縁側を歩いて自分の部屋の前まで来た時に、よく見知った顔があった。・・・藤堂さんだ。
近づいて見ても気付く様子はない。そっとそっと近づくと彼は目を閉じて丸まって寝ていた。 なるほど、お昼寝にはちょうどいい気温だし、休んでいるのかも。昨日も夜は巡察だったみたいだし。広がる 髪はなめらかで美しい。ん、としばし考えて障子を開けて自室から布団を出す。それを、そっと掛けてわたしは その横に座る。・・・それにしても頭痛そうだけど、大丈夫かなー。髪も縛ったままだから寝にくそう・・・。


「よいしょ、っと」


広がった髪を綺麗に整えて自分の膝の上へ頭を乗せる。かすかに身じろぎはしたものの、起きる様子はなくて、 余程疲れているんだなぁ、と思って髪を少しすいてみる。さらさらだ。なんという驚異的なキューティクルを持ってるんだ ろうか、藤堂さんてば。

誰かに触れられるというのは嬉しい事だ。それをかなり実感している今日この頃。
前にここにいた時にはまったくもってその行為は恐ろしいものでしかなかった。 でも雷の力がなくなって、 触れてもビリッともしなくなった。少し前まではそれがすごくすごく怖かったのに、その反動なのかちょっとした触れ合いが自分でもびっくりするくらいに 嬉しい。くっつきたがりになってるのかもしれない。


もう暦的には秋なはずだけれど、まだまだ暖かい。太陽が優しく包み込むような熱を伝えてくる。実際問題、 わたしには雨の天気の方があっているし、気だるいのが抜けるのでそっちの方がいいんだけれど、 今の藤堂さんには丁度良い気候だと思う。そう思って空を見上げると太陽の眩しさにそっと目を細める。 その時、わたしの膝の上から小さく声がした。



「・・・・・・・・」



わたしの名前?
藤堂さんはどんな夢を見ているのやら。悪い夢でないといいけれど、と思いながら髪をすく。 なんだか微笑ましい気持ちになってしまうのは不可抗力だ。
と、思ったらかすかに藤堂さんの目が開いた。髪をすいていた手を止めてじっと見つめてみる。



「・・・藤堂さん?」
・・・?」
「はい、そうですよー」



そう返事をした瞬間、どこか寝ぼけ眼だった彼の意識が完全に浮上したのか、かっと目を見開いたと思ったら、 勢いよく身体を起こした。
お、驚かせてしまったのか、そりゃそうだよなぁ、床で寝てたはずなのにいきなり人がいたらびっくりするか。 悪い事をしてしまったのかも。
謝ろうとして口を開こうとすると、藤堂さんの顔が案外近くにある事に気が付いた。 しかも相手はガン見している。・・・なんだろうこの気まずさ。最近よく味わう気がする。 なんと言おうかと考えているうちに藤堂さんの顔がどんどん赤くなった。



「うわぁおあおうわえあわえええぇえ?!!・・な、なに、?!」
「そうですけど、えっと、あの驚かせてしまってすみません・・・」



ずさぁああああっと音が聞こえるくらいの勢いで縁側を滑って行く藤堂さん。
あああ、そんなに慌てると縁側から落ちます、よ・・と声を掛けようとしたのに、時すでに遅し。 すでに藤堂さんは庭に落っこちた後だった。しかもギャグみたいに頭から。・・・ギャグ以外の何物でもない。










「ったく、もとっとと起こしてくれりゃいいのに!」
「ごめんなさい、気持ち良さそうに寝てたからつい・・・」
「あ、い、いや!別に責めてる訳じゃねぇからな、その・・・膝枕ありがとな」
「ん?ああ、別にそれはお安い御用です」



昨日の巡察が応えていたのか、俺はいつのまにかこの暖かい日差しに負けて眠ってしまっていたらしい。
それだけならまだ良かった。問題なのは、に発見されたって事だ。 別に、会えるのはいい、むしろ嬉しいが、なんでよりによって寝ている時に来ちまうかなぁ・・・。 間抜けな寝顔晒してないといいけど。


それにしてもには帰って来てから久々に会った気がする。
あの羅刹どもが屯所を飛び出して行ったあの夜。は総司の助太刀を任されて飛び出した後に消えちまった。事情を深く聞きたかったけれど、当時の総司の様子じゃ深い所まで聞くのは とてもとても無理な話だった。あんな状態の総司にそれを聞く事は酷く惨いことだったから。
それでも彼女はまたこの彼女が消えた丁度1年後、またこの秋の日に戻って来た。・・・雷の力を失って。


彼女が帰って来てから、まともに話をする事は少なかったけれど、の噂はいつも俺の耳に届いていた。 市井の見廻りに出ると、絶対に噂になっているからだ。どうも雷の力を失って、半分水みたいになった彼女は 市井の人々から見るとかなり神秘的に見えるらしい。肌の色も透き通る様に白いせいで余計に人外っぽく 見えるのだろう。まぁ・・・確かに神様だけど。
それでなんでも総司が贈ったとかいう和傘を差すとその色が肌の色に映えて大層絵になるらしい。 着物の着方も我流なせいで、それを一層際立たせてるだとかなんだとか・・・まぁ、そんな感じらしい。
らしい、らしいと続いているのは、オレは実際見たことがないからだ。
それでも、巡察に出ればお供え物も半端ない量を押し付けられるので、人気は上がるばかりだという事がよく分かる。

はあまり外には出ない。極力迷惑を掛けたくないから、と彼女は笑うけれどそれが俺らにとっては 少し悲しかった。だから暇がある時には連れ出す事を皆で決めた。 ずーっと屯所にばかり籠っているのは決して良い事じゃないだろうし!
・・・・とかなんとか思っているのだけど、現状はそうもいかない。 なーんか都合よく邪魔が入ったり、部屋にいなかったり、・・・さまざまな理由であまり機会に恵まれなかったからだ。
そんな俺にもついに機会が巡って来た!密かにぎゅっと拳を握りしめる。


「さ、最近は元気でやってるみたいだな」
「ええ、皆さんにも良くしてもらってますし、おかげ様で。藤堂さんは、・・お疲れですか?」
「オレはー・・・あー、昨日夜遅かったし寝不足なだけ」
「そうですか、・・・・あ!そうだ」


ぽんっと手のひらを合わせて、微笑まれる。 ゆるゆるとした微笑みはなんだか和まされてしまう。
しばしぼーっとしてしまっていると、首をかすかに傾げた がオレの名前をもう一度呼ぶ。彼女の髪がさらり、と肩から落ちる。そういや今日は髪を結っていないんだ なぁ、と思う。
そんな事を思っている内には部屋へ入り、なにやら箱を持って出てきた。


「こ、これ・・・高級老舗のいずみやの和菓子じゃん!」
「頂いたんですけど、なんだか高級そうで手を付けにくかったんです」
「いーのか?オレが食っちまっても」
「ええ、藤堂さんが甘い物好きな事を聞いていましたから、いつか、と思って」


それはなにか、オレの事を思って取っておいてくれたと言う事だろうか。 ・・・なんか、駄目だ。オレ、今すごい見られたくないくらい動揺している。・・・純粋に、嬉しい。 こみ上げる熱が顔を熱くする。
顔を膝に埋めてしまいたくなる衝動を堪えながら・・・あー、オレ、今絶対顔真っ赤だ。 それを知ってか知らずか、はオレの横に座り声を掛けてきた。



「前にも藤堂さんと、ここで饅頭食べたりしましたよねー」
「そうだなぁ、もうだいぶ前だけどな」
「・・え?そんな前ですか?つい最近だと思いますけど」
「・・・え、ってなんだよ。お前とこうするのは、かなり久々だと思うぞ?」
「あの。」



急に真面目な顔になって隣で正座までし出した彼女は衝撃的な事を口にした。



「わたしがいなくなってから・・・そんなに経ってないですよね?1か月くらい留守にしただけですよね?」
「・・・・はぁ?!そんな訳ないじゃん、1年は経ってるって!」
「・・・え・えええ・ええ?!う、嘘!」
「嘘なんかついてどうするんだよー。お前、あの総司の熱烈歓迎っぷりをおかしいと思わなかったのか?」
「へ?・・・あ、あの、てっきりからかってるんだと・・・」
「・・・・・・・」



ちょっと総司に同情してしまった。もちろん総司は同情とか嫌がるに決まってるけど、それでも 同情せずにはいられなかった。総司、全ッ然伝わってないぞ!
彼女はどうやら誤解していたようだ。確かに暦は彼女が消えた時と対して変わらないし、 気候だって、日の沈む早さだって同じくらいだ。 妙な沈黙がオレ達を包む。横に座った彼女からはうんともすんともなにも聞こえてこない。 確かに1年経っていたと知らなかったのならその驚きも頷ける。



「そんなに・・・経っていたんですね。全然気が付かなかった」
「・・・まぁ、1年経っててもオレらは別に気にしないけどな」
「・・・?!忘れていても・・・仕方がない時間ですよ、1年って」
「それでもオレは忘れなかったよ、の事を」
「・・・そうですか」



そうやってオレの顔を見たは少し泣きそうな、でもそれを我慢しているような表情だった。感情の波があまり激しくない彼女は あまり笑顔だったり、涙だったりを見せる事がなくそれはかなり貴重なものだったけれど、今見せている 表情はなによりも辛い。 忘れられていても仕方がない、と言った諦めたような言葉の端々から寂しさが感じられるから。 そんな事はない、と証明したくて、それは口を飛び出していた。


「大丈夫、大丈夫だって、。なんかあったらオレが守ってやるって言っただろ?」
「・・・それも最近聞いたばかりです、本当に、藤堂さんは・・・」



未だにオレを苗字で呼び続ける訳も、深くは入り込めない彼女なりの何かがあるんだと思っていたけれど、 この時にオレはその理由にようやく思い当った。

・・・は怖いんだ。先が見えないような所に思いきって飛び込んでいく事が出来ない。 オレにも分かる。オレも決めた事を迷って、後悔して、その繰り返しばかりで。それはやっぱり怖い事だと思うから。
だから、せめてオレはオレに出来る最善を尽くしていく。今も、これからも。 大丈夫だ、と教えてあげたい、その一心で彼女の冷たいひんやりとした手をぎゅっと握る。 反射的に俯いていた顔が上がった。・・・驚いてる。
でも彼女の言葉はしっかりとオレの耳に届いた。

「ありがとうございます、藤堂さん」
「別に!元気が出たならそれで、」
「ううん、本当に嬉しかったから。・・・ありがとう、平助くん」
「・・・今・・・?」



その後に、ふいに漏れた微笑みは最高に柔らかいものだった。
自分の名前を呼ばれた様な気がして、それを もう一回確認しようとして、顔を覗き込もうとしたけれど、それは逸らされておもむろに彼女は立ち上がった。


「じゃ、わたし、お茶淹れてきますね。ちょっと待っててください」
「あ、ああ!気ー付けろよ!」
「心配症ですね、大丈夫ですってば」


オレの鼓動の早さと、顔の赤さに 気が付かないでいてくれたのは嬉しいような、なんだかちょっとだけ悔しいような・・・。 でも、ぱたぱたと走って行くの後ろ姿を見ながら、オレは1人、暖かい空間に包まれて笑ったのだった。











もどかしい気持ちが

      割り切れない





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