机の上に置かれた恐怖、月末試験結果である。依然としてClassZの成績は悪い。
0に限りなく近いラインでうろうろしている生徒ばかりである。コーヒーを飲むと 言うよりは流し込んだ後、お決まりのため息ひとつ。
北森先生はA4で精一杯でかなり忙しそうだが、持ち前のポジティブさで乗り切っている。さすがすぎる・・・。 一人相手にするだけでもへとへとになる私はもう老人である。
若さに付いていけない。月末の試験結果を見てため息を付くのはこの職員室では私1人である。そう、ため息を付くのは、ね。
・・・実は、もう1人職員室にいる。臨時教師として学校に来ていた翼くんだ。 そんな俯いた私の顔を翼くんは覗き込むようにして伺った。気が付けば私と翼くんの距離はかなり近い・・・めちゃ近い。


「ちょ、近い、近いですよ、翼くん」
「ふふん、なんだ照れているのか?まぁ無理もないな、この俺の美しさは、」
「以下略」
「以下略だと?!ちゃんと最後まで聞け!」
「いつも同じじゃない」
「なっ・・・!」


言い争いは彼が学校にいて生徒だったころとなんら変わりない。成長していないという訳ではない、生徒だった頃と 違って一回り大きくなって頼もしくなったように思える。
でも私はついつい彼が生徒だった時の癖で2人でいる時は翼くんと呼んでしまう。 それでもクラスにいる時なんかは真壁先生とかなんとか呼んでいる。 それも必死に笑いそうになる顔をなんとか宥めながら、だ。(駄目だ・・・笑ってしまう)
翼くんはそんな私をいつも微妙な顔で見てくるのだが。


「それよりもお前・・・少し熱くないか?」
「え?そうかな」


手に触れた時に気が付いたのだろうか。こういう変なとこで勘が働くなぁ。色々と多忙な私に気を遣ってくれて いるのだろうか。と多少ぼんやりとする頭で考える。するといきなり翼くんが近づいてきた。


「ふむ、熱は、ないようだな」
「熱なんて滅多に出ないよ、元気すぎるくらいだし。もちろん翼くんを追いかけていたときもね」


おでこをごつんと合わせたまま私は笑う。心配しすぎ、と口を開こうとした私の耳に叩き付けるような音が入ってきた。
慌てて、何が起こったのか確認しようと後方を振り返ると、職員室のスライド式のドアが弾けるように開いた後だった。
開いたドアの先には1人のやけに露出が激しい生徒が立っていた。すごくぱんぱかぱーんっ!と言った効果音を入れたくなる 立ち方だ。嗚呼、よくよく目をこらせば我がClassZの生徒じゃないか。どうかしたんだろうか。


「…おめぇ、先生に何やってんだ!」
「誰かと思えば成宮のボーズか。騒がしいぞ」
「てやんでぃ!おめぇこそ先生に何の用があって…!」
「俺は同僚だ」
「あのね〜…」


いやいやまだまだ翼くんは同僚と呼ぶには国語の勉強がまだ足りなさそうだが。
私の内心はさておき、翼くんは勝ち誇った顔を見せている。高笑いもかましそうだ。 逆に成宮くんは悔しそうだ。歯をぎりぎりと噛み締めている。いつも顔を合わせればこれだ。
この江戸っ子は成宮天十郎、成宮財閥の御曹司、ClassZのリーダーである。翼くんの真壁財閥とはライバルだと言うが、 実際のところは翼くんがアドバイスをしてやったりとよく構っていて、仲はそんなに悪くない、と私は思っている。


「どぅどう、2人共落ち着いて」
「俺は元々落ち着いている。れいせーちんちゃくと言うやつだな!」
「発音怪しいよ、翼くん。それで成宮くんはどうしたの?今みんな出払ってて私しかいないけど、」


良いかな?と首を傾げて見せると、成宮くんはさっきの勢いはどこへやら急に黙ってしまった。
もしかして翼くんに用事なのかな?と思い、翼くんを見上げてみるが首を振るところを見るとそんな訳でもないのだろう。


「なにか、相談とか?あっ、でも今北森先生いないんだよねぇ。翼くんどこに行ったか知ってる?」
「知らんな。もし用があるなら永田に言って探してもらうように言うが・・・それは無用だな」
「な・・・!!おめぇ、まさか知ってて・・・!」
「あら、翼くんには成宮くんの用事が分かったの?じゃあ、翼くんに成宮くんの相手をしてもらって、私は月末試験の 問題でも練りますかね」
「おい!」
「さっき同僚だって言ってたじゃないの。それにもうそろそろ取り掛からないと北森先生に怒られるし」
「それとこれとはまた別だ!それになんで俺が、そんな事をしてやらねばならん」
「そんなに成宮くんの用事聞くの嫌なの?じゃあ、私が」


相談にのるね、と続く言葉は出てこなかった。翼くんが後ろから急に腕を伸ばしてきたからだ。 その腕はあっという間に私の首を巻き、肩を抱いて後ろへ引き寄せる。
ぐへっ、首締まる締まる! ギブギブギブ!空気くれぇええ。お前、げほっ、おいおい、何がしたいんだ、本当に!


「悪いが、成宮のボーズ。これはお前にはやれん」
「なっ・・・んでおめぇにそんな事言われなくちゃならねぇんでぃ!俺様がどうしよーと」
「ちょ、いい加減、離しなさい!息出来なくて苦しいつーの!」


どーんっと突き飛ばすと、ばーんっという音と共に翼くんは飛んでった。職員室の隅にあるロッカーまで飛んでいった ようだった。すまない、翼くん、しかし苦しかったのだ。
成宮くんは呆然としていたが、はっと気が付くと一応気になったのか、翼くんの方へ駆け寄っていく。 ずっこけた翼くんの前にしゃがみこむ成宮くん・・・ ああ、やっぱり仲良いんだな。うんうん、仲良きことは美しきことだね。


「おい、おめぇも・・・苦労してんだな」
「まぁ、な。あいつは俺が学生の時からずっとああだしな」
「くぅ・・・そりゃあ大変だ。俺様も先生が運命のオンナだと思ったけどよぉ・・・お互い辛ぇよなぁ」
「やはり成宮のボーズもか・・・ふ、でも俺の方が上手だな。なにしろ同僚だ」
「やいやいやい!そんなもんで勝てるだとか思ってるんじゃねぇだろうな!俺様だって!」


「おーい、いつまで転がってるの翼くん!成宮くんも戻っておいでー」



声を掛ければ、素直に戻ってくる2人。いや、ほんとよく似てる。
さて、これからのこの2人の問題児、どうして行こうかなぁ。1人は先生として、1人は生徒として・・・。
さぁ、また怒涛の1年が始まる。







春が来たのかもしれません
               嵐かもしれません


「はっ、聞いたか。今のが俺たちの実力の差と言うやつだ」
「な、なんでぃ、実力って」
「お前と俺の呼び方が違うってとこだ。苗字呼びと名前呼びが」
「ち、小せぇ事気にして、これからやっていけるかってんだ!」
「ほぉ、だがこの壁は高いぞ?俺ですら、なかなか呼んでもらえなかったからな。ハーッハッハッハ!」
「じゃあ、おめぇよりも早く呼んで貰うように頑張るから覚えていやがれ!最後に笑うのは俺様だぜ!」









(090219)