やばいやばいやばい、やばい!アホかと叫びたくなってしまうほどに、今日は忙しい。
忙し死にをしてしまいそうなくらい忙しい。
今日ばかりは、ひらひらと手を振り女の子の気を引いたり、 無駄にウインクしてときめかせたりと、そんな阿呆みたいな事をする暇もなく忙しい。


キッチンから出る暇もないくらいだ。なぜ、なぜなんだ?さっきまでわりと上手く事は運んでいたし、 ゆったりとしたカフェのくつろいだ時間が流れていたと言うのに、それもあっという間にどこかへ飛んで行ってしまった。



ああ、悲しきや、なぜこのように馬車馬のように働いているんだ自分?
そう自問自答する間にもリモーネパイの注文が馬鹿みたいに入ってくる、 これじゃストックした分もまるまるなくなってしまうだろう。 なんで今日、この時間こんなに急に忙しくなったんだ?
おばさんのたまにキッチンに出入りする暇を狙ってアイコンタクトしてみるも、 この忙しさの中ではただそれは受け流されるだけである。



「だぁああああっ!なんなんだよ、この忙しさっ、はっ!」
「いいから手を動かす!早く、お客は待ってくれないんだよ!そのキラキラした顔は落ちつけて手を動かしてくんな!」
「おばさーーーん、ひどいや!もともとそんなに労働向きじゃないんだよ!うっう」
「泣いてもいいけど手は休めるんじゃないよー」
「うがーー!」



こんなに忙しくなることなんて滅多にないのに、今日だけ異常なのか。
おばさんにあっけなく放り捨てられてしまってから、もくもくと作業をこなしつつも頭に残るのはそのことばかりだ。 手を休ませることなくひたすらリモーネパイを作り続ける私の耳に、キッチンとカフェを繋ぐドアが開いた音が 聞こえた。



「あっ、もぐ、噂の?もぐもぐ」
「食べるか喋るかどっちかにしろよ!!!」
「あ?ごめん、ごめん。はははつい美味しくって止まらなくってさ〜」



あきらかにこいつだ。私の仕事がこんなに忙しいのは。
両手、口の中、すべてに私が作ったリモーネパイがある。口から少し飛び出しているリモーネパイをごくりと 飲むようにして食べた後、こちらに笑顔を向けてくる。 が、私はいつもの営業スマイルも置いて、はぁ?という表情で返す。これはもうすでに営業じゃない。
むしろ営業妨害である。 輝かしいスマイルなどとうに投げ捨てているのだ。
お客は待っちゃくれないとおばさんは言ったけれど、 私の今まで必死に作ったリモーネパイは100パーセントあいつの胃袋に入っているに違いない。 くそう、出せよ!!くそ、あいつの胃袋を逆さにしてやりたい。 そんな事を思いながらもまぁ、あいつの食べた分はきっちり頂くので、そこは押さえる。 無表情でそいつに向き直る。というか今私の名前呼ばなかったか?なんで?



「お嬢とリベルタが言ってたリモーネパイが上手な店員さん?」
「貴方が誰かは知らないですけど、フェリチータとリベルタとは知り合いですかね?かわいいお客さんです」
「あ、そうか、遅くなったけど俺は棍棒の幹部、パーチェ!よろしく!!」
「ああ・・・アルカナファミリアのパーチェさん・・・・」
「つれないなー、パーチェでいいよ!」
「ふぅ、パーチェさん・・・・」
「あれ?聞こえてない?!リモーネパイおいしかったよ!」
「本当ですか?それは嬉しいです、ありがとうございます」



や、てめぇは食いすぎなんだよ、という心の気持ちを少し滲みだしながら、営業スマイルで対応 すればパーチェは曇りなき笑顔で頷いた。
だめだこいつ。裏の裏の気持ちまで読んではくれない奴だ。というか読もうともしてねぇ・・・・。
心なしか自分の口調がだんだんと悪い物になっていくことに不安を覚えつつそんな事を思う。



「そうそう、今度はラ・ザーニア作ってよ!」
「ラザニア・・・?ええと、勉強しておきます」
「絶対だよー!また食べにくるからー!!」
「もうくんな」
「え?何か言った?」

「あっ、パーチェこんなところにいたのかよ!テメ、また食ってやがったな」
「あーデビト―。デビトもここに来たのー」
「ここに行きたいって言ってたのテメェだろうが。案の定来てみたらカフェの方が 食い荒らされてたからな」
「あー・・・パーチェさんの保護者の方ですか・・・」
「アァ?」



パーチェさんと話していると、奥からもうひとつの声が飛んできた。
なんか眼帯の無駄に色気がぶっとんでる御方だ。
多分この人もアルカナファミリア関連なんだろうなぁ・・・なんて遠い目をしてしまう。
営業スマイルは一応浮かべてはいるものの、見破られている感満載である。



「アァ・・・お前かってやつは?ふーーーん」
「な、なんですか・・・?」
「そのキレイな顔でお嬢をたらしこんだってワケか・・・ルカちゃんが泣くなァ」
「えーーー!そうなのデビト!たらしこまれちゃってるの!?おじょー!!俺たちのお嬢がー!」



ポケットに手を突っこんだままの体勢でぐいっと顔だけを近づけられてそう言われる。
うしろでパーチェさんが騒いでいるけれど、どうすることもできない。
まぁ、たらしこんだっていうのは人聞きが悪いけど、営業をしたと言う事には間違いがないので、 なんと答えたらいいものか、としばし思案する。



「否定しねェのかよ?ま、バンビーナは渡すわけにはいかねーけどな・・・さて、と。いくぞ、パーチェ!」
「待ってよデビト〜まだ食べてない〜」
「早く口に詰め込め!置いてくぞ」
「もぐもぐもぐもぐもぐ」



カフェの入口の方に戻っていく2人に合わせて自分もキッチンから出る。
手当たり次第に注文したのであろうものたちを次々と平らげていくパーチェを唖然として見やれば、視線がぱちっと合う。 にっと人当たりの良い笑みでこちらを見て、口はそのまま動いている。
てくてくと歩きながら口の中の物をごっくんと飲み込んだ後、デビトと言った男の後を追う様に カフェを出て行こうとする。



「おい、金・・・っ」
「あっ、つけといて〜またくるね〜!





一瞬振り返って良い笑顔を見せたかと思えば、 ふざけた事を言って去っていこうとする。
歯の奥をぎりっと噛み締めて怒りをあらわにするが、すでにもう姿は遠く小さくなっている。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!!
あんなやつら二度と来るんじゃねぇ、と拳を握るが、この怒りは彼らに伝わる事はないのだろう。
つけといてじゃねぇよ!!!!!出入り禁止だよ!!!!あのファミリーは損害しか与えないのだろうか。
はぁ、と 大きくため息をついて、私は大人しくカフェに笑顔を振りまく為に戻ったのだった。






リモーネパイは品切れ









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