どきどきとする心臓を必死に抑え、平気なフリをして誤魔化そうとする俺。
対して、何も考えず(これは悪い意味でなく)俺に向ける目が悪戯っぽく笑っている彼女。


急展開を巻き起こしそうな発言をしておいて、彼女は依然として楽しそうだ。 何なんだ、その笑顔は!いつも何か企んでそうな仙道のような笑顔じゃない純粋な笑顔は! まさか、この俺が落ち着け落ち着け、と呪文のように心の中で唱えているとは思うまい。 表面上は多分、いやそうであって欲しいが、冷静な顔をしているそんな俺は、極めて冷静に 彼女に向かって答えた。しかし、若干顔をそむけつつである。視線を合わせられない。そんなあなたにお助けアイテム、 いつものお得意の言葉である。


「別に・・・そんなことは思っていない」
「そうですか?なんか意外ですねー。もっと執着するかと思ってました!」
「・・・は?」


どうも会話がかみ合っていない気がする。待てよ、どういうことだこれは。 こんなあっけらかんと言われる台詞ではない気がするのだが。 ・・・念のため俺は確かめてみる。何の話をしているのだと。


「へ?だって、私を紹介しちゃうと野菜の取り分が少なくなるから困るって事ですよね」
「・・・は?」





しばしの間、呆けた顔をしていたであろう。というか、どうしようもなかった。
さっきまでクールな仮面を被っていた俺はどこかへ行ってしまったようだ。 仮面は吹っ飛んだ、というか木っ端微塵、俺の気持ち的に地面に叩きつけられた。 これが、開いた口が塞がらない、というやつだろうか。ひとつ勉強になったな。 ってそんなことを考えている場合じゃない!
どれだけ鈍感かと思ったら、果てしなく鈍感だな!どうしようもない!
俺が彼女に会いたいと思うのは、野菜がもらえるからじゃない。
おいしい野菜を使った簡単お手軽なレシピが伝授されるからじゃない。
俺と彼女の関係は損得関係ではなく、純粋な想いから来るものであると、 多少時間が掛かったものの、俺の脳はすでにその答えをはじきだしているのだ。

それを実感したのは数週間前。野菜を貰いに来た俺に、畑から出てきた彼女は 毎回の事ながら顔に付いた泥をそのままにしてぱたぱたと向こう側から走ってきた。


「七瀬さん、こんにちは!」
「・・・こんにちは」
「野菜なんですけど、最近太陽が出なくて野菜たちも成長してないんです」
「そうなのか・・・」
「毎回楽しみにしてくださってるのに、ごめんなさい。今日も寒い中出向いてくださったのに」
「・・・本当に寒いな」
「こればっかりは私にはどうしようもないですしね」
「天気の事は、仕方がない。アンタが気にすることじゃない」

どうやら出来頃のおいしい野菜ができていなかったらしい。


本当に寒いのに、俺はなんでこんな所にいるんだ。そう、本来の目的は野菜を貰うためだ。 確かに野菜をもらえないということに 若干残念な気持ちはある。・・・若干?なんで若干なんだ?おかしくないか、俺は野菜を貰うために この本当に寒い中出向いてきたと言うのに。
残念な気持ちが若干というのはどういうことだ。普通、もう帰るとか思わないか、損した、とか 感じるものじゃないのか?どうしてそう思わない・・・?いつもの俺ならまっさきに思っていた ことが一向に出てこない。


俺が・・・そう思わないのは、野菜よりも彼女が上回っているからだ。 野菜を貰うという口実も、あの木の下で歌詞を作ると良いものが浮かびやすいと言う口実も 全て吹っ飛んでしまうような、実感してしまえばいたく簡単なことであった。
簡単ゆえに今まで気が付かなかったんだ。簡単すぎて、見つけることの出来なかったこの想い。 彼女に会ったときの俺の言葉や、言動を見ていれば誰だってわかったはずだ、こんなことは。


しかしながら彼女はそんなこととはまったくわかっていないぽけっとした顔で俺の前に立っていた。 あれか、俺は暇な時に野菜を貰いに来る奴だ、ぐらいにしか思われていないのだろうか。
彼女の顔を見ていたら、そんな嫌な予感がひしひしとした。なんかそう言う感じが彼女から 伝わってくる。どうしてやろうか、この人。俺の頭の中でそんなことが浮かんだ。 しかし残念な事に、どうにかしてやろうとしても、これでは無理だ。思わず小さく笑ってしまった。


「そうだな・・・俺は、アンタのあの野菜が食べれなくなると困るな」
「そうですか?!そう言って頂けるとやっぱり作り甲斐があるってものです!」
「・・・そうか、」


予想通りの反応が返ってきて、 これはこれでいいのかもしれない、と思ってしまう様な彼女の言動。
まだまだ俺は暇な時に野菜を貰いに来る奴でいたいのかもしれない。 今のままだったら、こうやって穏やかな時間を過ごす事が出来るから。 臆病かもしれないが、今の俺には確かに必要な時間なのだろうと、思うことが出来る。


「心配しなくても、七瀬さんの取り分がなくなる事はないです!」
「じゃあ、しばらくは大丈夫だな。・・・でもそんなに奴らと仲良くするのは止めてくれ」
「心配症ですねー、本当に。大丈夫ですよー!」


大丈夫の意味を分かって言っているのだろうか。このままじゃ勘違いのまま会話を続ける事に なりそうだ。このままの穏やかな時間が良いとは言ったが、とりあえず現在の不安要素は 彼女に伝えておく事にする。


「いいか、この際はっきり言っておくが風門寺は男だ。あれでもれっきとした男だ!」
「え、ええー!あれが?!ちょっとドキッとした私が馬鹿みたいじゃないですか!」
「真実はそんなものだ。あと斑目は無意識と見せかけて計算が多いから気をつけろ!」
「だ、だって瑞希くん、完璧に寝てましたよ?寝息も聞こえたし!」
「それは演技だ!危険な罠だ!あと草薙は人間にも無意識に動物扱いだから注意だ。狼だと思え」
「あの面倒見よさそうな一くんが狼?!人は見かけに寄らないんですね・・・!」
「そうだ、いつ豹変するか分からないぞ。あと真壁にはどれだけ魅力的なところへ連れて行ってやると言われても行っては駄目だぞ」
「はい、よく言う知らない人には付いていきませんってやつですね!でも翼くんは知ってる人ですけど・・・」
「とにかく、ふらふらと付いて行ってはいけないんだ。あと最要注意人物現在授賞中の仙道が1番要注意だ!」
「なんですか、その最要注意人物授賞って」
「俺の日常生活の中で、1番害をなす人物が授賞するものだ。とにかく仙道は危険だ」
「えーと、とにかく清春くんは危険ということで」
「近づいては駄目だぞ。蜂のように刺し、モグラのように掘り返されるのがオチだ」
「蜂のように刺し、モグラのように掘り返される?!そ、それは怖い・・・!いちころじゃないですか!」







要注意な中の野菜と彼
「ねー!シュンたちどうしたのかな?何やってるのかなー、気になる!」
「ふ、これは青春というやつだろう。ハーッハッハッハ!」
「クククッ、面白くなってきたじゃねェーかァ?キシシッ」
「むぅ・・・背中打った・・・痛い。・・・酷い」
「まぁまぁ、ここは暖かい目で見守ってやろーぜ!」









(081202)