季節は秋。食欲の秋、読書の秋、芸術の秋。
それはこの聖帝学園高等部でもなんら変わることはない。 ただ問題を挙げるとするならば、聖帝学園が金持ち学校だということだろう。


「ハーッハッハッハ!よく聞け、副担!秋には学芸会と言うものがあると俺は聞いたぞ!」
「まーた始まったよ、翼くんのそういう変な癖・・・」
「そこでだ、俺は考えた」
「聖帝が自由な校風が売りだとかそんなんだとしても、ちょっとご遠慮願いたいね」
「・・・良いから、俺に最後まで話させろ!いちいち話のコシを折るな!」
「はいはい、何?あ、ここの問題、間違ってる」
「WHAT?!くっ・・・これで良いだろう!」
「そうそう、よく出来ましたー。はい、これ次のプリント」
「ふん・・・どれどれ。って違う!俺の話を聞けーっ!」
「そんな叫ばなくても分かってます。学芸会を開きたい〜とかそういう事でしょ」
「な、何故分かった?!副担はまさかエスパーか?」
「エスパーだったら、もっといろんなことが上手くいってました、残念」
「なに?!エスパーじゃない?!それなら、今度エスパーを身につける研究でもさせるか」
「翼くんのことはよく分かってるから、それとなく行動が読めるの!研究しなくても良し!」
「・・・し、仕方ないな、そういうことなら諦めてやる!」


ぷい、と向いた横顔は教室に差し込む光で一層輝いて見える。 顔がここまで整っているのに、頭の方は駄目駄目だと、言われ続けて早幾年。
不満そうな顔は置いておいて、どうにか話題を逸らせたらしい。頑張れ、私。 これで当分は思い出す事もないだろう。思い出した頃には、冬になってたりして。 話題をさりげなく逸らしておかないと、この坊ちゃまは突拍子もないことを平気で言い、 平気で実行してしまう人だ。注意しなければ、危なっかしくてしょうがない。 私は1人ため息をついたのだった。





そんな私の考えは当然のことながらすぐに打ち破られることとなった。
きっかけは悟郎くんの一言。


「ねぇねぇ、先生〜。先生は学芸会出てくれるよね?」
「な、なんのこと?なにを言ってるかさっぱりでーす。わからないでーす」
「とぼけないの!ね、出てくれるよね!先生!」
「あー、具体的に何をするの?」
「バカサイユでゴロちゃんたち、劇をやるんだけど、それに先生も出て欲しいなぁって!」


翼くん、やはり思い出したようだ。あんなに一生懸命話題を逸らし、翼くんの頭の中から追い出すことに 成功して、ほっとしていたというのに。
でも、今回は予算がとんでもない額になったりはしていないみたいだし、 バカサイユ内ということは身内だけ、つまりB6だけでやるということだろうか。 まぁ、それなら学校に迷惑もかからないし、良いのでは・・・と私の頭の中には賛成の文字が 浮かんできた。
しかしもう一方で私の頭の中で警鐘が鳴る。 待てよ、よく考えてみろ、私も出て欲しい・・・ということはどういうことだ。


「・・・えっと劇って何をやるの?」
「それはねーポペラ内緒☆みんなで何やるか相談しようかなぁって思ってるとこ!」


冷や汗たらり。
澄んだ瞳で見つめてくるのは良いが、その瞳が逆に怖い。悟郎くんの瞳には星が輝いている。 ・・・よけいに怖い。 どんな脚本になるのか・・・恐ろしい。とりあえずその脚本を見てみてから、参加を決めると 言って、その場はなんとか乗り切った。が、なんだか怪しい予感がしてきた・・・。不安だ。





「というわけで、だ。副担には出演許可をもらった」
「本当か、翼っ!良かった。これでおおかみと7匹の子やぎが出来るな!」
「何を言っている。ここはマッチ売りの少女で決まりだろう」
「キシシッ、やっぱりー、こーこーはー、ハーメルンの笛吹きだろォ?」
「ここは絶対シンデレラ!ゴロちゃんお姫様なの!」
「ん・・・眠り姫・・がいい。・・ぐぅ」
「ハーッハッハッハ、ピーチタロウをするぞ!」


「俺たち、見事に揃わないな・・・」
「う、うん。まぁここで気があってたら、逆にポペラ怖いよね!」
「SHIT!そこまで言い切ることか?!」
「でもどうするんだ、早めに決めておかなければ練習も出来ないだろうが」
「やっぱり、勝負すっか?ケケケッ」
「はいはいはーい!ゴロちゃんは、全部一通りやってみればいいと思いまーすっ」
「こんなことになるかと思って・・・先生呼んでおいた。もうすぐ来る・・・」
「何、副担がここに来る?!」
「ほんと、瑞希は準備がいいな、感心するぜ」





珍しく、瑞希くんからのじきじきのお誘いに誘われ、バカサイユへと向かう私。
そびえ立つ豪華な建物は庶民である私をあざ笑うかのようにそこにある。 あー、入りたくない・・・しかも瑞希くんからのお誘いと言う所が、さらに危機感を煽る。 何か、企んでるだろ・・・絶対!嫌な予感はしつつも、ドアノブに手を伸ばし、そっとドアを開ける。


「は?え、ま、真っ暗?なんで?」


ドアを開けて入った中は、真っ暗で目を凝らしても全く周りの状況が分からない。 え、まさか大お昼寝大会とかじゃないよね、まさかね。 と私の脳裏にキラリと疑惑が走った時、パパパパンっていう音がして、突如スポットライトが 2箇所を照らした。1つは私に、1つは・・・ああー・・・あの ソファーの上に立っているのは翼くんである。 まーた、何をそんなに得意げに立っているのだろう。大丈夫か。まぁ、ソファーに立つ時に 靴を脱ぐようになったのは良かった。土足で前は登っていたからね・・・永田さんにも言っておいて 良かった。ふぅ、ってそんな安心している場合じゃなくて!


「つ、翼くん、これって一体どういうこと?!私、瑞希くんに呼ばれて・・・」
「さぁ、俺と一緒に早くこの鬼ヶ島から出るぞ!永田!船を出せ!」
「え、ちょっとどういうこと?待って、待って、話が分からないから!」
「この島を出て俺と一緒に末永く暮らす事を誓え・・・」
「いや、あのちょーっと真壁さん?話を聞いて・・・おっと、近い、近いです」
「む、何が不満だと言うんだ。この俺と永遠に、」
「・・・話を聞けーっ!!ちょっと待てと言ってるでしょうが!」
「むぐっ、な、何をする!副担っ!」
「おいしい?これ山田さんの手作り?私も後で頂こうかな」



いきなり始まった、桃太郎もどき。翼くんが強引に話を進めようとするから、 ついついそこら辺に落ちていたきび団子を手に取り、 口に押し込んでしまった。ふぅ、ようやく大人しく話が出来る。
もぐもぐとかなり不機嫌そうな顔をしながらきび団子を飲み込んでいく翼くんを見ながら、 私はようやく落ち着きを取り戻した。ごっくん、と全ての団子を飲み込んだ翼くんが 口を開こうとした時、再びスポットライトが別の方向に向いた。 今度は何だ、と思い、自分の他に照らされたスポットライト方向に体を動かす。 次は、眠ったままの瑞希くん。良かった、いつも通りの瑞希くんだ。説明をしてもらうために、 そちらの方へ向かう。



「ちょっと瑞希くん、これってどういう――――」
「姫の方へと近づいていく王子、そしてそっと目覚めのキスを・・・」
「んん?・・・なにこのいきなりのナレーターは。しかも私王子?王子役なの?!」
「うん、先生は王子・・・。僕は寝てるから・・・ちゃんと起こしに来て・・・ね」
「何か劇をやってるのは分かった。それより、この状況の説明をして!」
「僕とトゲーと先生で眠り姫・・・。やりたくて。大好き・・・・、ぐぅ」
「ああ、うん。睡眠が好きなのは十分分かってるから!んでどうしてこんな事になってるの?」
「むぅ、それ違う・・・。悟郎が、学芸会でやる脚本を全て1度試してみればいいって・・・・」
「じゃあ、原因は悟郎くんなのね!ちょっとどこかにいるんでしょ、出てらっしゃーい!」



パッと移り変わるスポットライト。多分このスポットライトも永田さんあたりが操作してるんだろう。 動きが的確で、素早い。こんな良い仕事やるのは永田さんくらいしかいない。



「はぁーい、パラッペお呼びがかかりましたぁ。みんなのゴロちゃんでーす!」
「ちょっと悟郎くん?私脚本見てから決めるって言ってたよね?それ聞いてたよね?」
「うーん?ゴロちゃんポペラ難しい話苦手っ」
「こらこら、逃げるんじゃありません」
「そんなことより、ちゃんとゴロちゃんのお家にガラスの靴持ってきてね!」
「なに?今度はシンデレラなの?しかも私ってまた王子役?!」
「うん、ゴロちゃんはお姫様だから!ほら、これガラスの靴に住所を書いておいたよ!」
「そんな用意周到なシンデレラがいますか!ドラマもなにもないでしょうが!」
「いいもん、ゴロちゃんは先生と絶対出会わなきゃ駄目だもん!」
「もう、まったく先が思いやられる・・・」


はぁ、とため息をつくと、スポットライトがまたしても動く。 次は机の下に隠れている一くんとこの漫才をやり遂げるらしい。しかし一くんは何で隠れているんだろう。 物語が分からない。 しょうがないので、一くんの方へ歩いていく。



「こんにちは、一くん。えっと、何の物話かな?・・・それともただかくれんぼやってるだけ?」
「おう、先生!俺はおおかみと7匹の子やぎがやりたいから!」
「・・・隠れる以外何もすることないの?」
「実を言うとな、先生。・・・可愛い子やぎが隠れるってとこしか記憶にないんだ」
「それでどうやって劇なんかやるのよーっ!ちゃんと復習してからこういうのはやらなきゃ」
「じゃあ先生。今度、その物語のあらすじ教えてくれるか?」
「まったく、一くんは仕方ないな。また今度ね」
「約束だぞ、約束!忘れちゃ駄目なんだからなっ」
「どっちかっていうと一くんが忘れてそうだけどね・・・」
「なっ!そんな遠い目すんなよ。忘れねーよ!」
「だったら良いけ・・・・え?」



一くんとの話の途中にいきなりスポットライトが横にぶれた。 いきなり過ぎて、展開についていけない。必死でスポットライトのゆくえを追う。 スポットライトは部屋中をジグザグと照らした後、ある人物を照らしつつ止まった。



「キシシシシッ、なぁーに間抜け面、さらしてんだよォ?」
「ああ、清春くん。・・・そんなオカリナ持って何やってんの?しかもキラキラ仕様、翼くんか」
「バァーカ!笛吹きなんだから笛もってんのは当ったり前ダローがッ!」
「清春くんだけには、馬鹿と言われたくないです・・・」
「つーかァ?何、ナギに約束取り付けられてんだよッ!オマエは俺サマのおもちゃだろ!」
「おもちゃじゃないですよ・・・疲れてきましたよ。誰か、まともに話を聞いて・・・」
「アァ?なーんか言ったか?んなら早速、笛吹いてやんぜ。ケケケッ」
「ひぃぃぃいい、なんか今足元にぞわって来た!」
「そうだぜェ、副担任ちゃんにはァー、ネズミ100匹の悪戯をプレゼント!」
「ぎゃああああ、ちょ、なんか背中登った!登ってる!」
「ぎゃあ、って色気ねーなァ!そーんな色気のないところもバッチリ写真撮ってやったぜェ」
「なっ、ちょっとデータ消してよ!きーよーはーるーくーんー!」
「ケケケッ、後でたーっぷり焼き増ししてばら撒いてやっから、安心しとけッ!」



そこまで清春くんが叫んだ途端、あたりは真っ暗になった。
スポットライトが照らし出す気配はしない。自分も当たりも真っ暗なままだ。 どうしたんだろう、スポットライトはないのか?首をかしげていると、ぽわっと右の方で灯りが 見えた。



「先生。マッチはいらないか?」
「マッチ?ごめん、いらない」
「即答かっ!自分の思ったものを映し出せるという優れものだ。今なら一箱785円でどうだ」
「高っ!なにその微妙な価格設定!マッチ売りの少女の悲惨さがなんかすべて吹っ飛んだよ」
「何を言う、これはただのマッチじゃないぞ。これくらいの値段、当然だ」
「でも今の時代マッチなんて使わないしねぇ。凄いマッチでも別にありがたくないよ」
「痛いところを付くんじゃない!ちなみに俺のこのセールストークも値段に入っている」
「マッチはもういいよー。瞬くんが好きに使ったら?なんか好きなものでも映し出してさ」
「好きなものか・・・なんだろうな。その、・・・俺は先生がいればそれで・・・」
「金にもならないものは嫌いだよねー、瞬くんは。あ、やっぱヴィスコンティかな?」
「って、おい!話をちゃんと聞け!俺は・・・!」



瞬くんがなにかを言いかけたところで、バカサイユ内の全ての電気がいきなりついた。
何故か目の前で瞬くんが固まっているが、その横には他の子たちが集まってきていた。 すごい早業・・・!いつのまに皆寄ってきていたんだ・・・! ふぅ、やっぱり学芸会なんてやるもんじゃない。そして私が出られるものでもない。 だって私は劇の役なんて端役ぐらいしかやったことないし。 皆に私はやっぱり今回は遠慮させていただくよ、と言おうとした。 しかしそれを遮るように、一くんが口を開く。


「先生!どうだ?やっぱおおかみと7匹の子やぎだよなっ!」
「WAIT!ここはピーチタロウだ!」
「キシシッ、ハーメルンの笛吹きだよなァ?」
「何言ってるの、シンデレラに決まってるじゃん!」
「マッチ売りの少女だ。それ以外は認めない」
「眠り姫に決定・・・ぐぅ。僕とトゲーと先生で・・・」

「あの、皆、さっきから言ってるけど話を聞いて・・・・!」


なんだか後ろからこらえるように笑ってくる人がいるのを確認したが、その人は助けてくれる気配もなく。 誰1人そこには私の話を真面目に聞いてくれる人なんて存在していないのであった。







文化的な解決を所望する
「なぁなぁ、先生がやったことあるのってどんな役だったんだ?」
「私?私かぁー。えっと一言二言喋る役とかそんな感じだったかな」
「そうか、なら、俺も端役で良い」
「ハーッハッハッハ、俺もそれで構わん!」
「ゴロちゃんもゴロちゃんもー!」
「オレ様も、端から強烈にバックアップしてやるぜェー?」
「僕は、先生と一緒なら・・・なんでも・・・ぐぅ」
「主役がいないじゃん!皆が端役に回ってどーするの!」









(081105)