕われては、すぐに消えゆくものだったから信じきれはしなかったけれど、私は そんな彼の限りなく底辺に近い優しさに懐かしさを感じて、少しだけその口は弧を描いた。


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「・・・あれさぁ、きっとさっき冷たい、って言われて拒絶されたの気にしてんじゃねぇ?」
「平助、そう言ってやるなよ。久々の再会なんだ。総司だって思う所があるだろうさ」
「なんだなんだ?どーしたんだろうなぁ、総司のやつ」
「斎藤、お前も変な事に巻き込まれたな。・・・これから大変になるぞ」
「・・・」








世界を変えたのは誰だ




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