「ねぇ、ちょっとだけでいいから〜!お願いするでーすっ」
「はぁ・・・本当に多智花くんは元気だねぇ。ちょっとだけだよ?」
「わーい!ありがとです」
「ほら、あーん」
「あーん!」

「・・・・・・・」

「ちょ、ちょっと瞬くんどうしたの?来てたなら言ってくれなくちゃ」
「いや・・・今なんだか幻覚が見えたような気がしてな」
「七瀬センセーだぁ」
「やはり幻覚じゃなかったか・・・めまいがしそうだ」


はぁぁああ、と深いため息をつく瞬くんは、いつだったかスーパーの超特売セールに間に合わなかった 時と同じくらい落ち込んでいた。私はというと、お昼ご飯として肉まんを食べている 時に多智花くんに乱入されて、最後の一口を奪われたところだった。
そしてその時職員室のドアを瞬くんがガラガラと開けたのだが、私と目が合った瞬間に ドアを閉められたのだ。・・・そして冒頭に戻る。


「七瀬センセーと会うの久しぶりな気がするナリ〜」
「全国ツアーがあったからな。ようやくひと息付いて戻ってきたところだ」
「お疲れ様。私もテレビでいつもヴィスコンティのこと見てるよ」
「あ・・・ありがとう。先生」
センセ〜!ぼくの姿もテレビで見てくれてる?」
「可愛い生徒の頑張ってる姿だもの、もちろん見てるよ」


そう私が言えば、多智花くんは満足気に頷いた。まだまだデビューしたてとはいえ多智花くんの アイドルグループは有名だ。そういうのに疎い私でも知っているくらい。 そしてもちろんヴィスコンティは瞬くんが生徒だった頃からのファンだ。 いまやヴィスコンティは国民的ヴィジュアル系バンドとなっている。


「久々に来たからってそんなに照れることないのに」
「・・・そうじゃないんだ。ただ多智花が・・・」
「ぼくが何かしたですか〜?」
「いや・・・やっぱり何でもない。思えばあんたは俺が生徒だった時からそうだったな、特に風門寺とかに」
「私?瞬くんになにかしたかな?多智花くん、なんにもしてないよねぇ」
「うにゃー、ぼくにはよく分からないナリ〜。あ、センセ、それもちょーだい!」
「へ?サンドイッチも食べるの?さっきも肉まん食べたでしょ」
「肉まんはぼくの好きなものだから、食べたくなるのは当然です〜」
「ったくもう、ちゃんとお昼ごはん買ってこなくちゃ駄目だよ?ほら、」
「あ〜ん。・・・おいしい!だからセンセの事好き好きナリ〜」
「・・・お前ら・・・!」


多智花くんは大食いなのに、弁当を持ってこない日が多い。なんでなんだろうと思って 問い詰めてもみるが、「ぼくいつも忘れてしまうですよ〜」なんて言って職員室にやって来る。 そのため私は余分に食料を買ってくるのだ。まぁ、学食にでも行ってくれた方が気が楽なんだけど、 学食はあんまり、とか言って結局ここに来てしまうので放っておく訳にもいかない。
サンドイッチを半分食べられた状態の私は、残りのサンドイッチをぱくつきながら、 目の前に立っている瞬くんに目を向ける。むむ、なんだか眉間にしわが・・・。 端正な顔に眉間にしわが寄るのはかなり怖い。綺麗な人が怒ると怖いっていうのは本当のことだと思う。 ただ、瞬くんは怒っているわけではなく、困惑していると言った感じだが。


先生、多智花はいつもこんな調子なのか・・・?」
「ああ、うん。そうだね、大体こんな感じだよ」
「・・・・・・(はぁ)」


目の前でため息を付かれた。ため息をつくくらい、ここは息が詰まるってことだろうか。 ツアーで疲れているだろうし、もっとリラックスさせてあげたいと思うんだけど。
そもそも瞬くんは生徒だった頃から働き者だったし、B6の中でも1番の真面目っぷりだったからなぁ。 今でも苦労してたり、ためこんだりすることもあるんだろう。 私がしてあげられることなんてほんの少しの事だ。街頭で配られていたティッシュのおすそわけとか、 割引券をあげるだとか、スーパーの安売りを知らせるだとか。
・・・ああ、またしてもサンドイッチが多智花くんのお腹に入っていった・・・容赦ないな、人の 昼ご飯を・・・!あとは、とコンビニのビニール袋を漁る。・・・っと、いいものみっけ!


「はい、瞬くん!あーん」
「あーん・・・・、って正気か?!俺はそんな事は・・・!」
「疲れている時には甘いもの、プリンだよ!ほら、あーん」
「センセ、センセ!ぼくもぼくも、あーん!」
「多智花くんは本当によく食べるねぇ、しょうがないなぁ・・・、」
「待て、」


と多智花くんの口に運ぼうとしたプリンは多智花くんの口の前で止められた。 スプーンを持った私の手を瞬くんが掴んだのだ。そしてそのまま、瞬くんの口の中へと 運ばれる。
多智花くんは悔しそうな顔をしているが、プリンはまだあるんだからそんな不服そうな 顔をしなくても。・・・落ち着け、がるるるるるとか唸るんじゃない。


「うまいな、ありがとう。先生。しかしこれで298円は高いと思うぞ?」
「そう?生クリームも乗ってるしお得だと思ったのになぁ」
「うぅ〜、ずるいです!」
「何がずるいだ。いつもいつも先生の昼飯を貰うんじゃない」
「うひゃぁ、なんで知ってるです〜」
「それくらいの事知っておかなくてどうする。ほら、補習へ行くぞ」
「うひゃあああ、嫌ですぅ!助けて、センセ〜」
「はいはい、ご飯いーっぱい食べたんだから補習も頑張りなさいねぇ。瞬くんよろしく」
「任せておけ」


プリンを一口食べた瞬くんはそう言った後、多智花くんの首根っこを掴み、職員室のドアを開けて出て行く。 いやぁああ、まだぼくセンセと一緒にいるぅうう、という声を私は見送りながら、ばいばいと手を 振る。
多智花くんを引きずりながら廊下をすたすたと歩くそんな瞬くんの背中は、とても頼もしく思えた。








やはり月日は人を変える
                いやでもやっぱり根っこは変わってない?


「ったく、俺が居ない間にこんな事になっているとはな・・・」
「七瀬センセ〜!もう、離してってば」
「いーや、離すわけにはいかないな。それよりもっと詳しく話してもらおうか」
「うにゃあ?なんのことですかぁ?」
「しらばっくれても無駄だ、ネタは上がってるんだからな」









(090224)