じりじりと私を焼く太陽。輪郭にそって流れる汗。私にとってはうれしくも、 多分世間一般の皆様にはだるいと思われるだろう。 とにかくとんでもなく暑い季節がやってきた。夏、到・来っ!



今こんな暑い中で私が何をやっているのかというと、それは畑仕事である。 夏が近づいていることもあって、収穫に向かって着々と進んでいるところ。 ミニトマト、きゅうり、なす、とうもろこしなどなど、夏野菜でいっぱいである。 収穫した時のことを考えると、笑顔をとめることなんてできない! ああ、もう楽しみだなぁ・・・・・。





話しながらなんだけれども、 先ほどからすごい視線を感じる。視線は強いものの一向に距離は縮めようとはしない。 またかー、と思いながらまた手元のきゅうりに目を向ける。

と、いうのは最近畑仕事をしていてふっと顔を上げると いつも向こうのブロック塀の横の涼しい日陰のところに、バイクを止めた男の子がじぃっと 見ているのに気付いたからである。 慣れたように言えるようになったのはここ最近の話で、最初はおっかなびっくり 作業をしていた私である。
特に何を話し掛けて来る訳でもなく、ただぼーっと見ているようなのだが やはり見られているからには何か訳があるのだろうかなどなど色々考えてしまう。 別にストーカーがついてきた事もないしナンパも数えるくらいしかない私には、見つめられるような 要因がまったくないのだけれど。別に害はないみたいだし、もしかして野菜作りたいから私のを参考にしてる のかな?などと 自分なりに解釈してみる。
とりあえず野菜を作るのは楽しい。 ああ、やっぱ畑仕事っていいよね!








そんなこんなで8月。まさに灼熱地獄。大きなつばの帽子をかぶり、首にはタオル。 日焼け止めも二重に塗って、日焼け対策もばっちりで収穫に向かう。 ここ最近太陽の力が強くおいしそうに実った野菜たちが私を待っている。 ミニトマトの赤、きゅうりの緑、なすの紫、とうもろこしの黄色、 色とりどりの野菜が自分の頑張った成果として現れている。


「さぁ、こんなもんかな」


よいしょ、といいながらかごの中にはいっぱいの野菜。 取りきれなかったものはビニール袋の中に、あとで近所のおばさんにでもおすそわけしてあげよう。 いつもよろこんでくれる近所のおばさんの嬉しそうな顔を思い浮かべると、こっちとしても 頑張って作ったなぁなんてしみじみと思ってしまう。


ぐっと追加分のビニール袋もちあげて自転車に入れようとする。 かごいっぱいの野菜は、私のその持ち上げる作業が乱暴だったからか、 ビニール袋に入れた分の野菜がバランスをくずして道路に転がっていく。 あ、と声にする暇もない。無論拾い上げる暇もない。向こうからはスピードを出してやってくるバイク。 あー!!!轢かれる!!!と思った瞬間、急ブレーキでそのバイクが止まった。 多少後輪がスリップして、道路にはタイヤのあと。よく交通事故とかでみるよね。 本当に事故になるところだった、いえ私ではなく野菜たちが。




「あ、よ、良かったぁ〜」
「良かった、じゃない!」


野菜に駆け寄って拾い集めていると、 それはそう当然のことなんだけれど先生に怒られたようなそんな錯覚を 覚えるほど威勢のいい怒鳴り声がした。その人はバイクを止め、ヘルメットをばさりと外す。 ふわぁっとよくシャンプーのCMとかで流れてるモデルさんの髪よりも綺麗で滑らかな 赤い髪が視界の隅で広がった。ちょうど収穫したばっかりのミニトマトみたいな綺麗な色に、 びっくりしていると、不機嫌そうな声が聞こえてきた。 慌てて野菜たちを抱えながら、視線をその人に戻す。





「あ、・・・あなた」
「・・・・・・」


ぽかん、とするのも当たり前だ。何ていう偶然だろうか。いつもあのブロック塀から見つめていた あの男の子じゃないか。その男の子も私が誰だか気付いたようで、 何だか居心地が悪そうに視線を泳がしながら、黙っている。背が高い彼の影が、 私の顔にかかっている。逆光で暗くはなっているものの、その顔の端正さは見てとれる。 女の私でもため息がでるくらいの綺麗な顔だ。 その彼を見上げるようにして、まじまじと見つめてしまう。 いきなりのことで阿呆面になっているのは 避けられないが、とりあえずお礼は言わなくちゃいけないか。 野菜がぱーになるのは避けられたんだし。 それも急ブレーキをかけてくれたこの子のおかげだ。




「あ、ごめんなさい。怪我はありませんでした?」
「別にないが、野菜を大事にしろよ」
「はい、ありがとうございました!!」


どうやら野菜がとても好きらしい。良かった私もとても好きだから。 ふ、と手の中の野菜を見て、それからその人の顔を見る。その人と目が合って、 まだ何かあるのか、とでも言いたげな視線を私に向ける。



「あの、良かったらなんですけどこの野菜、おわびにもらってくれませんか?」
「・・・?!何?!いいのか?!ただで?!」
「おいしく食べて頂けるのなら喜んで」
「もらう!是非もらう!」



さっきまでのぶっきらぼうさはなんだったのか、くるりと回って180度性格が変わっている。 本当に嬉しそうな顔をしているので、やっぱり近所のおばさんにあげた時みたいに 私も笑顔になる。スーパーの袋の中にまた野菜たちを入れてはい、と言って渡す。



「あんた・・・いつも野菜作ってるよな」
「私、農業科で!学校だけじゃなくて自分でやりたかったから畑を借りたんです」
「そうか。いつ来ても野菜作ってるから目についてな」
「ああーだからいつも見てたんですね。野菜、お好きなんですか?」
「・・・ああ、そうだな。好きだな。夏なんかは安くなるしな」
「そうですねー。自分のところはいつも自家製なんで余計おいしく思えますよ」
「あんた・・・いや、なんでもない」
「・・・?」



そっかそっか野菜好きか。野菜好きに悪い人はいない。私がそう決めた。 それにしてもこんなに笑顔で受け取ってくれるとは思わなかったな。 てっきりクールなんだと思い込んでいたら、結構かわいい所もある子だ。 袋の中をのぞいて、おおこれはいい大きさのなすだ!などと感激しているところを見ると やっぱりあげて良かったな、と思える。それにしてもやけにそういう仕草が自然に見えるのは、 何故だろう。スーパーのおばちゃんが野菜を選んでいる時の目の光とよく似たものが、 彼の目の中にもある気がするのだけれど。



「これで今日のスーパーのセールは行かなくていいな」
「そこらの野菜より私の野菜はおいしいですよ?」
「そうか、楽しみだな」
「本当ですよ?本当においしいんですから!えーと?」
「ああ、七瀬だ。七瀬瞬」
「七瀬さん、ですね、」
「クソッ・・・こんな時間だ!悪いな、学校なんだ」
「あ、そうですか?また野菜の感想聞かせてくださいね!」
「・・・また来る」
「はい、待ってますね。行ってらっしゃい、七瀬さん」
「・・・ああ」




またもとのように颯爽と走り去るバイクに乗る後ろ姿を見ながら、 気付いた。
あ!私自分の名前、名乗り忘れてた! ・・・ま、いいか。また来るって言ってくれたしね。
おいしく食べてくれるといいなぁ。






灼熱の中の野菜と彼
「瞬!なんだその大量の野菜は!」
「ああ、これか?もらった!いいだろう、ただだぞ!」
「へぇー、うまそうだな。なぁなぁ、トマト食っていいか?」
「駄目だ!この野菜は俺がすべて責任持っておいしく頂くと決めている!」
「何をムキになってんだよ?怪しいなぁ〜、誰からもらったんだよ」
「それはっ・・・名前を聞きそびれた」
「ハーッハッハッハ!瞬、とんだお笑いだな!」
「うるさいぞ、真壁!黙れ!!」
「ナナがお笑いなのはいつものことダロォ?ヒャハハハッ!」
「仙道〜!殺すぞ!俺がいつお笑いをした!!」
「ねぇねぇ、ゴロちゃんこのとうもろこしゆでて食べたーい☆」
「・・・賛成。トゲーも食べたいって・・・」
「よし、山田!これをゆでろ!!」
「あ、ちょ!ま、待て!」






ヒロインちゃんは野菜馬鹿。大学農業科設定。
瞬くんは毎日そこでヴィスコンティの歌詞を考えているうちにヒロインちゃんが 畑にいることに気付いた、みたいな裏話。 それと微妙に新婚さんっぽい、会話が(・・・)