嫌なことが、あった。
こう言うととてつもなくまたその時のことを思い出して悲しくなるのだけれど、 でもそういわずにはいられない何かが存在しているのだと思う。 とりあえず口に出してみることによって、嫌な気持ちをすーっと吐き出していく、 そんな感じ。まぁ言っても今は気持ちは晴れることはないのだろうけど。


放課後でもう校舎の中には人もいなく閑散としている。
私は廊下を少し早歩きで駆け抜けて、誰もいない屋上へとあがる。 ちょっといらだちまぎれにドアをばしんと強く開けて、太陽と向かい合わせになる。 相変わらずぽかぽかと降り注ぐ太陽はいつものあの優しい表情で空に浮かんでいるのだけれど、 それをみる私の心は沈んだままで、一向に上がってこようとはしないのだ。

きっかけは校長と学年主任の言葉で。B6の皆の成績がよろしくないだのなんだのという いつものお説教だった。私が責められることはよくあったし、これまでも言われてきたけれど 今日のは明らかに皆に対して、酷すぎる言葉たちばかりだった。 たまに補習をサボってしまうこともある、でもそれでも私は頑張ってるのを知ってたから。 確実に階段を登ってきている実感があったから。でもそれを彼らは一括りにしてしまった。 馬鹿だから何をやっても駄目なんだと暗にそう言われていた気がして悲しかった。隣を見れば南先生が今にも 泣き出しそうに見えて、 「成績の良さだけがすべてじゃない!」そう言い返そうと思ったけど、私もふいに涙が込み上げてきて 前がぼんやりと滲んでそれはああ、認められないってなんて悲しいことなんだろう、と心を暗くさせた。
それと同時になんて私は無力なんだろう、と情けなくなった。



屋上のフェンスに指を絡ませて、あんのハゲ!!みてろよ、みんながいい子だってこといつか きっと分かって後悔させてやるんだから!!と大声で叫んでガシャガシャと音を立てる。 フェンスをむしり取りたいような衝動に駆られて足も出してみたが、結局こんなのただのやつあたり だって知ってる。分かってるからまたイラつく。





「副担!!」
「ぜーっぜーっ・・・・な、何?!」


私に負けないくらいの力でドアを開けいきなり入って来たのは翼くんだった。
や、ヤバい、生徒にフェンスにやつあたりしてるところみられたら教師としての面目が・・・! 慌ててフェンスに背を向けて翼くんに向き直る。目とか腫れてないよね・・大丈夫大丈夫。 ばれてないばれてない・・・。


「あははは!!どうかした?今日は補習、翼くんじゃないよ」
「知っている。悟郎が今日は補習だと騒いでいたからな」
「悟郎くんもちゃんと出てくれるようになって嬉しいなぁ」


翼くんはいつものように涼しげな顔をして、答えた。
相変わらずの態度を貫いてはいるけれど、翼くんもかなり頑張っている。 やっぱり嬉しいことだなぁ。それが校長にも伝わればいいんだけど。学年主任も そういうことが全然分かってない。


「ところで、さっき屋上に来る前にハゲ!とか聞こえた気がしたが・・・」
「え?!き、気のせいじゃないかな?」
「・・・FUU、それならいいんだが」


翼くんにそんなことがバレたらどうなるか。内心ヒヤヒヤしながらも、ごまかす。 上手くごまかされてくれたのか、翼くんはそれ以上追及しようとはしなかった。 話題を変えるため私は、翼くんこそどうしてこんなところに来たの?と聞いた。



「それは・・・」
「あ、授業でわからないことでもあった?」
「・・・お前のことが心配だったからだ」
「・・・・っ!」
「な、何故泣く!!?」
「泣いてない!!」



心配だったから、そう言われて私は嬉しいような悲しいようなごちゃごちゃになった気分になった。 泣いてない、とは言ったけれど、実際は校長室で涙がこぼれそうになったのと同じことに陥っている ことが私にはわかっていた。
いや、かろうじて涙は流さずにいたけれど、涙を我慢している私の顔はきっと翼くんから見れば とんでもない顔になっていたと思う。
翼くんは何も言わなくても分かっていたのだ、私がこうしてここに来てやつあたりしている理由を。


「だっ、だって、翼くんが・・・優しいこというから・・・我慢してたのに!」
「WHAT?!俺が悪いのか!?」
「翼くんは悪く・・・」


ない、まで言おうとして無理だった。
なぜなら、押さえつけてきた涙が目から大量に溢れ出て、だーっと滝のように流れはじめたからだ。 手で溢れる涙を必死に拭おうとするけど、それ以上に流れ出る量が多すぎてぽたぽたと 大粒の涙が屋上のコンクリートに染みていく。
止めなきゃ止めなきゃと焦ってもなかなか涙は止まってくれない。 翼くんだって困ってるだろうし、早く泣き止んでいつものように笑ってさよならを言わなくちゃいけない。




「ご、ごめっ・・・ごめ、ん・・・っ」
「・・・・」
「・・・っ翼、くんもっ・・・さ、さつ、撮影ある、でしょっ?」
「・・・・」
「だか、だからっ・・・・っひっ」
「・・・・こんな状態で置いていけるか、馬鹿」




翼くんにぐいっと腕をひっぱられてぐらりと自分の体が揺れたと思ったら、 抱き込まれていた。翼くんの匂いがふんわりとして、それはとても落ち着く匂いだった。 でもまだ涙は止まらなくて、ひっくひっくとしゃくり上げが再発してしまいそうだった。
でも屋上にいて太陽を浴びた私も、翼くんも同様に暖かく ぽかぽかして、気持ちが落ち着いてきたのも事実だった。


「あんまり心配させるな」
「ごめ、ごめんねっ・・・」
「別に謝って欲しいわけじゃない」
「・・・それで、走ってきてくれたの?心臓がすごいドキドキ言ってる」
「・・・・まぁな」



ぶっきらぼうな口調であってもうぬぼれでも勘違いでもなく本当に私を心配して駆けつけてくれたらしい。 とてつもなく優しい翼くんのこの行動によってなんとか一回は再発したしゃくりあげもようやく収まってきた みたいだ。人の体温はあったかくってほっとできる。
ついついそれに甘えてしまって、ずうずうしいとは思うけど背中に腕をまわしてぎゅうと抱きしめ返す。 ぎゅーって抱きしめたりするのはその人のパワーを分けてもらえる気が私はする。


「・・・ありがとう、ごめんね抱きついちゃったりして」
「フッ・・・それは別に良い!」
「うん、でも本当に感謝する」
「・・・なんだ・・・感謝だけか・・・」
「何よ、何か足りない?私には補習くらいしかできないんだけど・・・」
「それはっ・・!い、言えるわけないだろう!!」




焦り始めた翼くんを見て、私は笑わないように努力したけど結局のところ笑ってしまった。 ほら、悟郎の補習があるんだろう?と言われて差し出された手を見て、私は迷うことなく そのあったかい手を掴んだ。
そして明日からもあのハゲ・・もとい校長・学年主任を後悔させてやるって意気込み、 みんなも補習をさらに頑張ってくれた。 その結果、半年後翼くんを始め、B6のみんなはあっと驚くような大学に無事進学して、 先生方を驚かせたのだった。ふっ・・・みんなやれば出来る子なんだよ!
私はあんぐりとしている校長と学年主任を見て心のなかでべーっと舌を出してやった。


そして翼くんは今も私の傍にいてくれている。





ああ、ハレルヤ!
「ツバサってば遅いー!ゴロちゃんたち待ちくたびれちゃったじゃんー」
「そっちは順調か?」
「もちろんっ!ポペラーっと任務完了したよ!」
「清春の水鉄砲がカツラに命中してつるっと取れたところは大爆笑だったな!」
「ケケケッ・・楽勝だったぜェ!!!ダッセェの!」
「草薙も凄かった。動物たちが襲い掛かる瞬間の校長のあの顔!」
「事情を話したらみんな協力してくれてな!!」
「トゲーも・・・頑張った・・・・」
「フッ・・俺たちにかかればお茶の子さいさいだ!」
「翼・・・お前それつかえるようになったんだな・・・!」
「当然だ!」




実はちゃっかり報復していたのでした(笑)