ぐだー、っと布団にうっつぷす。
もう駄目だ、気力の限界・・・!そう思ってしまうほどにわたしは酷く弱っていた。
ああ、あの時の余波がここで・・・、とか思ったがもうやってしまった事はどうしようもない。 今日も元気にさんさんとふる太陽の光が障子から差しこんで、ぐったりとしたわたしの身体を照らす。
ううううう、だるすぎる。神様がこんなんって世間体的に非常によろしくないよね。



「でも、これはきつい・・・今度からは気をつけよう・・・」



でももう少しだけ、あと少しだけ横になってて、それから動き出そう。 そう、思ったはずなのに。廊下の方から軽快な足音が聞こえてきた。
・・・・・・・・・・私には悪魔の足音に聞こえた。ああ、悪魔は足音なんて立てないけど。



「おーい、、起きてるかー?朝メシだけど・・・」
「うー・・・はい、藤堂さん・・・おはようございま・・・、」
「おい?・・・どうした??・・・ちょ、開けるぞ?」
「・・・」
?・・・・・だ、大丈夫か?!」
「うう・・藤堂さん、大声・・・、」
「あ!ご、ごめん!」



そ、そんな天井を揺るがすような声で叫ばなくても・・・!
その声でめまいがするよ・・・藤堂さん・・・。 ぐったりと布団の中でうずくまるわたしを見た藤堂さんは駆け寄ってきたけれど、その後すぐに 部屋を出て走って行ってしまう。ばたばたどたばたという音だけが遠ざかっていく。
と、思ったらそれはすぐに復活して、2つのどたばたとなってわたしの部屋へと帰ってくる。



ちゃん!!無事か!生きてるかー!死んじまうなんて、よしてくれよ!」
「だぁ、もう!新八っつあん。あんまり大きい声出したら駄目だって」
「と、藤堂さん・・・何故、この人選・・・、」
「ごめんって!今走ってったら丁度新八っつあんに会ったんだよ!」



せ、せめて土方さんか斎藤さんか原田さんを・・・・!
病人の横に来ては駄目な人組が何故わたしの周りに集まるんだろう・・・あー・・・不運だな、わたし。



「ねぇ、そこに僕の名前がないのは何でなのかな?」
「はっ、そ、総司?いつのまにここに・・・!」
「ついさっきだよ。何を騒いでるのかと思えば・・・、ちゃん、」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい、」
「無茶するな、って前言ったばかりなんだけど。なに、へたってるの」
「・・・自分の限界っていうのを知らなかったもので・・・」
「はぁ・・・・とりあえず君、水神なんだから水を無駄に使ったら駄目だよ」
「え?・・・なんで知って・・・」



君の事で僕が知らない事なんてないよ、と意味深な笑みを浮かべてそっと人差し指で軽く 私の唇を押す。そうやって無茶ばかりしてるからそういう風になるんだと言わんばかり。
そうなのだ、昨日、わたしは確かに無茶をした。












それはわたしが相変わらず屯所内でぼけーとしてた時の事だ。
外の門の方から声が聞こえてきた。振り向けば、びくっ、という空気と共にさっと消える影。 首を傾げて門の方へ出向けば、門の柱にしがみつくように子供がいた。女の子だ。
まんまるな目を大きく開いて、わたしを凝視している。これは・・・怖がられているんだろうか・・・。 そんな怖い顔だったかな。一応子供には好かれるまでは行かなくても嫌われるまでは行かないと思ってたんだけど。
目を合わせたままですとん、っとしゃがみ込むと、その子は肩を揺らした。 なるべく怖がらせない様に優しく声を掛ける。



「どうしたの?新選組になにか用事?」
「・・・っ!・・・あの、えと、」



きょろ、きょろと周りを見ながら、言葉を紡ごうとする女の子はようやく柱の影から出てきて、わたしの前に 立った。そして、じっとわたしの顔を見つめてから、ちょっと下向き加減に小さな声でぼそぼそと呟いた。



「ここに、・・・ここにいるかみさまに会いたくて、おねぇちゃん。知ってる?」
「え?神様?・・ええと・・・知ってるけど」
「前ね、見たの。ここで1人でね、きれいなかみさまがね、水をぽぽぽって!指でくるくるしてね!」



文法も主語もあったもんじゃないぐちゃぐちゃなお話だったけれど、わたしにはどうにか理解出来た。
わたしが暇つぶしで放った水が気になるんだろう。指を空中で浮かばせてくるくると振るとそこから 水滴が生まれるという遊びをよく1人でやっていたので、そこを見られたに違いない。
・・・・・・・・・我ながらなんとさびしい遊びをしているんだろうか・・・。
最近は暑いので傘を差してることが多く、顔は見えなかったのだろう。 なるほど、と頷いてわたしは人差し指を空に向ける。そしてくるくるとそれを動かしてみる。
ぽんぽんとリズム良く水の玉が現れて浮かぶ。



「もしかして、これかな?」
「・・・っ、わ!」



びっくりしたように指の先を穴があくほど見つめる女の子は、元々まんまるだった目をさらに丸くさせた。 これこれ!これが見たかったの!とはしゃがれて、まんざらでもない気持ちだ。
こんな風に喜んでくれるもんなんだなぁ、子供って、と思う。
確かに今日は日差しが強い事もあって、きらきらきらと反射して光り輝く水の玉はいつも以上に幻想的に見えた。



「おねぇちゃんが、かみさまだったのね!すごい!」
「そう、言われてるけど・・・。・・・ん、」



日差しが強い。 でも一瞬だから大丈夫と部屋を出てきたので、ここにあの傘はない。
なにより純粋に、きれいな笑顔で笑ってくれるこの女の子をずっと見ていたかったってのもある。 神様神様と言われてても、わたしに出来る事はほとんどない。だってわたしはこの時代の事をなにも知らない。 生きていく為に必要な事すら知らないのだから。

たったひとつでも喜ばせる事が出来るならと、 食い入るように見つめる女の子の為に指を滑らせ続けていると、どうやら物陰から様子を伺っていたのだろう、 他にも子供たちがぞろぞろと出てきて、取り囲まれてしまった。



「すっげー!もっともっと!」
「ね、だから言ったでしょ。かみさま、水出せるって!」
「きれー・・・!」
「俺にも出来るかな?」
「出来る訳ないでしょー。かみさまだから出来るんだよ。お母さんが言ってた!」
「どうやったらかみさまになれんのかなぁ・・・」
「きらきらきら・・!すごい!」



集まって来たのは近所の子供たちだろう。 近所の大人たちとは面識があったけれど、子供とはあまり会う事もなかったわたしにとって、 この辺りにはこんなに子供がいたのか!と今更ながらに驚いたりもした。
あー・・・そういえば、沖田さんとかもよく遊んであげてるとか言ってたなぁ。知らなかった。



せがまれている内にどんどん日は傾き、そして夕方になった。
子供たちの満足そうな笑顔を見送って、ばいばい、と手を振ると「ばいばい?」と首を傾げられたけれど。 そいや、ばいばいって英語か・・・そりゃ分からないよね。と苦笑しつつもその背中を見送る。
満足してもらえてよかった・・・。ふぅ、若干日の光の浴び過ぎと、水を失った、って事で頭がぼんやりするけど、 でもそれを引き換えにしても今日の行いは良かった、と思う。



そう、良かった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はず、だったのであった。
・・・・・・・すみません、沖田さん。無茶するな、ってこれで何回目だろうか。












「で、」
「すみません・・・反動でこんなに自分が弱るなんて思わなくて」
「君ね・・・何回同じ事繰り返してるの。不安定な状態だって分かってる?」
「う・・・そんなに目を吊り上げなくても・・・」
「まぁまぁ総司!も近所の子供と遊んでやっただけだろ?少し休めばまた元気になるって!」
「そうだぜ、そんな怖い顔して睨まなくたっていいだろうが。怯えてんぞ」
「永倉さん・・・!」
「おうおう、総司は怖いなー。ちゃん・・・ってあぶねっ!」
「一刀両断!・・・なに触れ合おうとしてるのさ」



永倉さんが手を握って励ましてくれようとした瞬間、部屋に立てかけてあった竹刀(これ、安全対策の為にお いてあるらしい)がわたしと永倉さんの手の間を割り入った。
一刀両断の後には星でも付きそうな声の様子なのに、沖田さんの表情は般若のようになっている。
藤堂さんがあちゃぁ、と頭を押さえる。



「なっ、ちょ、そんな怖い顔で竹刀構えんなって!な?落ちつけ?」
「新八っつあんてば、本当に空気読めないんだからよー」
「それは平助、君もだよ。なにちゃんの部屋まで呼びに来ちゃってるのさ」
「は?!な、それくらいはいいだろ?!」
「許可した覚えはないんだけどなぁ」
「・・・・・・・何をしている」



がらり、と障子をあけて入って来たのは斎藤さんだった。
や、やっとまともな人が・・・・!と布団の中で涙しそうになったのは秘密の話だ。
まぁ、斎藤さんの問いかけももっともなもので。まさかわたしの部屋で竹刀をぎりぎりとしてやり合っている(主に 一方的なやり合いだけども) 思いも寄らない事態だろう。



「斎藤さん・・・沖田さんを止めてください・・・」
、どうした。随分と顔色が悪い様だが」
「わたしはまだ平気です。それよりも永倉さんと藤堂さんが命の危機です・・・風前の灯です」



失礼する、と声を一言放ったかと思うとささっとわたしの傍まで寄ったかと思えば、 斎藤さんは素早く行動を起こす。
その間のわたしの部屋はもちろん静かな訳ではなく、沖田さんが永倉さんと藤堂さんを竹刀構えて追いかけまわして いる所だ。沖田さんは集中すると周りが見えなくなるからなぁ・・・。そんなことない時もたまにはあるんだけど。



「これではがゆっくり休めないだろう。部屋を出るぞ」
「・・・っは!そうだったごめんな!」
「ごめんな、ついつい生命の危険を感じてどたばたしちまったぜ・・・」
「・・・・そうだね、ちゃん。大人しく寝てるんだよ、あとでお水持ってきてあげるから」
「す、すみません・・・ありがとございます。皆さんも、特に斎藤さんもありがとうございました」
「ほら、新八っつあんがばたばたするからー!」
「な!俺のせいにする気か?!平助!」
「2人とも・・・・騒ぐな」



斎藤さんが腰に手をやり、ちゃきっと音を立てると藤堂さんと永倉さんはぴしっと黙った。 沖田さんが障子に手を掛けて外に出て行くのに続いて、藤堂さんと永倉さんも出て行く。
そして最後、外に出た斎藤さんが障子を閉める際に、わたしに向かってか、独り言なのか、 それは分からないけれど何かを言った。 それは小さくて聞き取れなかったのだけれど、瞼が重くなっていたわたしにはそれさえ意識に残らずに 眠りに落ちたのだった。





空は雲が覆い、しとしとと雨の音が聞こえ始めた。












空が泣いたのかと思った




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