起床して、しばらく布団の上でぼーっとしてから服を着て、布団を畳んだ。 その布団を畳もうとして今日は丁度天気が良いから、頑張って干そうかな、 などと考えた時の事だ。
ちょうど外から声が掛けられて名前を呼ばれた。どうやら土方さんが呼んでいるらしい。
・・・珍しい事もあるものだと考えたけれど、遅れてはいけないとその後すぐに立ち上がって 土方さんの部屋まで向かった。



「失礼します、ですが」
「来たか、入れ」
「はい」



どうも土方さんの部屋に入る時は職員室に入るようなそんな懐かしい気持ちにさせらる。 ノックまでしそうになるのをいつも押さえて(障子にノックしたら、完全に障子紙が破れる) 障子を引いて中に入る。
すると土方さんの部屋にはかなり珍しい事に書類が溜まっていない事に気が付いた。すごい珍しいな。いつもだったらそこらじゅうに書類が ばらばらに散らばっているのに、今日はすべて整頓されて机の上に置いてある。 そのせいか土方さん自身にも余裕があるのか、御髪が崩れていない。・・・珍しいな。

そんな珍しい状態の土方さんに呼ばれたわたしは緊張しながら部屋の中へ入り、また同じように障子を閉める。 ずりずりと着物を引きずりつつ(今日はちょっと着物がゆるい。ずるずる引きずってきてしまった) 座れと言われたので大人しく土方さんの目の前に座る。すると土方さんの眉間にしわが寄った。



「なんだ、着物。まだ着れねぇのか」
「はい。まだ慣れなくて。難しいですね」
「はぁ・・・直してやるから、後ろ向け」
「あ、ありがとうございます、すみません・・・」



後ろを向くとぐっと帯を締められて、正しき着物の姿へ変わる。 まぁ、きつく帯を締めつけると苦しくなりすぎて、結局緩める事になるのだけれど、土方さんはそこらへんを 分かってくれているみたいで、加減はしてくれた。
向き直ってお礼を言うと、土方さんはただ黙って頷いた。こうしてると面倒見の良いお兄ちゃんみたいなんだけれど、 眉間のしわがそれを台無しにしている。
いつも眉間にしわが寄ったお兄ちゃんなんてそんな人いるものか。
あ、思考がずれたな。そう、問題は本題にある。一体土方さんは何の様があってここに呼んだのか。
土方さんは思案するように視線を一度落としてから、まっすぐにわたしを見た。



「お前に紹介していない奴がいたと思ってな。ずっと屯所を空けていて、昨日戻って来たんだが」
「・・・それはまた。随分急な話ですね。ええっと、どなたですか」
「山崎、」



紹介すると言ってもこの部屋にはわたしと土方さんの2人きりだと思ったのだけれど、 土方さんが呟いた名前が部屋に響くと、どこからか人が現れた。
え?な、なに?忍者?なんだろう、新選組の隊服ではない男の人だ。



「副長、お呼びですか。・・・・っ!」
「ああ。お前は紹介してないと思ってな。、こいつは監察方の山崎だ」
「監察・・・?えと、わたしはと言います」



紹介してくれたので、わたしは軽く頭を下げて自己紹介をする。
何故だか相手の人が驚いて息を呑んだので、なにか驚かれるような事をしたか?と考えながらお辞儀した顔を 上げた。
するとつり目で短髪の男の人は、それで我に返ったのか自身も慌てて頭を下げた。 その上がって来た顔には、見覚えがあった。思わず口から驚きがこぼれる。



「・・・あ、」
「・・・・・」
「・・・山崎」
「はっ、すみません。新選組監察方の山崎蒸と申します」
「あの、わたしと、会った事ありますよ、ね・・・・・?」
「・・・覚えておいでですか」
「はい、あのお饅頭ありがとうございました。とても美味しかったです」
「いえ!それくらいの事は・・・」



土方さんはやれやれと言った感じで首を振っている。
一番最初にここに来た時に驚くべきスピードでお饅頭を手渡して去って行った彼が、山崎さんだと いう事に驚きを感じた。確かに、かなり素早い動きだったから只者ではない感じはしていた。まさか監察方とは。 監察って・・・多分、スパイみたいな感じだよね、多分。

わたしは、あの時声を掛けれなかった代わりに、ここでお礼をしっかり言えた事に安堵した。
なんでもあのお供え物を渡した後に出張に出る事になったので、しばらく屯所にはいなかったらしい。
だから見かけなかったのか・・・なるほどなぁ。
うんうん、と頷いてみるものの、対する山崎さんはかなり緊張しているようで、あまり言葉を発しない。 神様だと思われて、・・・まぁ、実際手とかたまに透けてるし・・・人間じゃない。そう見えても仕方ないだろう。
えーと、雷ぶっぱなすとか思われてたりするのかな・・・もう出来ないんだけど。



「あ、あの!そんなに緊張なさらなくても・・・雷はもう使えないので」
「あー・・・、こいつはそういう、」
「か、雷様がお力を使えないのでは、どう身を守られているのです?!」
「え?ええっと・・・幹部の皆さんが守ってくださっているので。心配はないかと思いますが」
「副長、幹部達も多忙な身。もっと身辺の警護に気を使った方が良いかと」
「山崎、それは抜かりなくやっている。安心してくれて良い」
「ええ。わたしは頼ってばっかりですから・・・すみません」
「お前が気にする事じゃない。謝るな」



どうやらわたしの身の安全の話をしているようだ。雷が無くなった分、対抗できる力はほとんどわたしにはない。
でも私的にはかなり厳重だと思う。隙あらば沖田さんが訪ねてくるし、藤堂さんも色々お土産持ってきてくれるし、 永倉さんも遊んでくれるし、斎藤さんも気にかけてくれるし、原田さんも話相手になってくれている。
幹部の人たちが多忙なのは分かっているけれど、ほとんど1人になる、という時間がわたしにはなく、 そういった心遣いを受けている。 そして、それがとてもありがたいことだと分かっている。

山崎さんはそれが心配だったようだけれど、土方さんにそう言われて大人しく引き下がった。 それから、わたしと土方さんに一礼したかと思うと、さっと軽い身のこなしで立ち上がって部屋を出て行こうと した。



・・・のだが。



「〜〜〜っ!?」
「だ、大丈夫ですか!」
「おい、山崎。平気か!」
「・・・だ、大丈夫です。問題ありません」



酷く大きな音がして、山崎さんは思いっきり部屋の柱に頭をぶつけた。茫然としてしまうわたし達だったけれど、痛みに 悶絶する山崎さんの元へ慌てて駆け寄る。額を見てみれば赤くなっている。
本人は大丈夫だと言い張るが、いやいや問題ありまくりじゃないかと思う。 なんか身のこなしが素早いのに、変な所で抜けている人だなぁ。自分の手がひやりとするので、 患部に手を当てて冷やす。こういう時半分水になってて便利だったなぁ、と思わずにはいられない。
その横で土方さんが呆れたようにため息をついていた。「・・・おいおい、こりゃ重症だな」と 呟かれた言葉がわたしの耳に入って来た。
も、もしかしてこのぶつけた所が打ち所が悪くて重症なのだろうか!?それは、大変だ。 どうすればいいのか!と混乱しているのは、わたしだけで、土方さんはわりかし落ちついている。



「ひ、土方さん!重症って・・山崎さんは大丈夫なんですか!もっと冷やした方が・・・!?」
「あ、ああ。平気だと・・・その、なんだ。もうちょっとお前は山崎から離れた方が良い」
「へ?な、なんでですか」



駆け寄ったわたしの腕の中で山崎さんは俯いたままだった。
余程酷く強くぶつけたのか、かなりの痛みだったのだろう。顔を上げない。 心配になって覗きこもうとしたその時だった。廊下の方から声がした。土方さんが舌打ちをして障子へ 向き直る。障子の影が動いて土方さんの部屋の前で止まる。



「土方さーん。巡察の報告に来ましたよー。ふぁぁあ、ねむ・・・」
「そ、総司!なんでこんな時に・・・!ちょっと、待て。開けるな!今は開けんな!」
「なんでです?なにか見られたくない事でも?開けますよ」
「だ、駄目だって言って・・・!」
「・・・沖田さん?」
「・・・今の声、ちゃん?ちょっと土方さん、一体何を、・・・っ!」



沖田さんがいきおいよく障子を蹴り倒すくらいの勢いで開けた。 それと同時に土方さんが頭を抱えた。
なんだろうこの息の合ったリアクションは。
わたしはと言えばそのまま山崎さんの額に手を当てているまま、飛び込んできた沖田さんと目があった。 あれ、珍しい・・・本気で沖田さんが驚いている。今日は本当に珍しい事ばかりだ。 と、のんきに思っていたら、その驚いた目をすぐに細くして、ずかずかと沖田さんがこちらへ向かって歩いてくる。



「・・・ちょっと、なにしてるの」
「お、沖田さん?」



こ、怖い・・・!な、なに?さっそく今日初めての遭遇からして怒ってる?!
額に置いた手を掴まれて離される。え?!え?な、なにが起こっているの? べりって音がするくらいすばやく引き離されたかと思えば、ぎゅっとその手を握られる。



「なんだ、君。戻ってきてたんだ」
「ええ、昨日の夜に。沖田さんもお元気そうでなによりです」



ひたすら混乱して周りを見渡すわたしに、土方さんは目線で諦めの念をこっちによこした。
ど、どうやらこの2人凄く仲が悪いらしい。というか相性が合わない。・・・何もかも合わない。
ぎりぎりぎりと目線だけで、火花が散っている。握られた手から相当の怒りがにじみ出ている。
・・・そんなに嫌いなのか!じゃあこの状況は最高に悪いと言う事だ。



「あ、あの。お2人とも、落ちついてください!」
「ああ、ちゃん。おはよう。よく眠れた?」
「おかげ様で良く眠れました。・・・ってそうではなく!」
「沖田さん?彼女が困っているようなのでその手を離した方が良いのでは?」
「はは、君って面白い事言うね。 ちゃんが嫌がるはずないよ。・・・何言ってるの?」



冷たい笑みで山崎さんを睨みつける沖田さん。
対して負けない強い眼光で淡々と言う山崎さん。
つ、強い・・・! ここで感動するのもなんだけれど、沖田さんに真っ向から向かっていく人を初めて見た。
そうかー、沖田さんにも刃向おうという人がこの新選組にもいたんだなぁ、 などと少し長い現実逃避をしてみたところでこの状況は変わらない。
土方さんも遠巻きにして、今更ながらわざとらしく書類を見て確認するふりをしているし、 一体どうすればいいのか。

平穏な朝は一気に緊迫した雰囲気に包まれ、わたしは大きなため息と共に、これからの 展開に頭を悩ませた。











果たしてどちらを

      優先すべきか
                                   (さてそれが問題だ)




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