「はぁ・・・そうなんですよ・・ようやく借りれた唯一のお部屋だったのですが」 「な、なるほど、それはそれは災難でしたね・・・」 「仕事を終えて帰宅して、少しのんびりしたくらいの時刻に行き成り扉がばーんっと開きまして」 「開きまして」 「そこで黒づくめの男が髪を振り乱して入ってきて、心臓が止まるかと思ったんですよね」 「そりゃそうでしょう、しかしよく無事でしたね」 「なんか暗殺同士の戦いだったんですかね?私の事なんてまるで見えていない感じで」 「お怪我がなかったようでなによりです」 「ありがとうございます。いやでも願わくば私の部屋を戦場にしないでほしかったですね」 ぺこりと律儀に頭を下げながら言いたい事は真顔で言い放つ彼女の調書を取りながら、 頷いていると、彼女はこちらを向いて真剣な眼差しでこちらを向きながら口を開く。 「警察官さんもすみません、こんな夜遅くに。あなたが私の部屋の横を通ったばっかりに」 「いえ、自分も職務ですから。なにより貴女に怪我がなくて本当に良かったです」 「本当に助かります、こんな経験初めてでどうしたらいいか分からなくて」 申し訳なさそうにそう告げられるけれど、自分にだって、そして今を生きている人間で、そんな体験をするものは ほとんどいないだろう。ましてや戦場、戦いといったものにまったく縁のない一般人がそんな事に巻き込まれるなんて かなりの確率だ。 神妙な顔をして頷いている彼女を見ながらそんな事を思う。不運な人だな、最初はそれくらいにしか思わなかった。 のに。 「あらあらまたですか!進様、困りますよ!」 「なんか今日もお仕事大変だったみたいで、ついついって感じですかね?」 「あはははは、自分は〜警察官でっ、あります!!」 「貴女も大変でしょうに、ごめんなさいね。送らせますからそこで待っていなさいね」 「あっ、大丈夫です、千富さん」 「市民の安全を守る事こそ、自分の務め!張り切っていくぞ〜!」 「私お酒強いんで、ついつい警察官さん酔わせちゃって逆に申し訳ないくらいです。だから、」 「いけません、こんな夜に貴女1人で帰らせたなんて、進様になんと申せば良いやら」 「ええと・・・そこまでおっしゃるなら・・・お言葉に甘えさせてもらおうかな・・・」 「すぐに手配しますからね」 「はい、お手数おかけします。あ、警察官さん、おやすみなさい!」 おぼろげな記憶の中で手を振る彼女をおぼろげな視界で見送った様な気がするのは昨日の話だ。 あの事件が起こってから、道端で、百貨店、と色々な所で偶然に偶然が重なって、よく会う様になったのは この頃のことだ。 しかしながら2人で会って、相談にのっている内に仲良く、親密になり関係が変わるかと思いきやそうはならなかった。 一緒に飲みに行くとつい気を許して飲み過ぎてしまう上に、自分よりも酒が強いと言う事が発覚してしまった為、 情けない事この上ない。勇兄さんよりも強いんじゃないでしょうか、なんて思いつつ。 関係を進ませようと思って今日こそは!なんて意気込んで食事に誘ったのに、相談にのって酒を飲んで、 押せ!押せ!という心の声が聞こえてきた時に「警察官さんって本当にお優しいですよね」なんて言われてやけ酒で結果的にこんな結末だ。 気持ちはもう飲まずしてやっていられるかー!という魂の叫びなのだけれど、そんな事を気付くはずもなく、にこやかに微笑まれ撃沈。 彼女の笑顔がまた浮かび上がってきて、そして儚く消える。 自分の身体が布団に沈められる時に千富さんの呆れた様な声が聞こえた気がした。 |