「どうだ、いい出来だろう!」


いや、今ドアを開けて入ってきたばかりの人間にそんなこと言われても。
紙を私の目の前に突き出したまま、めったにみない満面の笑みでいっぱいの彼に迎えられた私は、 そう心の中でだけツッコんで、いきなりの出来事によってフリーズしていた体を動かす。 開けっ放しだったドアを閉めて、バカサイユ内に入り疑問を解消すべくやんわりと尋ねた。



「えーっとなにが?何の話かまったく掴めないんですけど」
「なにがって決まってるだろう!今度の新曲の歌詞だ!」
「(決まってるって・・・)」



彼、こと七瀬瞬くんはヴィスコンティというバント活動をしている。 彼曰くバンドは魂をかけてやっているものらしい。 それはすごく分かるし、実際熱中できるものがあるということはとてもいいことだと思う。 ああ、青春だなぁとババくさいことを考えてしまったりして。 バンドのことになると瞬くんはそれはもうすごい熱の入りようで、 特に歌詞を考えている時なんかは、かなり危険である。 近づいたら最後、もんのすごく恥ずかしい台詞が飛び交うからだ。 あれはちょっと我慢ならないものがある。 B6のみんなもかなり同席することを遠慮したがっていたこともつい最近発覚した。 と、まぁ私がここまで瞬くんのことを知っているのも副担だ、ということが原因だけれど 1回災難に遭ってからは、かなーり厳重な注意を払っている。またエジキになると怖いし。



よっこらせ、と高級そうなソファーに腰掛けてこれまた高級そうな紅茶を山田さんが入れてくれる。 あーしあわせだぁー、っと、いけないいけない。くつろいでる場合じゃなかった! 補習しにきたんだった!!そんな私の横では未だに上機嫌な瞬くんが腰掛けている。 あーくそ、足長いなぁもう。私がほかほかと湯気を立てる紅茶を一口飲んで息をつくと、 瞬くんは見計らったかのようにくるっとこっちを見て、相変わらず紙を差し出したまま口を開いた。



先生!今度の歌詞は自信作だ!」
「じ、自信作・・・」
「そうだ。で、さっそくなんだが先生、」
「な、なにかな?」
「感想を聞かせてくれ!」



きたー!あの恥ずかしい歌詞に感想をつけるなんてそんなこと!
これにひっかかると厄介だぞ、なんて一くんが忠告していてくれたけれど、ちっとも 回避できてやしない。 あーわわわわ、誰か助けに―――ここはバカサイユだ。助けに来てくれるものなど限られている。 さぁ、さぁ!と紙を押しやってくる瞬くんに恐怖を感じたのは言うまでもない。








「・・・えっとここはもっとストレートに表現したらいいんじゃない?」
「そうか、一応先生なだけはあるな」
「あ、ここ漢字間違ってる」
「クッ・・・これで合ってると思っていた・・・!」
「(おいおい、今までよく無事に歌詞書けてたな・・・)」


そして数十分後(のはずだがかなり長い時間が経った様な気が)あの恥ずかしい歌詞が 書いてある紙を握りしめた私は、その恥ずかしい歌詞の添削をしていた。(何故!?) そしてその上、褒め言葉かどうかもよく分からない言葉をもらっていた。

自分にとっては歌詞なんてものは未知なものであることには変わりない。 が、あまりに瞬くんがキラキラと輝くような目で期待のまなざしを向けるものだから、 ついついそういう気分になってしまったのだ。ちなみに、相手が瞬くんじゃなかったら 即効で逃げ帰っていたところだ。
あーあーあーああああー、私は今日中に帰れるのだろうか、 ほんのり赤く染まった太陽の光が窓から差し込むのを見ながら思う。 てか、あれ?私確か瞬くんの補習に・・・・、









プリーズアンサー!
「あ、あのさーそろそろ帰らないと・・・」
「もうそんな時間か?!」
「ひぃー、もう真っ暗じゃん!」
「すまない、先生。送っていく」
「そんなのはいいから、早く帰って明日の予習して!ああああ、悠里先生ごめん・・・!」
「・・・そういえば、今日は補習だったな」
「そうだよそうなんだよそういうことなんだよ!」
「歌詞に熱中しすぎてすっかり忘れてた。だがこの歌詞なら完璧だ!」
「まぁ、なにはともあれ完成して良かったよね」
「ああ、これからも頼むぞ、先生!」
「(えー・・・・)」
「・・・なんだ、その嫌そうな顔は」
「分かってくれた?」






七瀬くんは、先生と一緒に居たかったのもあったんですよー、という裏話。
(わかんないから!)