那智の作った童話ばかりが集まった「那智文庫」を読み育ってきた僕にとっては 信じがたい事だったが、どうやら思っていた物語と本当の物語は大分違うものらしい。
それをあのクラスZの担任に指摘されたのは、つい数週間前のことだ。 指摘されてからというもの、あれよあれよと出る那智の作った物語と本来の物語の差。 それを知ったあいつは、僕に図書館に行ってみれば?と提案した。


「・・・慧くん、図書館にいっぱい童話が置いてあったよ?1回見てみれば?」
「な、・・・別に僕には必要ないだろう。那智文庫がある」
「あー、那智文庫はちょっと偏ってるからね・・・本来の物語とは少し違うような・・・」
「お前、那智を愚弄する気か?!僕のためを思ってわざわざ作ってくれたものだぞ」
「で、でも!一応本来の物語も知っておいたほうが良いんじゃない?慧くんに不可能はないんでしょ?」
「うぐっ・・・まぁ・・・そうだが・・・」


幼いながらも僕のために物語を作ってくれた那智には感謝しきれないが、それとは別で 童話について知っておいてもよいだろうと考えた。この僕に不可能はないのだ!


ということで、今僕は図書室に向かっている。
もちろん、童話を借りる為だ。童話の類は家にはない、しかしだからと言って購入はしたくはない。 別に、本屋で童話を購入するのが今更恥ずかしいからとかそういう事では断じてないが!
それを悟ったのか、ありがた迷惑ではあるが、あのZ担任が図書室に色々あったと教えてくれたのだ。 そこまでされてしまったら、行かないわけにはいかなくなってしまった。どうせ、ちょっとは息抜きを しろだとかうるさいのだから、その息抜きの間に図書館に行くのも悪くないか。
そう考えて、廊下を歩いているのだが今よく考えてみると上手く丸め込まれたような気がしてならない。 首を傾げつつも、とうとう廊下のつきあたり、図書室に着いた。引き戸をがらがらと開けて 中へ入る。


中は意外にも閑散としていた。
誰も図書室を利用しないのだろうか、とも思ったが、ここは良家の子息子女が集まる聖帝学園だ。 静かになれる場所なんて、わざわざここに来なくてもいっぱいあるし、本だって購入すれば いい話だ。教室から離れた場所にあるこの図書館へ行くのも面倒くさいのだろう。
僕自身も、あまり利用した覚えはない。生徒会の予算振り分けの時も図書館は確か、予算金額 も少なかったはずだ。


ざっと部屋全体を見回してから、たくさんの本棚が並んでいる列へ向かう。
ただ、童話というカテゴリーがなかなか見つからない。いくら図書館とはいえ、高等部の図書館だ。 他の分類の本に比べたら、数はそんなにないのだろう。見つけるのに時間が掛かれば、また生徒会の 業務に支障が出る。どうせなら、誰かに聞いたほうが早いだろう。時間は貴重だ。時は金なり! 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥!
くるりと踵を返し、今来た道とは逆に足を向ける。靴音がやけに響いて、部屋の静かさがよく分かる。


本棚を抜けた先に、貸し出しコーナーが見える。そこには1人ぽつんと椅子に座っている奴がいた。
暇人だな・・・、と心の中で呟いて、そいつに近寄る。どうやらパソコンに目がいっているようだ。 僕の存在を無視しているとも言える。僕が近づいても目もくれない。
そいつと僕とを隔てるように置いてある机の前に立った時に、パソコンに夢中だったそいつが やっと僕に目を向ける。やれやれやっと気が付い・・・、


「て、何をやってるんだ!!!」
「へ?ああ、これマインスイー、」
「そういうことじゃない!業務中にゲームをして遊ぶとは・・・!」
「ああ、ごめんなさい。あまりに暇だったもので・・・あれ?もしかして生徒会長さんかな?」
「あ、ああ。確かに僕は生徒会長の方丈慧だが・・・」
「待ってたんですよ、方丈くんのこと!」
「・・・は?」


がたん、と勢いよく椅子を引き立ち上がる。
そしてそのまま奥の準備室へと掛けていく。早い、早いぞ・・・止める隙もなかったくらいに。
くそ、業務中にマインスイ―パをやるなんて・・・!これは厳重注意しなくては・・・!
僕が決意も新たに拳を握り締めていると、そいつはパタパタと戻ってきた。 手には一冊の薄っぺらい本を持って。


「お待たせしました。はい、これシンデレラの本」
「シンデレラ・・・?!ツンデレラではなかったのか・・・!!」
「はは、やっぱり方丈くんは北森先生の言ってた通り、面白い子だねぇ」
「な、僕が面白いだと?!」
「北森先生に、シンデレラの本を用意しておいてくださいって頼まれていたんだよ」
「あいつが?そんなことをしている暇があったら、補習プリントでも作ればいいものを・・・」
「ほんとーに、いい先生だよね。私のところにもたまに来てくれるし、方丈くんにも会えたし」
「僕は来たくて来たわけじゃないぞ!あいつが行けって言うから!」
「うんうん。ま、でもその方丈くんが言う、ツンデレラも読んでみたいね。なんか面白そう」
「そ、そうか?那智の作ってくれた本だからな!面白いぞ」
「そうなの?那智って・・・ああ、あの副会長さんね?」
「そうだ。俺の双子の弟だ」
「そっかそっか。兄思いのやさしい弟さんだね」
「もちろんだ!」


是非、今度は弟さんともお話してみたいな、と言うそいつはこっちがお前、暇人なんだな、と 言っても笑顔を曇らせるような事はしなかった。
打たれ強いと言ったらZ担任もだが、僕が 大体何かを言うと怒るZ担任とは違い、こいつはにこにこと笑顔を崩さない。
逆に何考えているかわからないが、でも確かに、こいつの笑顔は多少惹き込まれる様なそんな 笑顔な気がする。ドレスを着たシンデレラと馬車の絵(なんでこんな変な形の馬車なんだ・・・?)が 描かれた本を受け取りながらそう思う。


「でもでも、方丈くんも北森先生のこと好きだよね〜?」
「な、ななっ、何を・・・!」
「だってあのA4相手によく頑張ってるって思ってるよね?本当のところ」
「ふ・・・ま、まぁそうだな、認めてやらんこともないが」
「またまたー、意地張ってもバレバレだよ」
「なんだとー!業務中にマインスイーパやってた貴様に言われたくない!」
「それはすみませんでした、生徒会長殿。このことは黙っててくれるとありがたいなぁ。 ・・・北森先生と仲良くやりなね?」
「その一言が余計だと言っているんだ・・・!」


僕がどれだけ怒って声を張り上げても、彼女の態度には変化がない。
本当に扱いに困る人間の部類だ、A4とかとはまた違う分類で!!


ふいに放課後のチャイムが図書館中に響き渡った。ああ、もうこんな時間か。申請書を 出して、生徒会業務で残っている書類を片付けなければ・・・!
チャイムに気が付き時計を見上げていた、そいつも笑顔のまま手をひらひらと振りながら口を開いた。


「じゃあ、方丈くん。生徒会頑張って。また来てね」
「だ、誰が来るか!お前には関わらない方がいい事はこの数分で思い知ったからな!」
「あ〜、それはすっごい困るなぁ」
「・・・・・・・・ななな、な、な、何故だ?!」


なんで、どうしてと動揺を隠せない僕を珍しく 真顔でじっと見つめた後、にかっと笑顔を浮かべた彼女は 僕の持っているシンデレラの本を指差して言った。




「だってその本、2週間後には返却してもらわなきゃいけないから」


もう知らん!・・・本当に食えない奴だ。調子を狂わされる奴だ。
だが・・・あいつ・・・本当に教師なのか? 名簿には載ってなかったな・・・。かろうじて分かるのは生徒ではないと言う事だけ。 業務の最中にでも調べれば良い、とそこまで考えた僕は我に返った。と、同時に出口へと向かっていた 足は歩みを止める。・・・僕は・・・、


そこで浮かび上がった答えを打ち消すように、図書館の引き戸を思いっきり力を込めて閉めた。 閉めたはずのその戸の先で、彼女の笑い声が聞こえた気がした。









ツンデレラの恋
「あれ、慧。なんかいいことあった?」
「べべ、別に何もない!」
「(・・・なんかあったな・・・)」









(090404)