「・・・へ?い、いや、いやいやいいですよ、そんな」
「遠慮なんかするもんじゃねぇよ。せっかくの機会だ」
「副長もそうおっしゃられている事だし、甘えたらいいんじゃないか」
「え、で、でも・・・」
「くどい。この話はここまでだ。じゃあそう伝えておくからな。
「は、はい・・・・」



唐突に私に話があるといって土方さんの部屋に呼ばれたのは数日前の事。
何故、わたしが呼ばれるのだろう、と頭の中でその原因を探ってみたけれどまったくもって思い浮かばない。 おそるおそると言った様子で土方さんの部屋に行き、入ってみれば、斎藤さんもいて、真剣な顔でわたしを見つめるものだから、 ますます緊張して、その場へ座った。


というのに。
なんだかんだでそんな話になってしまった。
なんでも見廻り中にいいとこのお嬢さんを不逞浪士から救ったと新選組はお礼の品を頂けるという事になったらしい。
それが着物だという話で。幹部の分、平隊士の分まで貰えるという結果になったらしい。そしてわたしの分も特別貰える事となったらしい。
なにもかもらしい、で締めくくられているのはこれが完全に事後承諾だからだ。
しかも断ろうとしたら、もうすでに出来上がりに近いらしい。いつのまにサイズを・・・と思ったら普段使っている着物を 呉服屋さんに預けて採寸してもらったらしい。なんという用意周到な・・・。
わたしが頷くと、もう行って良いぞ、というお言葉をもらったので報告書を提出しに来ていた斎藤さんと共に土方さんの部屋を出た。 かつんと障子を閉めれば、はぁ、と重いため息が漏れる。
だって前もなんだかんだで、仕立ててもらっているのでそんなに着物に不自由はしていないとはっきりと言えるのだけれど、 全員貰えるのならお前ももらっておいて損はねぇだろ、と言われてしまえばそれまでの話だ。


「うう・・・わたしは本当にそういうのはいいんですよ・・・ああ」
「折角の機会だからと副長もそう判断したのだろう。全員分と言われているんだからな」
「そうですけど、でも、なんか悪くてですね・・・わたしまでもらっちゃっていいんでしょうか」
「貰える物は貰っておけ」



斎藤さんがそんな事を言うなんて珍しいですね、と言えば、斎藤さんは目を瞬かせて一瞬止まった。 それから合わせていた視線を少し下にずらして、小さな声で言う。
「俺も楽しみにしているからかもしれないな」
小さな声だったのに確実にわたしの耳に届いてしまって、少し狼狽してしまったのを見られて、斎藤さんはまた少し口の端を 上げて小さく笑った。







*







「おーい、!見てくれよこれ!!」
「わっ、」
「わっ、ごめん!」
「いえ、驚いただけなので大丈夫ですよ。あれ、」
「今朝方、届いたんだ!あっでもの分はまだ見てないな。届いてたかな・・・?」
「そうなんですか。でもそれにしても新しい着物、似合ってますね」
「へへ、そうかー?いやでも、なんか新しい着物って嬉しくなるよな。気持ちが引き締まるっていうか」


ばたばたと足音を響かせて唐突に部屋に飛び込んできたのは藤堂さんだった。
いつものあの露出高い着物ではなくてしっかりとした上質の着物をきっちりと着込んでいるのは、なんだか目にも新鮮だ。 いつもとは違って見える彼を誉めれば、少し照れたように顔を赤くさせる。
そこを見ると、新しい着物・・・ってなっているわたしよりも随分女子力が高い気がするけど、そこらへんには 目をつぶる事にする。いや、藤堂さんが可愛すぎるだけだろう。
きっちりと着物を着る事が出来るようになれば楽しいし、嬉しいなと感じる事が出来るのかもしれない。
いや、でもその日が来るのはまだまだ遠そうだ・・・。



「そういや・・・・・・・今日お祭りがあるんだよなー」
「わぁ、お祭り?すごい、楽しそうですね!」
「うん、だからその・・・・」
「その?」
「おーい、!」
「さ、左之さん!?」
「お、なんだ。平助もいたのかよ。ほら、の分。今届いたみたいだぞ」
「えっ、あ・・・ありがとうございます」
「なんだ?あんまり嬉しくなさそうだな」
「え?、あんまり楽しみじゃなかったのかよ」
「どうも高価な着物とかって緊張しちゃって。しかもまだ上手く着れないですしね・・・」
「なら着付てやろうか。平助と出掛けるんだろ?」
「は?!な、なに言ってんの、左之さん!」
「・・・?」
「ほーら早くしろって、
「え?え、ええ?原田さん?」
「今日の所は譲ってやるよ、平助」



部屋に押し込められて、着物と共に1人部屋に入れこまれたわたしはその後2人がどんな会話をしていたのかはしらないけれど、 出掛けると言う事だったので、慌てて着物を羽織り、ある程度のところまでは着る。
くたくたっとした着方しかできないので手伝ってもらわなければ着れないというのは情けない事ではあるのだけれど、ある程度 形になった所で原田さんを呼ぶ。
障子をがらりと開ければ、2人は話し込んでいた顔を上げてこちらを見た。



「おーいい感じだな。似合ってる」
「あ、ありがとうございます・・・!」
「うんうん、なんかいつも着ない色だから新鮮っていうか・・・!」
「そうですね、こんな明るい色久々に着ました」



へらりと笑えば、にかっと笑い返す原田さんと、顔を思いっきり背ける藤堂さんは対照的であったけれど、 褒めてくれているという事実が嬉しくて笑い返す。
さぁ行って来い!と送りだしてくれる原田さんに一礼しながら廊下を歩きだそうとすると、反対方向の廊下からぬっと 影が現れた。



ちゃん!なぁに、その格好、かわいいね」
「あ、沖田さん」
「げ、」
「げげ」
「なに、平助に左之さん。その顔。失礼だなぁ」
「いや、本当に良い所で現れるなって感心してたんだよ。平助・・・・諦めろ」
「・・・・・はぁ、」
「二人ともこそこそして怪しいなぁ、どうかした訳?」




そんな事を聞いてくるけれど、目は笑っていない。絶対に確信犯だ!と心の中で叫びながらもなんとか笑顔でそれを 返す。冷え切ってる。寒い、なんかここだけ空気が寒い・・・!
3人を代わる代わるみるものの、その表情は変わらないので、なんかかたかたと刀を取り出そうとしている沖田さんを とりあえず制止させるために、裾を引っ張り名前を読んでみる。 するとくるっと振り返った沖田さんになにかを突き付けられる。なにが飛んできたかと身構える私の口に、 何かが当たった。ふわっと広がるのは甘い甘い香りだ。






「・・・・・・っ!」
「今日はお祭りだからね、一足先に行って買ってきちゃった。それちゃんにあげる」
「わぁ、ありがとうございます」
「っつーか、総司、巡察だったんじゃねぇのかよー」
「さてはまた抜け出して買ってきたな・・・」
「やだなあ、人聞きが悪い事言わないでよ。ちゃんと巡察の帰りにいきました」





見事に一転してにこにこな笑顔を浮かべ、そういう沖田さんはなにやら上機嫌になったようだ。
ころころと変わる彼の感情はわたしにはまだまだ到底理解できるはずもないけれど、まぁとりあえず機嫌が直ったようで 良かったな、とほっと胸をなでおろす。 沖田さんの後ろでひきつった笑いを浮かべている藤堂さんと、やれやれと肩をすくめる原田さんは一体どうしたというんだろう。
疑問に思っていたけれど、存外優しげな手つきでわたしの髪をなでる沖田さんの表情を見ていたら、少し笑えてきてしまって。 なんだかほわり、と優しく包まれた様な心地になったのだ。







優しいものが

 あふれかえって

     いるの、だ!





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