部屋に戻るとまた彼女が変な格好をしている事に気がつく。その格好の彼女を見るのは2回目。 1回目は言わずもがな、彼女がここにやって来た時だった。ずぶぬれの彼女に斬りかかったあの日を忘れる事はない。 いつの間にか夏は過ぎ去って秋がやってきていた。 しっとりと濡れた髪をそのままにしているを見て、ようやく水に濡れたままでは風邪を引いてしまう、という事に気が回った。 どうやら見かけ以上に自分は動転しているらしい。 拭くものは、と自室を見回して手ぬぐいを渡す。すると驚いた様に弾かれるように顔を上げた彼女はお礼を言ってきた。 「あ…ありがとうございます」 「それで風邪でも引いてうつされたらたまらないしね」 「そうですよねー」 思わずいつもみたいなつんけんとした言葉が出てしまうけれど、それでも変わらない表情に少しほっとする。 自分は人の顔色を伺って行動するような事は絶対にしない部類の人間だと思っていたけれど、彼女に対しては 少しだけ、気を割こうかという気持ちになる。不思議だ。 疑問には思ったけれど、再会の喜びでそこには蓋をしておく。 とりあえず大事な事はどうやってが帰って来たのかと言うところだ。 もう2度とこちらには来れないと思っていたのだけれど。 それを聞くとは怪訝な顔をした。 「沖田さんが呼んだんじゃないんですか?」 「・・・・・・・・・・・は?」 たっぷりと沈黙を取ってから、かろうじて声を落とす。 次は自分の方がぽかんとする方だった。表立って呼んだ覚えはないのだけれど、いつの間にか無意識に呼んでしまって いたのだろうか?…だとしたら、違う世界に帰った彼女を呼び戻したのは自分だと言うことか。 偶然帰ってきたという訳ではなく、自分が呼んだから。 「噴水…あ、えと、人工的に作られた池?みたいな前を通る時に、呼ばれた気がしたんです」 「それって・・・気のせいじゃないの?」 「そうかもしれませんが、その後すぐに噴水に引き込まれて…まぁその後はご覧の通りですが」 「で、こっちに来ちゃったって訳か」 呼ばれたと思ったら池に引き寄せられて、ぼちゃんと落ちたら、次はこの世界にいた。 簡潔にまとめればそういう事だ。どこかで自分の世界と彼女の世界は繋がっているらしい。 ふぅん、と一応頷いてはみるが、仕組みはよく分からない。 そんな事を思っているとふいに自分の頭にふわっとした衝撃。目の前が白い何かで覆われている。 と、思ったら柔らかな手が頭を撫でるようにすべる。 が頭に手ぬぐいを被せてごしごしと水気を拭きだしたのだと気が付いたのは数秒遅れてから。 されるがままの状態である。こんな事をしてもらったのはいつ以来だろうか、などととりとめもない事を 考えながら、その気持ち良さに浸り、そっと目蓋を閉じる。すると上から彼女の存外優しい声が降って来た。 「沖田さん、そんなんだと風邪引きますよ」 「…んー・・・・・」 「まったく自分の事になると本当に無頓着な人ですね」 あ、笑った。沖田は彼女のこういう所が気になったのだ。 いつも笑顔と言う訳じゃない彼女の笑顔は気を緩めた時にだけ、ほっと出るものだ。 つまり、今自分といるこの時に気を許してくれている、と言う事だろうから。 それに、彼女自身から手を伸ばし、人に、動物に、大きく括れば生きているものに触れたと言う事は嬉しかった。 もうあの時の様に彼女が何に対してでも怯えたりしない、そんな優しい世界が今は、待っている。 渡される手ぬぐいを受け取って今度は自分で軽く拭う。確かに、少し肌寒かった。 言われるまで気がつかなかった自分に驚いて思わず笑ってしまった。 「わたし、あの時の事あんまり記憶になくて・・・ごめんなさい」 「・・・君はその後すぐに消えた。霧みたいに、瞬きした瞬間に、」 「その時に、・・・・わたしは自分の世界に、帰ったんですね・・・」 彼女の訥々としたもの言いにゆっくりと合わせて手ぬぐいで水気を取る手を止めて答える。 でも、と彼女は低い声で言う。部屋にそれは響いた。 「…結果的にわたしは約束を守った訳ですけどね」 「…そうだね」 そう言って向けてきた彼女の表情は晴れやかなものだった。そしてもう、彼女に触れてもピリリともしない。 本当に氷雨とかいう鬼に力を吸い取られてしまったらしい。 彼女によると当分なにかが起こらない限り、雷が落ちてくる事はないだろう、と言うことだ。 その替わり身体が水になってしまうという怪奇現象が起こってしまう訳だが。 それはまぁ…攻撃されても無傷でいられると言う事なので、少し安心もする。 あまりに無防備な彼女はこっちがはらはらしてしまうほどだから。自分の目の行き届かないこともあるだろうし。 「まぁ、これからはいつも傍にいるつもりだけど」 「…?なにか、言いました?」 「…別に、なにも?」 君のために なにができるでしょうか (back) |