「いらっしゃいませ!」
「あれー?今日は くんいないのー?」
「あ、えと、今日はお休みで・・・!」
「なんだそっかー残念・・・ くんいないなら、帰る?」
「どうする?彼いないとなんかね〜」
「今日のオススメ、リモーネパイは彼が作ったものですよ。食べていただけると喜ぶと思います!」
「うーん、ここのリモーネパイおいしいし、ここにしとく?」
「だね〜」
「ありがとうございますっ!ではお席まで案内しますね」



無駄にありがとうございますに力が入ってしまっていただろうか、そんなことを考えながら女の子たちを席まで案内する。 今日こんなことになったのも全部あのジョーリィさんのせいである。
私はわずかなふくらみが戻った胸を見下ろしつつそんなことを思った。











そんなことになった、のも今この状況に陥った理由も、それはすべて今朝にさかのぼることになる。
でも理由は単純なものであった。



「ぎゃあああ、戻って、もどっ、戻ってるぅうう!!!!!!!」



朝は特に違和感はなかった。というのも寝起きはぼーっとしていることが多いため、そこまで周りを見ていないって いうこともあるのだけれど。
洗面台へ立ち、顔をいつものように洗いタオルで顔を吹く。うん、今日もイケメン(自画自賛ではなく、男に なるとわりと女の子が好きそうな顔立ちになっている為、それを確認して自分の心を落ち着かせているのだ)



「・・・・・・・・じゃない?・・・・・・・どゆこと」



鏡をみてしばし呆然としてしまった。
そこには女受けしそうなイケメンではなくていつも自分が見慣れていたはずの女の顔である私がこちらを見返していた からだ。うん、平凡。うん、すごく普通な顔である。
やだなぁ〜現実って辛いね。でも安心はするんだけど。




そんな訳で私は1人であれやこれやと大騒ぎした後に、仕事のことを思い出した。
休んでしまおうかなとも思ったけれど、仕事は甘くはない。あそこのカフェはほとんど自分だけで切り盛りしている 感じだし、 おばさんもたまに様子を見に来るくらいだ。致命的なのは人手がないという事だ。 現実には向き合わなければならない、辛いが仕方がないことだ。
なぜ急に戻ったのかはさっぱりだけれど、仕事は しなければいけない。イケメンがいないという致命的な欠陥をもったカフェだが、まぁ出してるものは同じ。 大丈夫だろう。
本当はもっと喜ばなければいけないのに、あのカフェの経営が自分の顔で持ってるっているということを普段から ひしひしと感じているために、あまり表だって喜んでいない自分が一番微妙な心持なのだけれど。
ぱしっと手で顔を1回叩き、 私は気を引き締めてカフェへと向かった・・・・・・・・・・




「はぁ・・・・・・・・・」


気合いを入れてはみたものの、やはりあの自分の顔には絶大なる人気があったようで、上に上げたお客さんのようには 行かず、帰ってしまうお客さんもいた。
思った以上にイケメンっていろいろとメリットがあるんだなぁ、と身にしみて分かったそんな午後である。 午前中を乗り切ったところでへろへろだ。
事実自分が女になっている、ということで、今日はあのイケメンカフェ店員がいないという情報もあり客足が 少しいつもよりも落ち着いているのことで救われている面もあったのだけれど。
なんだかそれもむなしいけどな・・・なんてカウンターで頬杖をつきながら考える。 しかしそれも終わりみたい、とカフェの扉越しに誰かが近づいてくるのが見えて、私は姿勢を正した。





「いらっしゃいませ」
「・・・あなたが、ここのカフェの・・・あの、人気の男性店員がいると聞いて伺ったのですが」
「へ?」


カフェの扉を押して入ってきたのは真っ黒なスーツをまとった男の人であった。
男の人が男を気にするって少しやばいような気がするけれど、そのたじろいだ様を見て勘付いたのか、 あわててその男の人は否定をする。


「い、いえ、私が興味あるんではないんです、あのある方の・・・いえ、そんなことはどうでもいいんです」
「えーと・・・その今日はお休みでして、私しかいないんです・・すみません」
「そうでしたか、残念です。いたらボコボコ・・・いえ、なんでもありません」



今不穏な事をこの穏やかそうな人が言った気がしたけれど、いないものはいないし、男に戻れない・・・ いや戻れないという表現はおかしいか。 もともと女なのだからどうしようもできない。ご期待に応えられないのは心苦しいが、 男にそうホイホイとなれないのも事実だ。
その男性は帽子をきゅっとまた深くかぶりなおして、店を出て行こうとする。
ほんとうに私だけを目当てに来た方だったようだ。うーーんこの黒いスーツには嫌な予感しかしないのだけれど、 この暑い中来てくれただけでも嬉しい。
お茶の一杯でも飲んで行ったりはしないだろうか。



「あの、まだお時間ありますか?よかったら中で紅茶でも・・・」
「えっ、あ・・・・・・・・・・・・・・ええと、じゃあせっかくなので」
「ありがとうございます!!!」
「・・・・!」


いつもに比べてガランと空いた店内に少し寂しさも感じていたので必要以上に笑顔が出てしまっていたかもしれない。
この仕事を始めてからというものの、まぁ笑顔は無意識にたっぷりと提供する癖がついてしまっているので 仕方がないといえばそうなのだ。 笑顔が大事、とりあえず大事。
そうお誘いの営業トークをかませば、男性は少し迷ったそぶりを見せ、たっぷり取った空間の後に了承の意を示して くれた。

ゆっくりと丁寧に淹れる紅茶の水色がとてもきれいに出て、私は思わず笑顔になる。
ここでコーヒーや紅茶を飲んだ人が穏やかな気持ちで時間を過ごせますように・・・!なんてことを考えられる くらいには私もここに慣れてきたということだろうか。
性別も元に戻ったことだし、これからはゆるやかで穏やかな生活が私を待っているに違いない! 私に席に座った彼へと紅茶と小さなお菓子を運ぶ為に私は晴々とした気持ちでトレーを持ち上げたのだった。













リモーネパイに

      願いを込めて


「おっ、ルカちゃ〜ん、お帰りかァ?どうだった噂の奴は」
「いませんでした」
「はァ?あいつ以外がいるときなんかあんのかよ?」
「穏やかな物腰の女性の店員さんしかいませんでしたよ」
「・・・・それ初耳だな、オイ」










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