「(なっ、なんであんたがここに・・・!?)」


仙道に詰め寄ったはいいが、いつものこのバカサイユには決して存在してはいないはずの、 あの人の姿を捉えて、驚いて固まってしまった。なんで、どうして、彼女がここに?! ありえない、ありえないだろう、これは!あまりの出来事に頭が真っ白になり、 真壁のどうかしたか?という声も耳からするりと抜けていってしまう。
俺がこのあとどういった対応をすればいいのか必死で思考を巡らせているというのに、 彼女はいたって冷静で、少し首を傾げて俺の名前を呼んだだけだった。 俺のことを名字で呼ぶ人はあまりいないし、呼んだとしてもこのように丁寧な呼称では ないので、他の奴らも一緒に首を傾げている。そして彼女の方に向き直り凝視している。まぁ、 当然の反応だろう。


皆が固まっているため、バカサイユの中がシーンと静まり返っていた。 風門寺と仙道がいるというのに、こんなに静かなのは珍しいことだ。



未だに状況が掴めていないと思われる彼女は、斑目に膝枕をし、風門寺に後ろから抱きつかれていた。 どんな状況だ・・・・!彼女の様子を見て思うに、風門寺を男だとは思っていないだろう。 斑目は・・・・まぁ、寝ているからな。よくわからないうちに膝枕をする羽目になったのだろう。 なんにしても、このままにしておくわけにはいかない、そう思い、 2人を彼女から引き離すために、仙道にぶっかけられた水のせいで濡れている髪を かき上げながらソファに近づく。くそ、仙道あとで殺す!・・・ん?よく見ると彼女の髪も少し 濡れている。雨は降っていなかったはずなのに、どうしてだろうか。

俺が近づいてくるのを見て、彼女は曖昧な微笑みを浮かべながら俺の方を見た。


「七瀬さん、こんにちは」
「あ、ああ・・・こんにちは」
「ちょっとシュン!どうしちゃったの?!挨拶するなんてなんてパラッペめずらし〜っ!」
「何だ、瞬の知り合いか?早く言えば良いものを」
「ナナの呆けた顔、最ッ高ーにおもしれェぜ!ヒャハハハハ!」
「・・・知り合い・・・そうか・・・・むぅ・・・」
「まぁまぁとりあえず、瞬もここ、座れって!」


草薙に促されて、渋々ソファに腰掛ける。紅茶が置いてあるが、飲もうという気は起こらない。 ただただ今の状況がわからず混乱するばかりだ。彼女の方を見ても、紅茶を飲みながら何かを 考えているようなそぶりをみせるだけである。しかし彼女の考えていることと言えば大方、 今日の夕飯のメニューとかそんなものだろう。 こんな事に巻き込まれているのに、相変わらずマイペースな人である。そういうところはB6の 上を行くかもしれない。
彼女は紅茶をゆっくりと飲んで、机にカップを置くと、俺の方を向いてこう切り出した。


「七瀬さん・・・」
「な、なんだ」
「七瀬さんって、大学生じゃなかったんですね・・・」
「あ、いや別に隠していたわけじゃなかったんだが・・・」


俯いてそういう彼女に、動揺してしまう俺。
もしかして、年下は駄目だとか・・・あー!そういうことじゃない、俺が言いたいのは決して そんなことじゃないぞ!隠し事みたいになってたのが悪かったとかか・・・? あー、もうこんなことになるんなら、素直に話しておけば良かった。でも俺と彼女の 場合、いざ話そうとすると、 何から話したらいいか分からなくなってしまうことの方が多い。結果、ああ、とかそうだな、 とか別に、とかそんな言葉しか出なくなって、ぶっきらぼうな態度になってしまうのだが、 やっぱり裏目に出てしまったか。


「それなのに、そんなに大人っぽいなんて・・・びっくりしました!」
「・・・そうか?そんなことは・・・って、は?」
「そーだな、瞬はクールに見られるからなぁ」
「だが、本当は誰よりも熱い男だぞ?」
「そうなんですかー。いつか、熱くなった七瀬さんも見てみたいなぁ」


にっこりと俺の方を見て、笑う彼女。どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだ。 ほっと胸をなでおろしていると、真壁が「瑞希をここまで運んできたそうだ」と俺に言った。
全ての事情を聞いて、俺はようやく彼女がここに居るわけを知った。 そ、そういうことか・・・力には自信があるって言ってたしな、 ってなんで斑目が?!まさか、知っててやったんじゃないだろうな。 すやすやと彼女の膝の上で寝ている斑目を見る。とても幸せそうだ、恨めしいくらいに。 と、ここで俺は当初の目的を思い出した。彼女から斑目たちを引き剥がす!と言う目的を。


「おい、斑目。離れろ」
「・・・・ぐー・・・・・ふふ」
「・・・斑目!お前、実は起きているんだろう!」
「な、七瀬さん!瑞希くん気持ちよさそうに眠ってるんで起こさないであげてください」
「だが・・・それだと、」
「大丈夫ですから、ね?」
「ぐっ・・・!」
「やーん、ポペラ優しい〜!ってアレ?おねーさん、お名前まだ教えてもらってないよね」
「・・・あ、申し遅れました。私、聖帝学園大学部農業科、って言います」
「そっかーちゃんって言うんだ。ポペラぎゅー☆ごあいさつだよ!」
「聖帝学園大学部・・・、もしかして高校は聖帝学園の高等部だったのか?」
「いや、ここはお金持ち学校だから、私が通うにはちょっとねー・・・でも一応年上だけど」
「おう、よろしく、先輩って呼んだほうがいいか?」
「あー、ううん。別に気にしなくていいよ」
「ヒャハハハッ、〜?」
「仙道!呼び捨ては止めろ。あと風門寺、離れろ」
「ジェラシーってやつかァ?ナーナちゃーん?キシシッ」
「うるさい!仙道」
「えー、ゴロちゃん、このままがいーのっ!やだ、やだ!シュンのケチ!」


喚く風門寺の首根っこを掴み、むりやり彼女から引き剥がす。お前はくっつきすぎだ。 俺なんか今、はじめて名前を知ったっていうのに。 というか、さりげなく他のやつらの事名前で呼んでないか?俺は七瀬さん、なのに! 彼女と知り合ったのは俺が1番先だぞ! 年上かと思われていたようだし、しょうがないんだとも思うのだけれども、なんだか癪だ。 ひっじょーに、気に入らない!
そのまま彼女の手首をぎゅっと掴み、立ち上がらせる。 斑目の頭がソファーからずり落ちたが、そんなことはどうでもいい。 後ろから叫ぶ声が聞こえるが、それを無視してバカサイユから飛び出した。 ・・・って、俺、何やってんだ・・・?!クソッ・・・!


「・・・七瀬さん?急にどうかしたんですか?」
「ん、ああ・・・、別に何でもない」
「何でもないって顔してないですよー・・・。あ!もしかして、」
「な、なんだ!(か、顔が近い近い!)」
「他の皆に取られちゃうと思いました?」


悪戯っぽく微笑みぐっと顔を近づけてくる彼女に、俺は動揺を隠せない。 やっぱり彼女と話したり、彼女の傍にいると、俺が俺でなくなる気がする。頭が真っ白になって、 何を話せばいいのか、彼女の1つ1つの言動から目が離せなくなる。
今だってそうだ。しかもその発言・・・そ、それはどういう意味で・・・?もしかして 俺の考えている事が読まれている!?
・・・落ち着け、俺。慌てるな、俺。いつもの俺を取り戻せ! しかしそんな俺の思いとは逆に、心臓が大きく動く音がする。 それを落ち着かせる事は無理だと分かっている。
むしろ、もっと大きくなるばかりだ。心臓の音も、この気持ちも。





急展開な中の野菜と彼



七瀬・・・不憫な子・・・。