穏やかな日差しが降り注ぐ聖帝学園高等部の廊下で、不思議な光景を目にした。 いつもであれば、そこは自分の仕掛けた悪戯でいっぱいなはずで、誰かしらが引っかかってるはず ・・・なのだが。自分の予想した光景とはまるで違うものを目にしてしまったので、思わずもう1度 確認してしまった。

「ゲッ・・・んだよコレ。全部引っかかってんじゃねェか」

ただし、引っかかったはずの悪戯被害者はそこにはいない。 全て悪戯は、「発動した」はずなのにそこには人の姿などない。ただ転々と悪戯が起こったであろう 惨状が広がっているだけだ。思わず舌打ちをする。 自分がオバケと呼ぶ彼ならこれも起こせそうだが、あいにく彼は悪戯には引っかからない。 となると、こんなことになる奴は1人しかいない。


「クソッ!・・・いい加減にしてもらわねーとなァ」


独り言ともとれぬ大きな声を出しながら、1人、悪戯まみれの廊下を一直線に走る。 いつもだったら、悪戯の仕掛けてあるスイッチを押さないように注意しつつ行くのだが、 今回に限ってはその心配はいらない。しかし仕掛けたもの全てがきちんと発動されているというのに、 誰も引っかかってない状態というのは凄く気持ち悪い。問い詰めてやる。あいつが何者なのか。 こうして悪戯の惨劇の舞台を辿っていれば、絶対に行き着くはずだから・・・彼女へと。


「ちょーっと待ったァ!臨時講師チャーン?」
「こ、こんにちは。あの、えっと何か怒ってたりします?」


長い廊下が終わりに差し掛かった頃、前に行く彼女の姿が見えた。きゅ、っとスニーカーを鳴らし、 ダッシュを掛けて、回り込み腕を広げる。 こいつをどうにかしなければ、自分の悪戯生活は安泰にはならない。 全て引っかかられてしまっては、他の奴が悪戯に引っかかることはなくなってしまうからだ。 悪戯に引っかかった奴の嫌そうな顔が何よりも自分の楽しみに繋がると言うのに。 自分の楽しみのためにも、なんとかしなければ。


「今歩いて来た廊下に仕掛けてあったオレ様の悪戯、引っかかったのはオマエか?」
「悪戯・・・はい。私ですね・・・なんだか呼び寄せちゃうみたいで。あはは」
「あははって笑い事じゃねェーんだっつうの!オレ様が困るんだよッ!」
「なんで、あなたが困るんですか?えっと・・・・?」
「こーの、仙道清春サマを知らないだとォー!?オマエ・・・!」


憤る彼とは反対にのんびりな彼女。いつもなら余裕をかまして笑顔なはずなのに、彼女を目にすると どうも調子が狂う。悪戯を台無しにしただけでなく、この言動。何に引っかかっても笑顔なこの 対応。自分からはどんどんと笑顔が消えていく。 どれを取っても腹が立つ。 しかも聖帝の悪魔の名を知らないとは・・・臨時講師ということもあるのだろうが、それでも 気に入らない。ギリリッと歯を噛み締めて一発仕掛けてやろうかと思ったときに、背後から声が 投げかけられた。


「キーヨ!なーにやってんの?あ、先生!ポペラ―☆」
「こんにちは、風門寺くん。ぽぺらー☆」
先生も風門寺も何をやっている。少しは周りの目と言うのも気にしろ」
「チッ、お前らかよ。何の用だっつーのッ」
「悪戯が廊下にいっぱい転がってて、先生大丈夫かなー?って追いかけてきたんだよ」
「俺は風門寺に付き合わされた。特に用はない」
「風門寺くんに七瀬くん。ありがとうございます。でも私なら平気ですよ」
「だぁあああああッ!その余裕がムカツクって分かってねェのかァー?!」
「ふっ、先生は大人だな。仙道、少しは見習え」
「もうっ、キヨってばそんなこと言わないのー!ポペラプンプン!」

「ん?キヨ・・・・キヨ・・・?・・キヨくん?」
「あァ?何、気色悪りぃ言い方してんだよ!」


笑っていた彼女からは笑顔が消えて、見たこともないような真剣な顔になる。 悟郎の発言の中に含まれていた自分の名前にくん付けをされるとは。 思っても見なかった展開に転がっていってしまいそうだ。 しかし彼女は自分の発言も何でもなかったかのようにして、変わらず名前を呼び続ける。


「キヨくん・・・キヨくん?・・・キヨくん!ああ、キヨくん!」
「おいおい、どうしたんだ先生は。何か悪いものでも食ったんじゃないか?」
「キヨ〜、何かしたんじゃないの?そんなことしちゃ駄目っていつも言ってるじゃん!」
「お、オレ様は何にもしてねーッての!こいつがいきなりベラベラ喋りだしたんだろォ?」


身に覚えのある事で責められることはいいが、身に覚えのないことまで押し付けられたらかなわない。 否定してみたものの、悟郎と瞬からはきつい疑いの目が向けられる。 しかし、一体どうしたんだろうか。いきなり自分の名前をそんな親しげに呼ばれる理由なんて ないはずだ。特に、教師からなんて。 不思議に思って、少し考えたのだが、何も思いつかない。
しかしその間に結論を出した彼女は うんうんと唸っていたと思ったら、いきなりパンッ、と手を叩いて 手を広げてこっちへ向かってきた。うげ、マジ、こいつ頭おかしくなったかァ?!


「あだだだだ!!なにするんですか、キヨくん!」
「何をするもなにも、オマエにこんなことされる覚えないんだっての!」
「ななな、先生!気でも狂ったか?!落ち着け、とりあえず、ゆっくり離れるんだ!」
「きゃー!やだー!そんな見せ付けるなんて、ゴロちゃんポペラはずかしーっ!」
「ナナ、ゴローッ!早くこいつ引き剥がせっ!ったく、抱きつくなッ!」


ぎゅっと抱きついてきた小さな体は、意外にも強くなかなか離れようとはしない。 顔を手で押し返しているが、一向に笑顔をやめない所が、また恐怖を煽る。 なんなんだ、一体、オレ様が何したって言うんだッ! そう叫びたいが、考えてみれば何かをしたことはいっぱいある。身に覚えがありまくる。これは嫌がらせなのか? 悟郎なんかはすっかり誤解して、手で目を隠している。まぁ、その指の隙間から覗いている事は バレバレだけれど。


「忘れちゃったんですか?ほら、小さい頃近所に住んでたです。分かる?」
・・・?ハァ?!ッて・・・もしかしてあの公園でオレ様が遊んでやってた、」
「なんだ、仙道。身に覚えがあるのか!・・・ふぅ」
「そうです。まさか仙道くんがキヨくんだとは」
「きゃー!運命の出会いってやつだねー!うっわー、ゴロちゃんパラッペ応援するよ☆」
「アァ・・・?マジかよ。ん、でも待てよ。はオレ様より年下だったはずだぜェ?」
「小さい頃、いくら年上だって言ってもちっとも信じてくれなかったのはキヨくんですよ」
「あンだけ小さかったら、信じるわけねェーだろッ!つか、本当にあのかァ?」
「酷いな・・・キヨくん、昔はあんなに仲良くしてくれたのに・・・」


ようやく離れたと思ったら、決定的な一言を聞いてしまった。 仲良く――その一言で、瞬と悟郎の表情がこわばる。 ギギギギ、と音がしそうな動作で首を回し、こちらを見てくる。 まさか・・・まさかね?、ああ、そんなことはないだろう。などとブツブツ言っているが 表情は青いままだ。 どうかしましたか?という彼女の声で悟郎がとても言いにくそうに口を開く。


「あ、あのね。ちょーっと聞きたいだけなんだけど、仲良くって・・・」
「待て、風門寺!ここはもっと慎重に行くべきだ!」
「アア、そういうことかァ。こいつのタフさは並みのもんじゃないぜェ?ケケケッ」
「ひぃ、先生・・・!」


えっと、いっぱい遊んでもらったなぁ。 ヘビとトカゲまみれの穴に落とされたり、大砲だァって言って、遠くまですっ飛ばされたりとか、 スライムのプールに突き落とされたり、 あとは・・・、とどんどん出てくる子供の悪戯☆とかでは済まされないような清春の悪行を聞いて、 悟郎と瞬はどんどん顔色が悪くなっていく。むしろ今の悪戯の方がまともに思えるくらいだ。 子供時代は、子供的な残酷さがある。無邪気ゆえの犯行と言った所だろうか。 どうかしたの?と首をかしげる先生の顔をまともに見れない。


「えっと、あのポペラ仲良しだったんだなぁって」
「うん、楽しかったなぁ。毎日がスリルに満ちてたんですよ」
「だが、スリルという言葉だけでは収まらない気が・・・俺なんてまだマシだったんだな」
「キシシッ、なんせはオレ様の悪戯に一通り引っかかったからなァ?どーりでオレ様の悪戯に泣きもしなかった訳だぜェ」
「ねぇ、先生。なんで楽しいって言えるの?普通だったら悪戯しかけられるなんて嫌じゃない? キヨのこと嫌いになったりしなかったの?」
「私、この体質のせいであんまり遊んでくれる人いなくて。でもキヨくんだけは毎日めげずに構ってくれたんだよ。だから 楽しくて仕方なくてね」
「ほぉ、仙道。たまには本当に極稀には、いいことするんだな」
「ナァナ!そんな目でオレ様を見るんじゃねェー!!」

「そうなんですよ、キヨくんはいい子です」


にっこりと微笑まれて目を細める彼女を見て、幼い頃の記憶が少しづつ甦ってくる。 そういえばよくあの小さな手を握ってあちこち連れ回したりしたっけなァ、と昔のことを 思い出してみたりする。 瞬ははっと息を止め、悟郎もにこにこと笑っている。 穏やかな空気がこの空間に漂っている気がする。あははっ、キヨが良い子かぁ。ポペラびっくりだねぇ、と 自分に向けられる言葉を振り払う。 そして決定的な言葉が突き刺さるように、自分に向けられた。


「だから私、ずっとあの頃から変わらずにキヨくんが大好きなんですよ」


いつもと変わらぬようにさらりと言われたことが、自分のことだとは思えなかった。 一瞬時間が止まったようで、悟郎も瞬も固まっている。もちろん自分も。 だからせめて動揺を気取られたくなくて、顔を横に向けるしかなかった自分は 昔に比べて――彼女の望んだ「キヨくん」から成長しているのだろうか。







悪戯の神様
「キヨくん、なにするのー?」
「着いてこれば分かるってェの!」
「うわぁ、何か中で動いてるよ・・・」
「オマエが行くんだろォ?ほーらっ!」
「うわぁああ、なんかヘビいるよ!」
「キシシシッ、スゲーだろォ?・・・ッ!」
「あはは、キヨくんも落ちたーっ!あははっ」
「オマエ、笑いすぎなんだってェーの!早く出ねェとやべェぞ」
「あはは、だって、もう、笑い止まんないもん!あ、キヨくん顔に泥付いてるよ」
「・・・!ほらっ、行くぞ!、手ェ貸せ」
「・・・っ、うん!」





キヨ熱白熱中!



(080929)