「はいはいはいー!ごめんねっ、遅刻したっ!・・・ってアレ?」


前の授業で生徒から質問を受けていたら、補習に遅れてしまった。
まぁ、こうやって急いで教室へ向かったのもきっと待っているだろうと思ったからだ。 そりゃ今だからこそできる行為で、最初の方なんか教室にいること自体まれな ことだったしね。だからこそまた最初の状態に戻って欲しくなくて余計に焦って走っていった のだ。しかしそれは取り越し苦労だったみたい。


「翼くーん・・・寝てるの?」
「・・・・すー・・・・」
「こりゃ、寝てるわー・・・」


教室で頬杖をついて俯いて寝ている翼くん。
最近疲れが溜まっていたからなのだろうか、声を掛けても一向に起きる気配が無い。 勉強も頑張ってるし、さらに両親とのこともあるし、大変なんだろう。 そういうことを全て知ったうえで支えて成長させるのが、教師である私の役目だ。


「しっかし、暇になっちゃうなぁ・・・補習しないといけないけど」
「・・・・」


補習も翼くんの重荷にならない、といえば嘘になる。
でも私は勉強を通していろんなことを翼くんに教えていきたいと思っている。 彼が抱えているものは平和な生活を送ってきた私には想像もできない重いもの。 それをどうにかして、助けてやりたいとは思うのだ。助けてやりたい、なんておこがましいにも ほどがあるのは自分でもよく分かっている。 それでも、この目の前で疲れきって寝ている翼くんを放っておくなんてこと出来るはずもない。


「はぁーあ、どうしてこうもまた複雑なんだろ・・・」
「・・・・」
「みんな幸せに、なんてことはやっぱ無理、か」


ため息を吐きつつ、なんか、自分でもちょっとキャラじゃないこと言ってるなぁ、と思う。 それでも自分の周りにいる人間だけでも幸せになってほしくてこういうことを言ったりしてみる。 身近な人間が今は幸せじゃない、と言うのはとても悲しいことだから。 でも過去ばかり気にしていてもしょうがない。過去に起こったことはやっぱり変えようがないし、 どうしようもない。大切なのはこれからだ。・・・とどっかの本で読んだことがある。
その意味はとっても大きすぎて私にはどうしても理解することは難しい。

それでも自分の力で乗り越えていかなきゃいけないことはわかる。

イスをひいて目の前の席に座って、寝ている翼くんを観察してみる。
ああ、もう本当に整った顔つきで別の意味でため息が出そう・・・。 なんか翼くんって美しいもんね。く、くそ、女としてちょっと負けてる・・・いや大分負けてる ・・・気がして凄く悲しくなってきた。これもさっきとはまた違う意味で。


「がんばれ、なんてあんま言いたくないんだけど。・・・がんばれ」
「・・・・!・・・すー・・・・」


頭をぽんぽんっと撫でてみると、翼くんは身じろぎをした。
ん?と思って見るとまたもとのように寝息をたて始めたので、起こしたわけじゃないと 知って安心する。セーフセーフ!! それにしてもこんなの私らしくない!!やめやめ!この話はやめ!! 明るくいこう明るく。



「あーそれにしてももうこんな時間かぁー」
「・・・・・・・」
「補習中止して今日はもう翼くんを休ませようかな」
「・・・・・・・!」
「起こすのも可哀相な気がするけど・・・翼くん、起きろー!」
「・・・・・・・」
「起きろーっ!!」
「あ、せんせい!!」
「へ?真田先生?」
「・・・!!」


翼くんを起こそうと思って立ち上がると廊下から真田先生の声が聞こえてきた。
真田先生はいつも元気だなぁ。こっちまで元気になってくる、と微笑ましく思いながら 入り口の方に体を向ける。するとそこから真田先生が現れた。


「補習お疲れ様!って、ん?!真壁寝てんじゃないかよ〜」
「疲れてるみたいだから寝かせてあげようかなと」
せんせいは優しいなぁーオレだったらたたき起こしてたとこだぞ!」
「いーえ、ただの気まぐれです。今起こそうとしてたんですけどね」
「真壁はずっとこのまま?」
「ええ、補習始まる前から寝てたみたいです。熟睡してるみたいで」
「そっか・・・ちょうどいいや」
「は?真田先生、何か言いました?」
「んん、な、なんにも!何も言ってないよ!」
「そうですか?」
「と、ところでせんせいっ!今日ってあいてる?」
「・・・・!!」
「今日ですか?今日は特に何もないですけど・・・?」


拳をにぎりつつそんなことを聞いてくる真田先生に、なんだろうと思いながら答えを返す。
気のせいかすごい力入ってる気がするんですけど。 そしてなんでかするどい視線を感じるような気がするんですけど。 いや、でもここには私と翼くんと真田先生しかいないはず・・・しかもまだ翼くんは寝てるし。


「こ、ここ今晩、いい寄席があるんで・・・じゃなくて!食事にでも行きませんかっっ?!」
「ご飯ですかーいいですねぇ。ちょうど持ち合わせもありますし、行きたいですね」
「・・・・!」
「じゃ、じゃあ・・・!」
「・・・ッ!・・・副担、起きたぞ!補習だ、補習をやるぞっ!!」
「は、あ、あれ?翼くん起きたの?あれだけ起こしても起きなかったのに・・・」
「・・・今起きたんだっ!!」
「ま〜か〜べ〜!!お前ってやつはほんとーに邪魔ばっかりしやがってぇ〜!!」
「真田先生ってばどうしたんですか、邪魔って・・・?」
「せ、せんせいは気にしなくていいんだ!ほんと!!」
「そ、そうですか?ならいいんですけど・・・」


いきなり俯いていた顔が上がって、ばんっと机を叩き立ちながら翼くんが起きた。
いやぁ、起きた早々機敏な動きを・・・。私なんて低血圧だからしばらくベットの中で ごろごろしてからじゃないと動けないもんなぁ、うらやましい・・・!
しかも補習やる気まんまんだし!いいねぇいいねぇ、若いっていいねぇ!そして勉強をこんなに やる気になってくれたし!


「真田先生、じゃあ後で」
「えええ、先生!ほっ本当にいいの?!」
「あ、私でよければ是非」
「・・・・っ!」
「じゃあ、あとで校門の前で待ってるからそのときにってことで!」
「待て、副担!」
「ん?なに、翼くん」
「ちょうどイタリアンの良い店が今日オープンするんだが、どうだ?」
「んー、悪いんだけど今日は真田先生と行く約束しちゃったから・・・」
「・・・今晩、副担に是非相談したいことがあったんだが・・・・」
「相談?」
「(何か嫌な予感っっっっ!!!)」
「そうだ。副担になら相談できると思ったんだが・・・そうか無理か」
「相談かぁー・・・うーんそれは聞いてあげたいなぁ。明日じゃ駄目?」
「今晩、副担にしか話せないことなんだ。どうしても」
「そこまでいうなら・・・・真田先生すみませんが、」
「(来たよ来たよ、こうなるってわかってたよっ!!!)」
「今日はちょっと翼くんの相談にのってあげて良いですか?ごめんなさい」
「あーうん。いーっていーって!(まーかーべーっっ!!!!)」
「本当ですか、ありがとうございます!」




内心、輝かんばかりの笑顔を向けられて、嬉しいけれどでも生徒に自分の好きな人を取られて がっくししているなどと、真田正輝26歳彼女ナシ(うるさいなぁ!もう!!) は言えるはずもなく、とぼとぼとその場を去っていった。



「じゃ、あとちょっと補習をやりますか!」
「本当にやるのかっ!!!」
「やるぞって言ったの翼くんじゃない」
「MISTAKE!!失敗した!」
「はぁ・・・?何が」



寝顔の罠
「それで、相談したいことってなに?」
「Uh・・・俺は・・・副担のことが」
「私?私なんかした!?この際はっきり言っちゃっていいよ!?」
「いや、やっぱり・・・またの機会にする・・・・」
「ちょっと気になるじゃん!まったく今日すぐ!なんていうから凄く心配したのに!」
「心配?・・・そうなのか?」
「そりゃそうよ!相談があるなんて言われたら心配するに決まってるでしょ?!」
「副担、俺は・・・」
「それにしてもこれおいしいね!ティラミス!!」
「(また話がずれた・・・!)」




実は途中から起きてたっていう。