土日明けの月曜日というものはどうも、休みの時の気分が抜け切れなくて 気分があまり浮かばないという教師にあるまじき事態に私はよく陥る。
土日はまぁ・・・ずーっと暇というわけでもないけど、ごろごろして日頃の疲れを 取るためのものだから、どうしても月曜日が来ることを考えると嫌な気分になってしまうのだ。 学生時代の時はそれが特に激しくて何回も行きたくないなぁ、なんて思ったっけ。

校門から職員玄関までの無駄に長い道のりを靴音を立てながら歩いていくと 見慣れた・・・という言い方はおかしいかもしれないけど、もう何回も見たことがある 一台の黒塗りの高級車が見えてきた。
学校の敷地も無駄にでかいとは思うけれど、 この車もそれに負けないくらいの大きさだ。それこそ月曜日のこの嫌な気分がぶっとぶくらい の衝撃ではある。 かちゃり、と音がして車のドアが開く。


「あ、永田さん!おはようございます」
「おはようございます、先生」


そこから出てきたのは翼くんの秘書の永田さんだった。
もう夏に近づいてきているので、スーツは暑いはずだが平然と着こなしているところがまた 彼らしい。相変わらず汗ひとつかいていない涼しげな顔だ。


「どうしたんですか?何か翼くんに用事でも?」
「はい、翼様が忘れ物をしたようなので届けに参りました」
「ああ、じゃあ良ければ私から渡しておきましょうか?」
「ありがとうございます、先生。大変助かります」


ではこれをお渡し願えますか、といつも通りの丁寧な口調と笑顔で手渡されたのは、 1冊の絵本だった。表紙には可愛らしい女の人と月が描かれていて『かぐや姫』と書いてある。
日本では有名でなおかつポピュラーな物語である。



「翼様はこれを毎日熟読されているようですよ。家でもバカサイユでも」
「この、かぐや姫をですか?」
「ええ、この前は桃太郎でしたが読めるようになられたので、次はかぐや姫に」
「桃太郎は読めるようになったんだ・・・!翼くんは最近頑張ってますからね!!」
「翼様が勉強を始められたのは先生のおかげだと、私は思います」
「いやそんな!これは翼くんの努力の結果です!」
「ありがとうございます、先生」
「いやこちらこそ。それといつもご苦労様です、永田さん」


でもそっかぁ、なんだかんだいって文句を言いつつも頑張ってたんだなぁ、翼くんは。 確かに最近は問題文の意味もスラスラと分かるようになってきているみたいだし、 国語教師としては鼻が高い。影で努力をしているなんて知ってしまったからには、 嬉しくてよーし、よくやった!と頭を撫でたい衝動に駆られる。 でもなでなですると翼くん怒るんだよね・・・悟郎くんは喜ぶけど。この前頭撫でた時とか なんてすごいびっくりしてなでなでするな!なんて言ってたしなぁ。
高校男子なんてそんなものなのかな、やっぱり他の小学校中学校の生徒とは違って大人だからね。 でも南先生に話したら私もよくやった!って頭撫でたくなる時あります!って言ってたし。 頑張ってる子ってそれだけでキラキラ輝いてみえるよね!と意気投合しちゃったし、うん。

ああ、それと葛城先生にも翼くんのこと報告しておこう。
あれで一応翼くんのことを心配してるって言っちゃあしてるんだから、喜ぶことだろう。 多分その話題に行き着くまでにかなり脱線してしまうと思うけど。 葛城先生と話をするといちいち関係ない話題にまで飛んでいってしまうからこれがまた問題だ。
一応教師としてのメンツってものがあるのかは彼のみが知ることだが、 とりあえず授業中にやらかした報告は聞いていないので多分教師としての授業中はいいんだろう。 ただ、放課後や休み時間には鳳先生や衣笠先生に説教を食らっているようだ。



それでは失礼いたします、と職員玄関に急ぐ私を思ってなのか永田さんは車に乗り込み、 車を発進させた。車を走らせたとは言っても永田さんは翼くんの秘書なので駐車場に 持っていくだけで翼くんの傍に控えているんだとは思うけど。
大体、呼ぶとすぐに出てくるところなんでもう神業だ。一体永田さんはいつもどこにいるんだろうか。

そんなふと浮かんだ疑問を頭のなかで考えながら、依然として職員玄関は遠い。
校門からの道のりが半端なく遠いというのも少々考え物だ。
途中で、先生おはよう!という元気な声が聞こえてきてそれにおはよう!と返していると なんだか嫌な気分も吹っ飛んでしまう。やっぱり教師って仕事はいいなぁ、なんて思ったり。


ようやく職員玄関までついて、冷たい石の床にコツコツとヒールの音がやけに響く。
まだ朝が早いせいなのか職員玄関のほうは生徒玄関のほうとは違って静かだ。 今日はスーツを着てきたのでそれに合わせてヒールの高い靴を履いて来たのだが、 あんまり履きなれてないせいか、脱ごうと思ってかがんだ瞬間、後ろに転びそうになった。
あやうく間抜けな格好でひっくりかえるところだったが、日頃B6の相手をして運動神経が 良くなってきている私の体はよろめきながらもなんとか持ちこたえることが出来た。
(ここで転んでたらあとで清春くんに何言われるかわかったもんじゃないよ!)
おっと、危なっ!でもセーフ!!と冷や汗をかきながら立ち上がると、後ろから腕が伸びてきて ぐっと、後ろへ引き寄せられた。がつん、と頭が相手の胸に当たってちょっとくらくらとした。
ぐっ!ちょ、ちょうど首のところが絞まって息ができないから!力が強いから! 誰だ、窒息死させようとする奴は!!





「副担、永田に会っただろう」
「翼くん!ぐっ・・・ちょ、ちょっと苦しいんだけど!腕、腕っ!!」
「ああ、SORRY」

ちっとも反省してないようだったが、それでも少し腕の力が緩んだ。
振り返ろうとして腕から逃れようとするが、苦しくはないものの力を入れているようで なかなか振りほどけない。


「ちょ、翼くん、どうしたの!」
「・・・別に。なんでもない」
「あ、そうだ。永田さんから忘れ物預かったよ?かぐや姫の本」
「かぐやPRINCESSか」
「うん、桃太郎は読めるようになったんだって?今度朗読してみせてね」
「・・・まぁ、良いだろう」
「ところで、この状況は何。ふざけてるなら回し蹴りをお見舞いしますが」
「ふん、やれるものならやってみろ」


何だか知らないが朝からこんなに機嫌悪く接しなくてもいいのに。
そのくせ腕の力は一向に緩まないのだから困ったものだ。ここは一つ私が中学校で 悪ガキ相手に鍛えたスペシャル回し蹴りを披露しようじゃないか。
それでからゆっくりと翼くんの事情を聞くことにしよう、ああ、私も話がわかるいい教師になった もんだ。・・・・どりゃっ!!



「UNBELIEVABLE!本当にやるかっ?!」
「何よ・・・翼くんがやれるもんならやれって言ったんでしょーが」
「うっ!その目は止めろ!イタタマれない気持ちになる」
「おっ、難しい言葉覚えたんじゃん!凄いよ、頑張ってるねぇ」
「当然だ!・・・ってそうじゃない!」
「はいはい、話なら教室でじっくり聞いてあげるから」


靴を靴箱に仕舞い、中から履きなれたスニーカーを出そうと翼くんに背中を向けると、 翼くんがなんだと?!と至極不満そうな声を上げた。なんなんだ、まったく!



「・・・翼くん。なーに、何が言いたいの」
「この俺がせっかく・・・1番に副担に」
「・・・はぁ?なんのこと?」
「GREETINGSしようと思っただけだ!」
「・・・あいさつ?」
「そうだ!俺が副担に挨拶を1番にしようと思ったのに・・・っ!」
「は?別にすればいいんじゃないの?」
「そうしようと思ったら、副担は先に永田に挨拶をしたんだっ!」
「ああ、そういうこと・・・」
「フン、何故俺がこんなに怒らなければならんのだ!」
「いやぁ、私に怒られても困るんですけど。別にいいんじゃない、明日リベンジすれば」
「そうか、そうだな!副担たまには良い事を言うな!クックックハーッハッハッハ!」
「機嫌が直ったならそれでいいけど私、職員会議行かなきゃ。またHRでね!」
「副担・・・待て」


ん?と振り返ろうとした私の手首を引っつかんで、さっきのように自然に引き寄せ、
(本当に自然にだからついつい流されてしまうんだよなぁ・・・)
翼くんはおっそろしいくらい低く甘い声で囁いた。



「GOOD MORNING、先生?」




1番を君に
「なぁ、悟郎。どう思う?翼と先生」
「ツバサはかなり頑張ってると思うよ〜☆問題はセンセの方っ!」
「だよなぁ、ぜってー、先生って翼の想いに気付いてなさそうだもんな」
「ゴロちゃんたちから見たらポペラバレバレなのにねーっ♪」
「あれ、2人ともおはよう!」
「あっ、先生!・・・翼、見なかったか?」
「あー翼くんね。なんか様子がおかしかったけど、どうしたんだろ」
「どうかしたって何が〜っ?ゴロちゃんたちにも聞かせて聞かせて☆」
(ごにょごにょごにょ・・・)
「・・・永田さんにも怒ってたし・・・うーん高校男子は考えてることがわかんないなぁ」
「(ツバサ・・・ゴロちゃんこの鈍感っぷりには同情するよぉー!)」
「(翼・・・頑張れよっ!)」
「ちょ、なんで2人とも黙っちゃうのよ!」





格好良い翼くんを目指したはずなのに・・・・アレ?(いつものことです)