出会いは夏。出会いとは言ってもごくごく俺から見た点での出会いで。まさかそれが、こんなに 深いものになるとは思っても見なかった。今となっては懐かしくあっという間に過ぎてしまったと 感じてしまう夏だったが、それでもかけがえのない夏だったとだけは言える。



季節は冬である。 びゅうっと強風が吹き荒れる。風が強く自分に当たり、手は先まで冷たくなってしまった。 一応コートは身に付けているとはいえ、この天気は寒すぎる。本当なら直行で学校まで行って、 暖かいバカサイユでぬくぬくとしているはずだ。
しかしそれをせず、何故自分がこんな思いをしてまで歩いているかというとちゃんと理由がある。





会いたい、と思っている気持ちは、相手にはなかなか伝わらなく。もちろんそれを出そうとしても いないので、鈍いあの人には届いているはずもない。しかしそれでも、と思ってしまうのだ。 だから自然に足がいつもの方向へと向いてしまう。
しかしそれは自分だけであって、相手はその場所にはいないかもしれない。 なにしろこんなに寒いのだから、家にいる可能性の方が高い。しかし、それは普通の女性で ある場合で、あの人の場合は活動的すぎるところがあるため断言はできないのだ。夏から見てきた だけの自信はある、絶対に今日もいる!
だからこそ自分はこんな寒いところをあまり文句を言わず (若干クソッ!とかは反射的に言ってしまっているが)歩いている。 もしかして会えるかもしれないから、という思考が働いていることに気付いて、苦笑する。 重症だな、俺は。


いつもの角を曲がると夏の間は大きな楠の木によって日陰が出来る場所である。
ここは涼しい風が流れて、精神統一しやすく歌詞が浮かんできやすかったため、夏の間はちょくちょく来ていたものだ。 それも、また1つの言い訳となってしまったわけだが。





今は、葉はすべて落ちてしまい悲しい状況になってしまっているがその先の突き当たりの畑だけは いつも変わらない。手入れが行き届いていて、どれだけ愛情を込めて育てているかが分かる。 冬の間は大体が寂しくなってしまう畑だが、ここだけは違う。夏の時と変わらず、そこにはたくさん の野菜がある。野菜を見回して、畑全体を見るとやっぱり探していたものが見つかった。
小さな背中が見える。声を掛けようとすると、決まって気配に気付いたあの人が振り向くのだ。 どうやら今回もそうらしい。寒い中、畑仕事をする彼女の頬は真っ赤になってしまっている。 とりあえず防寒はしているようで、コートとマフラーはしているようだが。





「七瀬さん!おはよーございまーす!早いですね」
「ああ、今日は早く起きたから学校までに時間があるんだ」
「そうなんですかー・・・って見てください!このきれいな形のネギを!」





穏やかな、それでいて元気な声を聞くとほっとする。 これで年上だというのだから驚くしかないだろう。 思わず笑みがこぼれてしまうが、普段の自分を知らない彼女にはその不審な点には 気付くわけもない。笑顔であいさつだなんて普段ならありえない。
しかし彼女を見ると自然と笑みがこぼれてしまうから油断ならない。 こんな姿を他の奴らに見られたら、俺の人生は終わったも同然だ。特に仙道なんかは危険だ。 確実にブラックリスト入りだ。それは今に限ったことではないが。





「今日は本当に寒いですねー。畑仕事も一苦労ですよ」
「だろうな。久々じゃないか?これだけ寒いのは」
「雪とか降ったらどうしよう・・・ひー!」
「雪、嫌いなのか?」
「嫌いっていうか雪が降ると野菜が・・・」
「野菜か。前、貰った大根はおいしかった」
「ほんとですか!?そういってもらえると作った甲斐があるってもんですよ」





野菜の感想を伝えると、満面の笑みで俺を見上げてくる。うっ、上目遣い・・・!
でも本当に彼女はそういうことは計算するような人ではないということが、分かってしまった ので、余計にたちが悪い。対処のしようがないからだ。 そして無類の野菜好き、野菜馬鹿と言ってもいいだろう。
ヴィスコンティなどのライブの後などにはあからさまな態度で迫ってくる女がいるが、 そういう奴は本当にどうにかして欲しい。彼女を見習え。 まぁ、見習ったとしても彼女以外には振り向くつもりもないが。

こんな俺の胸の内を知ってか知らずか、さらに首をかしげながら彼女は問い掛けてくる。





「七瀬さん?聞いてますか?」
「ん?・・・ああ、悪い」
「もう!・・・おいしいキムチ鍋の作り方を教えてあげようと思ったんですけどー」
「何?!是非教えてくれ!」
「あははっ!白菜収穫したんで、持ってってくださいね!すっごくおいしいですから!」
「それは楽しみだな」






白菜であろうと何であろうと彼女が作る野菜は何でもおいしいのだが、それはあえて言わず心の中 にしまっておくことにする。
そして彼女が身振り手振りで教えてくれるキムチ鍋の作り方をメモする。 そして大体持っていった野菜たちが、バカサイユでとっておきの料理となるのだ。 家でじっくり食べようと思って隠しておくのだが、いつも見つけ出され、そしてレシピも盗み出され バカサイユのあのテーブルの上に並べられるのだ。
まぁ・・・鍋なんだから皆で食べた方が良いに決まっているが、どこか悔しく思ってしまうのも 気のせいではないだろう。 しかしまだ彼女が他の奴らに発見されていないだけ、ありがたいと思うことにしよう。 見つかったら、またうるさいことになるのは分かりきっていることだし、どこかおもしろくない。 彼女とは登校前のこのほんの少しの時間にしか会えないのだから、その時間を大切にしなくては。





「あ!そういえば、にんじんもあったんでした。にんじん食べます?」
「好きだから貰う!」
「私も好きです!土の匂いとかがすると最高ですよ!じゃあ一緒に入れておきますね」
「新鮮な野菜はやはりおいしいものだからな」
「うんうん!てゆうかにんじんお好きなんですね、七瀬さん」
「そうだな、いろんなものに使えるしな」
「鍋にも炒め物にも煮物にも使えますしねー。朝は味噌汁の中に入れたりとか」
「み、みそ・・・」
「ん?味噌汁嫌いなんですか?」
「ああ、味噌が駄目で・・・」
「へぇ、味噌汁のなかに、にんじん入れるとおいしいですよ?」
「試す勇気が出たら、やってみる・・・」
「ぷっ!・・・七瀬さんって意外に可愛い所ありますよね」
「かわいい?」
「あ、怒りました?ふふ、でもそれはずっと思ってましたよ」



可愛い、と言われて喜ぶ男はいな・・・あーっと1人浮かんでしまったが、それは置いておいて。 彼女の中での俺は可愛いということなのかー?!それってどうなんだ・・・。



「あらら、悩んじゃった。大丈夫ですよ、十分格好良いですから」
「・・・!」
「あれ?フォローになりませんでした?」
「・・・いや、ありがとう」
「・・・?いえいえ!あ、もう時間じゃないですか?」
「チッ・・・もうそんな時間か」
「じゃあ頑張って勉学に励んできてくださいね!私も肥料やってから学校行かなきゃ」
「寒いから、暖かくして学校に行けよ」
「おかーさんみたいなこと言って!七瀬さんこそ暖かくしていった方がいいですよ」





彼女はふわり、と笑って自分のマフラーを俺に巻きつけた。俺より大分背の低い彼女が無理やり 巻きつけたもんだから、形が少々いびつでマフラーの先が微妙に肩の位置からはずれ てしまっている。こんな寒い日に彼女からマフラーを取ってしまったら風邪をひいてしまうと 思った俺は慌てて返そうとした。しかし、マフラーをはずそうとした手はやんわりと彼女の手に よって止められてしまった。





「私、タートルネックなんで首は寒くないから大丈夫ですよ」
「・・・風邪を引いたら困るだろう」
「私より、七瀬さんのほうが寒そうですよ。首のところ」
「だが・・・」
「いつもおいしく野菜を食べてくれるお礼です」





にっこり、と笑う彼女の笑顔には抵抗できなかった。頑固なところもある彼女はこのまま譲らない、 そう俺は判断した。くるっとマフラーを巻きつけると彼女の体温が伝わってきて、ちょっと顔が熱くなった 気がする。が、それに気がつかない振りをして表向きは冷静な顔を彼女に向ける。
そして満足げな表情の彼女を見つつ、視線を下に降ろしていけば赤くなってしまっている 寒そうな手が目に止まった。 畑仕事は土を触るため手袋は持ってこなかったのだろう。。 ポケットをがさごそと探るとこの前、風門寺に貰ったカイロ(未開封)を探し当てた。ナイスだ、風門寺! たまにはあいつも役に立つな、と思いながら彼女に向かって差し出す。



「これ、使ってくれ」



驚いた顔を初めて見たな、と思う。目を丸くしている彼女を見ると笑いが込み上げる。 でも驚いた顔は一瞬で消えてしまって、笑顔になる。



「ありがとうございます・・・七瀬さん」



カイロを握りしめて優しく微笑む彼女を見て、 本当は、俺の手で温めてあげたいと思ったのは俺だけの秘密だ。
その日が来るのはまだまだ先らしい。






極寒の中の野菜と彼女
「風門寺よくやった!」
「へ?な、なにが?ポペラわけわかんないよ」
「ナナのやつこの寒さでおかしくなったんじゃね?ヒャハハ!」
「なーんーだーとー?!仙道、お前は殺す!100回ころーす!!」
「ふむ、確かにこの頃瞬はやけに機嫌がいいな」
「それにー、シュンってばあんなマフラー持ってたっけ?」
「そうだな・・・瞬!そのマフラーはどうした?」
「あー・・・これか?こっ、これは・・・・」
「怪しい、翼!瞬がめっちゃ怪しいです!」
「落ち着け、一!1つ1つ聞き出してやればいい」
「翼、きっとあれだぜー。野菜の子だって!」
「きっと・・・そう。それが原因」
「べ、べつに何でもないからな!何も!ない!」




そして未だに名前を教えてもらっていないという・・・なんというへたれ七瀬。
そしてお前ら早く学校行けよって感じですよねー。(生暖かい微笑み)
そしてが続きすぎた。