触れ合う事を避ける人間に、拒絶された事がある。

それはやんわりとしたもので、直接的な響きはなかったけれど、それでも心にはしっかりと届いてしまったもの。 1回やられると、それはそれは触れにくくなってしまうもので、動揺してしまう自分がいるのだ。
そんな経験一度だってした事がないから余計に身体がこわばってしまって、基本的に自分の行動にぶれがない はずだった自分の行動は彼女限定で、とまどいと、不安にまみれてしまっていた。
こんなに自分は不器用だったか?と自分に問いかけてみて苦笑する。 もう1回笑ってあいつの頭を撫でてやれたら、と思うばかりで。それでも身体は動かなかった。



季節は秋、天高く馬肥ゆる秋。まだまだ日差しは強く夏のままが続いている状態だ。
雷神であった彼女は水神として戻って来た。雷の力を奪われた彼女は前ほど酷くはないものの、水の影響を 強く受けるようになり、あまり天気が良い日は活動できない。
それでも曇りの日や雨の日になると屯所前の掃除をしたり、そこを通りがかる人に挨拶をしたりと、 日常生活を送っている。どうやらこの辺の民にも受け入れられたらしい。お供え物を押し付けられている 姿を幾度となく見る。
そういった事が増えた為、以前は雷が頻繁に屯所に落ちていたせいで「あそこには気性の荒い神様がいる」だのなんだので かなり騒ぎにもなっていたのだが、それも一変して穏やかな神がいるという認識に変わった。

箒を片手に持ちながらも彼女が指を空中で滑らせると流れるように水の玉が出来、宙に浮かぶ。 幻想的で美しい光景だった。・・・・・・とはいっても偶然見かけただけなのでで、彼女は気がついてはいないだろう。








「あ、原田さん。こんにちは」
「おう、休憩中か?」



廊下に腰かけて庭を見ていた水神、を見つけたのはそんな日々を過ごしていたある日の事だ。
軽く手をあげて彼女の方へと歩みを向ける。2人きりで会うのはこちらへ彼女が戻ってきてからは初めてだ。
極めて自然に不自然ではない一定距離を保ち、嫌がられないギリギリのところで細心の注意を払って隣へ腰掛ける。 こんな傍に座るだけで緊張するなんて事今までになかったのに、と空を見上げれば雲ひとつない青空だ。 少しそれが恨めしい。目を細めて太陽を見る。



「お前、体調大丈夫か?今日は天気がいいからなぁ、また倒れたりしねぇか?」
「心配し過ぎですよ。ちょっと前に1回ふらついただけじゃないですか」
「そんな事言ったってな、現に倒れたから信頼できねぇんだよ」
「ひ、酷い!そんな弱くないですから、大丈夫ですって。それに水なんだから心配しなくても」
「はは、悪い悪い、そんなむきになるなって」



もう!と口をすこしとがらせて反論するは向けていた視線を庭の方へ移した。
それにしても彼女の横に寄ると涼しい、思わず癒しを感じてしまって息が口から抜ける。 のほほんとしてしまう自分を押さえられそうにない。緊張したりなんだかんだで彼女には色々思う所は あるのだけれど結局のところ彼女に飲み込まれてしまいそういった感情はなくなってしまう事が多い。
不思議な奴だ・・・本当によく分からない。
自分には理解出来そうもないな、と後ろに手をつきながら 空を見上げる。彼女がきゅっと膝の上で組んだ手が力が入るのを目の隅で捉えた。

「(もしかして気を遣わせちまってるんじゃ・・・)」とそんな考えが思考をよぎった時だった。 彼女はぐるんと勢いよく自分を見上げてきた。まさかなにか嫌な思いをさせたか?と冷や汗が出る。
本当に自分は彼女に弱いらしい。



「あの、その・・・・原田さん、」
「ん?なんだ?」


言いにくい事なのか、さっきまでの勢いはどこへやら。声の調子と共に俯いてしまった顔を上げずにそのまま話し始めるの表情は固い。 きゅっと着物の裾が握られてしわになってしまっている。 そして耳に届く声はかすれて、小さい。
覗きこむように耳を傾けると、苦しそうな表情を彼女がするもんだから、ますます焦ってしまう。
女の扱いには慣れているはずだった。なのに、それなのに、 こんなに余裕をなくす自分がいた事に自分で驚いてしまう。短気な事は短気だけれど、余裕をなくす事は 余程切羽詰まった状態じゃなかったらなかったのに。後悔はしたくないと突き進んできたはずだ。
あの時ああすれば良かったなんて後悔はしたくないから、自分の気持ちに正直に生きてきた。 でもそれが「しなくて良かった」という安堵に包まれてしまう。だから進めないのだ。
自分の差しだした手をそっと拒絶されたあの日から。

もっと柔らかく笑う彼女が見たいと思うのに、どうにも上手く行かないものだ。
そこでしばしの沈黙が落ちた。鳥のさえずりまで聞こえてきて、とてものどかなのに、恨めしく感じて しまう。



「その、原田さん・・・わたしに気を、今も、遣ってますか」
「・・・・・・?!」
「前に原田さんが手を差し伸べてくれた事、ありましたよね。・・・・その時の事、ずっと謝りたくて」
「な、・・・それは、」
「親切を、拒絶して。あの時は自分の事でいっぱいいっぱいで、」
「・・・・・・別に、気にしてねぇよ」
「・・・・・・・ごめんなさい」
「じゃあ今は、・・・・・・・・大丈夫なのか?」



自分の問いかける声が震える。
いや、震えない様に細心の注意を払って、表面上に動揺は出さない。 大丈夫なのか、という問いに触れても良いのか、という問いを織り交ぜて。前髪が目にちらつくけれど振り払っている 余裕はない。



「はい、あの時は、恐れていたんです。怖くてたまらなかった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・何を?」
「ええ。わたしの身体には常に微量の電流が流れていたので、触れると痛い思いをしたんです」
「・・・は?そうだったのか?・・・ちょ、待てよ。だって総司は平気そうだったぞ!?」
「それが不思議な所で。沖田さんは構わなかったんですよね、痛いのに」
「・・・・・・・んだ、・・・そうだったのかよ・・・」
「痛い思いをしてまで触れてもらう様な権利、わたしにはなかった・・・だから、」



たどたどしく告がれる言葉たちを拾い集めていけば、 思わず笑みがこぼれる。・・・・・・なんだ、そういうことだったのか。 驚くほど簡単にすとんと、胸につかえていたものが落ちた。
自分がぐだぐだと考えているよりもずっと簡単な答えがあったのか、と小さな笑いが喉を震わせる。
今まで躊躇してあんなに動かなかったのに彼女へ向かう自身の手が、すんなりと頭にのびて、触れる事が出来た。 彼女の結わないさらさらとした髪をかきまぜるようにして、自身の胸へとそのまま押し付けた。



「良かった・・・・そうか」
「・・・・・・!」



ちょっと焦った様な空気が伝わって来たけれど、なにも彼女は言わなかった。ふと下に目線を向けて 彼女の表情を見やれば、その表情は嬉しさでこぼれ出していた。きゅっとつぶった目は酷く嬉しそうで。 ああ、この表情が見たかった。彼女はこんなにも表情を変える事が出来るようになっていたのか。
ずっと見たくて、でも見れなくて、ずっとずっとひっかかっていたその表情。

そして今、ようやくのそれを見て心底安心した。












確かに感じる君の体温




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