寒い。
この時期、こたつもストーブもないこの時代は、現代のもやしっ子である私にはつらい。 季節は秋から、冬になろうとしていて、木枯らしも吹き荒れるような今日はそんな日だ。
ま、どうせ部屋から出ない日々が続いているし、天気もそんなによくないので気分は絶好調だ。



しかし冒頭に戻るが寒い。
寒すぎる。 寒過ぎて畳の上に寝転がってころころと転がってみるが、寒い。逆に下から冷えてきそう。
自分は水のくせにこういった寒いだの熱いだのを直に感じるのだから面倒な体質だ。 この時代の人はこたつなくしてどうやって生きているのだろうか、なんて阿呆な事を考えながら、 しまった布団を引きずって出そうとしてしまうくらいだった。
布団にくるまればあったかくなるかも?なんて考えたんだけどね。さすがにそれは怠惰すぎるだろう。 かといってこたつの中で丸くなるのも怠惰なんだけどね。こたつないけど。ないんだけどね。
あれ、寒過ぎてもう自分で言ってる事分からなくなってきた。寒い。かじかむ手を合わせてこする。




そんな事を考えていた時だった。
とんとんとんと自分の部屋の前で足音が止まり、障子に影が映る。 障子だとこういうの便利だよなぁ、誰が来たかすぐ分かるし。
慌ててころころしていた身体を起こす。



「失礼します」
「はっ、はい!」
「山崎です、すみません・・・お邪魔でしたか?」
「いいえ、とんでもないです、山崎さん」



来客は山崎さんだった。障子から顔をのぞかせて、声を掛けてくれる。
実は寒過ぎて転がってました、なんて言えない。恥ずかしすぎる。
慌てて取り繕った為にぴょこっと跳ねる髪を直しながら部屋に入って来た山崎さんの方を向く。 山崎さんの手元を見ると湯気が上がった湯のみがあった。なんだろう?
そんなわたしの視線に気が付いたのか山崎さんは湯のみを差しだしながら口を開く。



「・・・・・?」
「あっ、これは、ですね・・・身体が温まるかと思ってしょうが湯を」
「え、えええ・・・・!う、嬉しいです。ちょうど寒くて寒くて!」
「身体を冷やすのは良くないですから。これで温まってください。どうぞ、」
「ありがとうございます、本当に嬉しいです」
「・・・っ!」



手渡されたしょうが湯はじんわりと冷たかった手を温めていく。
あったかい。思わず緩む表情のまま山崎さんを見上げると、思いっきり顔を背けられた。
あ、あれ・・・?今、わたしと山崎さんの関係も暖かいものだったはずなのに、一気に冷たくなったぞ。
なんか変な事言ったかしら?いやいや、言ってないぞ。
思わず首を傾げてしまうけれど、山崎さんはごほん、と咳払いをして用は済んだとばかりに わたしの部屋を出て行こうとする。



「では、これで」
「あ、山崎さん!あの・・・良かったら、一緒に、」
「えっ、俺がですか?」
「いや、えーと駄目ならいいんです。でもちょうど暇してたとこなんでお時間あればなーと」
「・・・・いえ、それでは御一緒させていただきます」
「本当ですか?!ありがとうございます!」



障子にかけていた手をまた元に戻し、くるっとこちらを向き、そこへ座る。
いや・・・あのいいんですけども・・・ちょっと・・・・・、



「山崎さん・・・・その、遠くありませんか?」
「そ、そんな事はありません!」
「ちょっと距離を感じるというか。そこ寒くないですか?」
「寒くありません!」



そんなに声高らかに言わなくてもと思い苦笑すると、山崎さんははっ!となった表情になった。 少し目尻が赤い。照れてるのかなぁ?
神様だったとは言え、もう今は雷の力もないし、特に委縮される事もなくなったのに、山崎さんはどうもわたしを まだまだ神様扱いしてくれているらしい。近寄ってももうびりびりはしなくなったのに、それでも この距離を保ち続けるのは寂しい。
ちょっと情けない笑いが漏れて、どうにかしてこの気持ちが伝わらないか、と画策してみる。
とりあえず話をしよう!まずはそれからだ。



「このしょうが湯温まりますね・・・この頃寒いので本当に参ってしまいそうです」
「しょうがは血行が良くなる作用がありますし、免疫力を高める働きもあるので風邪予防にもなりますよ」
「へぇえ、山崎さんって物知りなんですね。薬の知識もあるって伺いました」
「少しかじった程度なのでお恥ずかしいですが」
「そんな事ないですよ。現にこのしょうが湯に助けられてますし」
「それは、良かったです。気に入って頂けましたか?」
「このしょうが湯、すごくほっとするんです・・・」
「・・・ありがとうございます」



少し微笑まれて、こちらも少しほっとする。
どうしてか山崎さんはわたしと対峙すると必ず緊張しているようだったから。
出来れば気を抜いて楽にしてほしいものだけれど。



「お忙しい中、わざわざ気を遣っていただいて・・・ありがとうございます」
「自分に出来る事があればなんでも言っていただいて構いませんよ」
「山崎さんもちゃんと休んでくださいね。最近体調を崩される方多いって聞きました」
「そうなんです、俺の所にも何人か来ていて・・・」
「わ、そうなんですか?山崎さんもっと多忙になっちゃいますねぇ・・・」
「まぁ、そう言った事も仕事の内です」
「わたしに出来る事があれば言ってくださいね、この通り暇人ですから」
「そんな事ないです!雷様は・・・っ」



がたっと腰を上げて山崎さんは声をあげた。
それを見て わたしは、まずしょうが湯をくいっと一杯飲む。ふぅ、おいしい・・・。
それから口を開く。山崎さんには普段からかなり良くしていただいているが、言いたい事はいっぱいある。
そのうちの第一の要望はこれだ。



「山崎さん・・ずっと言おうと思ってたんですけど・・・名前で呼んでくれませんか?」
「え?名前・・・?」
「はい!出来ればその方が嬉しいなぁって思うんですけど・・・駄目ですか?」
「だ、だ・・・駄目じゃないです、けど。それは・・・、」
って呼んでほしいです。山崎さんに」



逃がさないぞ、とばかりに詰め寄ってみれば、山崎さんの眼が上下へ動く。 これは、いけるかもしれないっ!とさらにお願いします、と頭を下げる。 顔を上げてください!と山崎さんの声が上から降ってくるが、これは耐久戦だ。 呼んでくれるまでは動くものかぁああ!


「・・・さ、」
「なーにやってるのかなぁ?ちゃん、山崎くん」



何故。何故。なにゆえ、次の瞬間顔をあげたら沖田さんが笑っているのだろうか。神出鬼没にも程がある。
思わず呆けてその顔をじっと凝視してしまう。そんな沖田さんは 山崎さんの頭の上に肘を置いて、いつもと変わらない笑みを浮かべている。 ただ声はなんだか怒っている様子。



「お、沖田さん、あなたと言う人は!」
「へぇ、なあに、随分楽しそうだったじゃない」
「あなたには関係ないことです」
「残念でした、ちゃんに関することは僕に関することなの」
「何言ってるんですか・・沖田さんてば」
「なに、その呆れ顔、言っておくけどちゃんが悪いんだからね、その辺分かってる?」
「・・・・・?」
「・・・はぁ、分かってないんだから。そこがちゃんらしいんだけど」



首をこてりと傾げて見せれば沖田さんが呆れ顔。
そ、そんな呆れなくてもいいのに・・・!というか山崎さんの頭から早くどいてあげてください。と言うと しぶしぶといった感じで沖田さんは動く。
ほんっとに嫌そうだなぁ。この2人の相性最悪だったし、無理もない言動なんだけど。なんでここまで仲悪いんだろう? なんだか険悪な視線を交わしながら、険悪な言葉を吐いている2人を見つめる。

永遠に終わらなそうな口論を遠い目で見つめていると、唐突に手元の暖かい存在を思い出して、また一口。
しょうが湯、本当においしいし、温まるなぁ。なによりわたしの為に作ってくれた事が嬉しい。 思わず頬笑みが漏れてしまう。と、同時に口論が止まった。
あれ、終わった?と思って慌てて視線を戻せば、じと目の沖田さんと、少し赤くなった山崎さんがこちらを見ていた。



「なに、それ」
「え、これですか?山崎さんに作ってもらったんです、しょう・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・え。わぁああああ、なにするんですか沖田さんっ!返してくださいよ!」
「・・・・・ふぅ、」
「沖田さん、それは彼女にあげたもので、沖田さんにあげたものじゃないんですが」
「うわ、酷い・・・からっぽ・・・・」



沖田さんの少し固い声に、なんだろう?と思ったものの、聞かれたので正直に答えようとした途端、手元の温かいしょうが湯は ぞんざいにとりあげられた。
虚をつかれて驚いているとそのままその湯呑を自身の口を運んだかと思うと、 ごくごくごくーっと勢いよく飲み干してしまった。
宴会のビール一気飲みのような勢いに一瞬止まってしまったが、瞬間で自分を取り戻す。




「ちょ、せっかく作ってもらったのになんで全部飲んじゃうんですかー!」
「ちょっと喉が渇いたから、もらっちゃった。ごめんね、ちゃん」
「沖田さん」
「なに、山崎くんたら。そんな怖い顔して」
「別に。自分勝手な人は困りますね」
「なにそれ。誰の事言ってるのかな?」
「まったくもう、わたしの取らないでくださいよ!せっかく作ってくれたのに、すみません山崎さん・・・」
「いえ、さんが気にする事はないですよ。悪いのは沖田さんですから」
「君、喧嘩売ってるの・・・?」
「売って来たのはそっちです」



再び、びきびきびきっと青筋が入るのを確認してため息を吐く。 やれやれこれからどうしようか、とまで考えて、先ほどの山崎さんの言葉を思い出す。
あれ・・・?・・・・・・・・まさか、まさか?聞き違い?いやいや、違う!確かに言ってくれた。
言ってくれたよね、これ空耳なんかじゃないよね!

嬉しくて、にやにやしているとそれを目ざとく見つけた沖田さんがまたしても不機嫌そうな顔になった。 沖田さんが笑顔じゃないなんて珍しいな。常に笑顔な沖田さんが今日は不機嫌っていうか怒っている顔ばっかりだ。
どうしてなんだろう?

その疑問はまた後日に持ち込みとなる。








   どうか僕の声を聞くがいいよ




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