ある日の朝、仙道清春は大いに張り切っていた。 それというのも、真壁財閥所属の研究チームから最新式のウォーターガンが手に入ったからである。 これで、誰かをからかってやろうと思ったが、あいにく既にベルが鳴った後で、廊下には誰もいない。 しょうがないので、教室に向かうことにする。

かなりの威力が出る、そのウォーターガンをぶらぶらと手に持ちながら、教室に入ると そこには自分を除くB5の姿があった。一応、HRが始まっているので、かなりの遅刻である。 というか、このところB5の出席率が異常に高い。2学期後半の期末テストを迎えようとしている この時ではあるが、普通に考えて授業を真面目に受けようなどと思うことはこのB5に 限ってありえない。そんな事を思うのであれば、 もっと前から受けていたはずだろう。
そう思うことはこれまでも、多分これからもないだろうし、ありえない・・・と思っていた のに、B5は授業を受けている。 クラスのどこかに秘書がいたり、猫がいたり、担任である南悠里のスケッチをしていたり、 作詞をしていたり、寝ていたり・・・真面目とはとうてい言えないがそれでも出席している。かなりの 進歩である。



「清春、お前どこ行ってたんだよー」
「今日最新式のウォーターガンが届いたから、試し撃ちでもしていたんだろう?」
「キシシッ、当たりだぜェ?カベ、試してみるか?バァキュン!」
「なにをする、清春!眼鏡に水滴が付くだろうが!」
「ついでにィー、ナギにもバァキュン!」
「ぐあっ、スッゲー威力だな、それ!そんなもん清春に持たせるなよ、翼ーっ」
「ハーッハッハッ!威力があるのは当たり前だ。なにせ、我が・・ぐはっ!清春、やめろ!」
「お口の中にィ、一発バァキュン!ケケケッ、オレンジジュースだぜェ」
「ちょっと、清春くん!今はHRです!」



ウォーターガンの餌食になった、翼と一を見て南先生が清春を止める。 しかし、ちょうど良い獲物を見つけたかのように、にやりと清春は笑った。 まさに悪魔の微笑みである。



「キシシッ、ブチャにもォー、とっておきのをお見舞いしてやるからなァ!バァキュン!」
「へ?ちょ、止めなさーい!今はHR中よ!」
「関係ねェよ!ほぉーら、バァキュン、バァキュン!」
「きゃ、このスーツ高かったのに!なにするの!?」



恐ろしい。悪魔に狙われたら最後、一貫の終りである。教室中の生徒は清春から目を逸らした。 目を付けられまいと、机の下に隠れるもの、動じず眠っているものさまざまである。 教室は騒然とし、平和だったはずの教室は戦場と化した。 もうこれではHRどころではない。悪魔が暴れ終わるまでじっと耐えるしかないのである。 南先生は心の中で、悲鳴をあげた。どうか・・・どうか、普通にHRをさせて!


その心の声と共に、教室のドアが開いた。入ってきた人の姿を見て南先生は心の中で、涙を流した。 もちろん、いい意味での涙である。感激の涙というやつである。 教室に、微笑を浮かべながら、聖帝の天使が舞い降りたのだった。なんだか爽やかな風まで吹いてくる ような気がする。 天使が来れば、悪魔は退散。清春もゲッ、と呟き、天使から距離を取る。



「なんだか騒がしいと思ったら、清春くんの仕業ですか?仕方ない子ですね〜」
「き、きき衣笠先生〜!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「悠里先生。こういうのは初めが肝心ですよ。ビシッとすればきっと清春くんも分かってくれます」
「オバケには関係ねェーだろ!どっか行けよ!・・・バァキュン!」
「おっと、全く物騒ですねぇ・・・先生は離れててくださいね」
「はい。あ、こんにちは南先生。私今日から臨時講師になります、です」



こんな緊迫した状態の中で、のんびりとした声が南先生へと届いた。
ほかのクラスの生徒もこの状況で、こんなのんびりしている人など見たことがない。 無論、衣笠先生を除いて、ではあるが。もの珍しさから、その声の主へと視線が集まる。
そのころ教室の隅の方へと衣笠先生にじりじりじりと、追い詰められていく清春は、 なんとかこの状況を脱したいと考えていたが、誰も助けてくれる人などいない。 ここが悪魔のつらい所である。一気に逆転されてしまった。

南先生は顔を引きつらせつつも、なんとか先生の握手に答えた。 先生は、生徒の方にも顔を向け、なんだか大変な事になってますね。これが日課なんですか?と 南先生に尋ねた。南先生は、先ほどよりもかなり顔を引きつらせた。 まぁ、こんな感じです、と答えた南先生に、そうなんですかと穏やかに答えた。 先生は、どうしようもなくおっとりした人である、と南先生は分析した。

と、その時、清春が苦し紛れに放った一撃が先生の顔面に直撃した。 どうやら衣笠先生を狙って撃たれた水が、避けられた事によって先生の顔面にぶち当たったのだろう。 なんともまぁ、不運な人である。



先生、大丈夫ですか?清春くんにはよーく言って聞かせますからね」
「オバケが避けなければ、アイツには当たらなかっただろーがッ!」
「いえ、平気ですよ、衣笠せんせ・・・わっ!」
先生!そこから2歩下がっては駄目です!」
「え?わっ、あ!・・・あらら」
「ふぅ・・・やれやれ、ですね」



少し困ったように笑う衣笠先生と先生。衣笠先生が穏やかに笑うのはいつものことだけれど、 初めて清春の悪戯に引っかかった先生まで笑っているのはおかしいだろう。 それほどまでに先生の現在の状況は悲惨だった。
ペイント弾を被り、水が上から落ちてきて、あげくの果てにネットに絡まっている。 南先生もこれほどまでの集中砲火は受けた事がなかったので、呆然としている。 というか教室にいる、一部を除く人間以外は呆然としていた。 衣笠先生はいつも悪戯を受けた事がないので、笑っているのは納得といえば納得なのだが、 先生は違う。かなりの悪戯を受けながら、笑っている。凄い人だ・・・。
感心していると、なんと先生はネットを少しずつ解き、自力で脱出した。 ため息が教室全体に広がり、同時に驚きの声もあがった。 この先生・・・タフすぎる!みんなの心がひとつになった時だった。 清春の顔も引きつっている。かなり貴重なショットである。



「ふふ、先生は少し不運体質なんですよね〜。仲良くしてあげてください」
「教室がとんでもないことになっちゃいましたねー。あとで掃除しましょう」
先生、ありがとうございます・・・!」
「いいえ、南先生。一緒に頑張りましょうね。みなさん、よろしくお願いします」






あちこち水が飛び跳ねている教室で、自分自身が1番とんでもない事になっていることなど感じさせぬかのように、 臨時講師である彼女はぺこりと頭を下げた。






笑う不運体質
「なァにィーッ!オレ様の悪戯を受けて笑ってるだとォー!ありえねェ!」
「ほんとスゲーなあの先生」
「ポジティブすぎるな、あれは。尊敬に値する」