本当になんだというのだ。厄日か今日は。ため息をいくらついても足りないくらい だけれど、それでもまた1回はぁー、とついてしまう。ダメダメ、ため息が癖になっちゃうとか 余計に不幸になってしまいそうだ。

「あーあーあーあーつーいー・・・・」

Tシャツをパタパタと揺らして、風を中に入れてみるが、生ぬるい風をふわふわと感じるだけで この暑さを和らげるものにはならない。 考えてみればこの無駄な行為そのものをやることがまた暑さを招く原因だとも私は思う。 テレビのスイッチをぱちんと入れれば、ちょうどお天気番組である。 朝ご飯であるトーストを口に放り込みながら、じっと今日の天気を知るべく画面を見つめる。

「今日は快晴。全国各地蒸し暑い日となるでしょう。日焼け対策もばっち・・・」

途中まで聞いただけでうんざりした。何故こんなにも暑いのか。あまりにうんざりしすぎて、 途中でテレビのスイッチを切ってしまったぐらいだ。
地球温暖化が流行っているとは聞くけれど、私だって数年前まではエコを実施して、クーラーなんていう 文明の最先端をいくものは使わず、古き良き時代から使われている扇風機を愛用していたのだ。 だがしかしっ!今年からはそうもいかない。私の長年のエコ対策はちっとも実を結ばず、 それどころか地球はどんどん熱くなっていっているらしい、なんてことだ。 というわけで、悪いとは思うのだけれど、私もめでたくクーラーのお世話になることにした。 環境が大事だとは言うけれど、自分の体内環境も負けずと劣らず大切なのだから。

「うっわ、そろそろ時間だ!」

なんだか暑さにげんなりしているうちに時間が経ってしまっていたらしい。 私は慌てて仕事ばりばりしますよオーラを立ち上らせるべく、スーツに手を通し、着替える。 ぴしっとしてみたはいいものの、やはり暑い。テーブルの上に置いてある氷が大分溶けてしまった カフェオレをぐいっと一息で飲み干し、気合を入れる。 さぁ、いざ出勤!


ばたん、と安アパートのドアを開けると朝だというのになんていう日差しだろうか。 私をじりじりと焼いていく。紫外線が強い時ってなんか焼けるっていうより痛い気がする。 あーこれから電車に揺られてぎゅうぎゅうの中通勤するのかー・・・・。 さっき気合を入れなおしたばかりだと言うのに、もう弱気になっている。ダメダメ!




ガチャンと鍵をかけてふと、顔を道路の方に向けてみると なにやら下が騒がしい。なんだろう?こんな田舎になにか起こるわけもないのだけれど、 中にはアパートから下を見ている人なんかもいたりして。 とはいってもこのアパート2階建てなので、大体住んでいる人は把握している。 あれは、お隣の人だ。1人暮らしのおばさんで同じく1人暮らしの私のことを 気遣ってくれる良き隣人だ。



「あっ、ちゃん!大変だよ!」
「どうしたんですか?何か騒がしいですけど・・・」
「ほら!あれだよあれ!」



おばさんの指差す方向を見れば、なるほどーこういうわけか。黒い高級車がアパートの前の 狭い道を塞いでいる。なるほどー確かにこんな大きくて高そうな車は見たことがない。 なるほどー・・・・っておい!私、あれ見たことある!しかも何回も! 暑さに流されそうになっていたのにも関わらず、私はその車を確認した途端に周りの空気が さぁっと冷たくなった気がした。暑さも吹き飛ばす勢いである。 あ、ああああ、あれは・・・っ!



「どうしたんだい?ちゃん?あんな車、乗る人がいるんだねぇ・・・」
「そ、そうです・・・ね。私もびっくりー・・・あはは」



あはははは、と乾いた笑いを漏らす私の顔を怪訝そうにおばさんが覗き込もうとした時、 その大きくて高そうな車の運転席から1人の黒スーツを着た男の人が降りてきた。 いいや、待て!落ち着け!私目当てじゃない。私関係ない。きっと関係ない。
冷や汗を垂らす私の横でおばさんが黒スーツを着た男の人見て目を輝かせる。




「ありゃ!あの人格好良いじゃない。やっぱ高級車に乗る人ってのはすごいねぇ」
「あー・・・確かに格好良いですね。本当に・・・」
「あーゆー人と1度はお近づきになりたいもんだ。そう思わないかい?」
「えっ・・・えっとー・・・。そうです、ね・・・」



目をそらしつつ、今日は休もうかしら、などと考えているとその黒スーツを着た男の人が 車の後ろに周り後部座席を開けた。さっと、長い足が見えやはりその人が現れた。 ああああーもう!なんで今日は暑いのに加えこんなハプニングが起こるのよ!?
おばさんは・・・と見ると完全に夢中になっている。 この騒ぎに巻き込まれたらアパートでの噂の中心人物になってしまう。 気付かれないように家にそっと帰ろう・・・と思って鍵を開けドアノブを 回した・・・・が、その手はおばさんによって遮られてしまった。

ちゃん!ちゃん!見とかないと損よ!ちゃんも良い男捕まえなきゃねぇ」
「い、いや・・・私別に良い男とかどーでもいいんで・・・・」
「そう言わないで・・きゃー!こっち見た!こっち見たわよ、ちゃん!!」
「あーうん。はい。そうですねー・・・」
「あの整った顔立ち!長い足!あーいいねぇ!」
「確かに格好良いですがー・・・・」



お馬鹿さんなんですよ。そして私その子の副担なんです、とはどうしても言えなかった。 言える訳ねぇー!こんなに注目されちゃってのこのこと出られますか! おばさんが手を組んでうっとりしている間に、さっと引き返してまたしてもドアノブを回そうとした、が。



「おい!副担!乗っていけ、学校まで送るぞ!」
「・・・・あー・・・・」
「聞こえているのか?!乗せて行ってやる、と言っているんだぞ!」
「あー・・・あついなぁー・・・・」
ちゃん?!まさかあの人達と知り合いだったりするのかい?」
「え、あーうんーいやーまぁなんというかー・・・・知り合いってほどでもないんですけど・・・」
「WHY!?この俺をただの知り合いだと?!副担!」
「ひぃっ!はいはいはいはい!分かりましたっ!今行きます!」



おばさんがこちらを痛いほど見つめていて、さらに ガツンガツンとヒールが足元で異様な音を立てているが、そんなの気にしていられる状況ではない。 もう心の中ではこの階段ごとぶち抜いてやりたい気分だが、まぁ彼にとってはほんの親切心なんだ ろう。それがうまくいかなかったのは、この狭い路地に高級車が通っても問題ないと思う その常識はずれなところが彼にあったのが問題だった。ただそれだけと言ってしまえばそれだけである。




「GOOD MORNING、副担」
「おはようございます、先生」
「・・・おはようございます・・・・翼くん、永田さん」
「どうかしましたか、顔色が優れないようですが」
「WHAT?!医療チームを呼ぶか?」
「いやいやいや!いいです!ほんとに!大丈夫だからっ!」
「そうか?なら良いがな!」



携帯を取り出していたその手を引っ込めさせると、私はようやく安堵のため息を吐き出した。 もう噂になろうが、何でも良いような気がしてくるのは何故だろう・・・。 この人たちを前にしていると自分が逆に変な気がしてくるから不思議だ。




「ところで、なんでここに?明日からこの噂で持ちきりになるじゃない!」
「餅切り・・・餅を切るのか?副担と俺で餅を切るのも悪くないな」
「いや、だからなんでそうなる!!あー学校行ったら補習よ!葛城先生と!」
「HA?何故、オッサンと一緒に補習を受けねばならんのだ!」
「翼さま、話がずれてきております」
「ああ、そうだった!喜べ副担。わざわざこの俺が、迎えにきてやったのだからな!」
「・・・はぁ?」
「今日は真夏日でございます。きっと先生は暑くてだれているだろう、と」
「そう、だから車で迎えに行ってやろうと永田に言ったんだ!」


ハーッハッハッハ!とこの狭い路地裏で相変わらずの高笑い。あちらこちらからの視線を感じる のですが・・・。いや翼くんは全然気にしていないけども。
そういえば、最初に声を掛けられたときに迎えにきた、とかなんとか言ってたな。 何?ということは翼くんはわざわざ暑くてだれている私のために迎えに来てくれたと? この安アパートまで。え、何ていい子なんだろう!声を掛けないで、と思っていた自分にさよなら! ぐっと翼くんの手をにぎって感謝の言葉を述べる。



「翼くん!私感動したわっ!翼くんが人を思いやれるような人間になったってことに!」
「なっ、副担。そんなのは当然だろう!もっと感動しろ!」
「そういうところはまだ変わってないけどね・・・」
「別にいいだろう!これが俺だ!」
「確かに。こんなところに高級車でつっこんでくるのは翼くんくらいなもんでしょうよ」
「くっ・・・!じゃあ何だったら良かった?ヘリか?それとも牛車か?」
「もっと悪いから!でも暑いのにげんなりしてたのは本当だし、ありがとう」
「・・・っ!別にいい、と言っただろうっ!」
「良かったですね、翼さま」



もう、変なところで照れ屋さんだなぁ。 別にお礼言われたんだから素直に受け止めればいいのに。 そんなところも、翼くんらしい、と言えばらしいか。 いや、あまり褒めすぎると次は調子に乗ってヘリで迎えにきたぞ!とか言いかねないけど。



「永田さんも朝からご苦労様です」
「いいえ、翼さまと先生のためですから」
「永田さん・・・!(なんていい人!)今日も1日頑張りましょうね!」
「おい!副担に永田!何、手を握り合ってるんだ!離れろ!!」
「ぎゃいぎゃいうるさいよ、翼くん。ほーら乗った乗った!」
「なっ、迎えにきてやったと言うのに、その俺を足蹴にする気か?!」
「はいはい・・・学校行ってたっぷりお礼してあげるから、補習で」






思いやりとは何ぞや
「さぁー行くよっ、みんな!今日は補習びしばしやっちゃうよっ!」
「おい・・・翼・・・なんでこんなに先生やる気なんだよ」
「お、俺は知らんっ!何もしていないぞ!」
「ゴロちゃん、ポペラ疲れたー!!!」
「補習が始まってから、3時間42分と24秒経っている!時給に換算すると・・・」
「ケケケッ、ナナァ!嫌だったら帰ってもいーんだぜェ?」
「・・・おなか・・・すいた・・・」








安アパートって書くべきかボロアパートと書くべきか・・・(どーでもいい)