放課後のチャイムが鳴った。他の生徒たちに混じって教室から出る。
僕は手にした1冊の本を握りしめて、図書室へ向かう。別に、理由がある訳でなく、 この本を返却しなくてはいけない義務が僕にはあるからだ。故に、理由がある訳ではない! 同じ事を2回言ったのは、ここが極めて重要な点であるからだ。
がらり、と図書室の戸を開けて、ゆっくりとした足取りでカウンターへ近づく。


手に持つ本、というにはあまりにも薄っぺらい童話は、2週間どころかその日の内に読んでしまった。
「いじわるな継母や娘にいじめられながらも健気に生きてきたシンデレラが、ある日城で舞踏会が ある事を知り、1度だけでも行ってみたいと願う。その願いを聞き届けた親切な魔法使いが、 シンデレラに12時までの魔法を掛け、そのおかげでシンデレラはへ行く事が出来るようになる。 王子と夢のような時間を過ごしたシンデレラは12時の鐘と共に城から去る。 王子の元に残ったのは1つのガラスの靴だけ。それを手にシンデレラを探す王子はとうとう シンデレラを見つける。めでたしめでたし。」
僕が幼い頃に読んだ那智文庫のツンデレラと多少は似通った部分があった。 那智文庫ではかぼちゃの城だったが、シンデレラはかぼちゃの馬車だったんだな・・・。 どうりで表紙の馬車がおかしな形をしていると思った。フン、多少は読む価値があったみたいだ。




「・・・何をしているんだ」
「あれ?さっそく来たんだね、方丈くん」
「ああ、もう読んでしまったので早いうちに返却した方がいいと思ってな、ってそうじゃない!」
「んだよ、方丈兄!図書室ででかい声出すんじゃねぇよ」
「なななな、なーんでアホ宮がここにいる!!」
「俺がここにいちゃ悪ぃのか?!」
「成宮くんは北森先生に勧められてここに来たんだよね〜」
「おうよ!あいつが本くらい読めってうるさくてよぉ!ついでに、」
「あ〜、はいはい。長いからカットするねぇ」


戸を開き中に入ってカウンターへまっすぐ向かうと、そこには あっけらかんと笑うアホ宮・・・もとい成宮天十郎はA4のリーダー的存在だ。
成宮はカウンターに腰を掛けて膝立てて大声で笑っている。 なんか胸がむかむかする・・・。お前、昨日まではいなかっただろうが! それをとがめる事もなく一緒に笑っているこいつもこいつだ!


「とにかく本を借りに来たのならすぐに借りて帰れ。すぐに、今!さぁ、今すぐ!」
「まぁまぁ方丈くん、そんなに急かさなくてもいいんじゃ・・・」
「図書室は静かにする!これは規則で決まっている事だぞ!」
「そんな規則は明確にはありません。落ち着いて」
「うっ・・・お前は一応図書室の司書なんだ!静かな方がいいだろう?」
「ありゃ、司書って認めてくれるの?」
「いや、まだお前の仕事ぶりを見たことがないからな・・・それは分からないが」
「なぁ、オススメの本とかってあるか?もちろん、俺様でも読めるような簡単なやつな!」
「お前・・・胸を張って言うことじゃないだろう・・・」
「そうだねぇ・・・やっぱ童話とかかな?1度は聞いた事あるやつの方がいいだろうし」


あれからこっそりとこいつの事を調べたら、教師ではなく司書ということが分かった。
司書としての能力がどれほどのものなのかは資料からは分からなかったが。
何の童話がいいかなぁ、と唸ってから、図書室全体を見回した彼女は僕の手元のシンデレラに目を留めた。


「成宮くん、王道でシンデレラとか。いいんじゃない?」
「シンデレラか・・・おう、それでいいぜ!俺様でも物語は知ってるしな!」
「じゃあ、方丈くん。貸し出しカードに記入して、返却日書いて」
「ああ。・・・これでいいか」
「はい、おっけーです。はい、成宮くん。返却日は2週間後ね」
「はいはい、わーってるよ!返却日過ぎると怖いって噂になってんしなー」
「分かってればよろしい」


アホ宮でもシンデレラの本当の物語(というのはちょっと可笑しいが)を知っていたのか・・・。 なんだか地味にショックを受けている自分がいる・・・。こいつでも・・・こいつでも 知ってる物語を僕が知らないなんて事・・・。・・・しかしどんなにショックを受けても 事実は事実である。知らない事は知っていけばいい話。
僕は頭の中に出た答えに深く頷いた。


「そうそう、北森先生から方丈くんに、はいこれ」
「かぐや姫・・・か?これは家具屋姫ではなく?」
「そうです、かぐや姫です。やっぱり日本の話って言えばこれだよね」
「あ、俺それ知ってる!ヨメになるのが嫌で月に帰る話だろぉ?」
「あー・・・うん、ものすごーく短縮すればそんな話。成宮くん、あれをそんなに短縮出来るなんてある意味才能だね」
「なに?!成宮まで知っているのか!!」
「方丈〜、んなことも知らないで生徒会長やってんのか〜?しっかりしろよ」
「お、お前に言われたくない!僕のは・・・ちょっとした勘違いってやつだ!」
「2人ともそんな事で喧嘩しない!」


つっかかってくる成宮に真っ向から正論を述べれば、そんな僕たちの言い争いをぶった切るように 割って入った彼女の声で会話は切られた。
成宮に言われると無性に腹が立つのはいつもの事だ、いつもの事だが・・・今日はさらに 腹が立つ。


「成宮くん、本は丁寧に扱うように。間違っても投げたりしちゃ駄目だよ?」
「分ぁってるよ、へいへい」
「へい、は1回でいいの!」
「へーい」
「よろしい」
「おい、今のでいいのか?!どう考えても駄目だろうが!」
「まぁ、誰にでも個性というものはあるからね、みんな一緒って訳にはいかないさ」
「それは・・・まぁ、そうなんだろうが・・・それでいいのか・・・?」
「ただの司書である私が口出し出来ることはなにもないしねー、方丈くんだって私のこと認めてないじゃん」
「そ、それはお前が業務中にマインスイーパをやったりしてるからであって・・・!」
「それは内緒にしてって言ったでしょ?2人だけの秘密だってば!」
「2人だけの・・・まぁ、秘密にしてやらんこともないが・・・」
「やった、ありがと!秘密ね秘密!生徒会長さん!」
「おーい!俺がいるの忘れるんじゃねぇ!訳分かんねー話ばっかするな!」
「はいはい、成宮くんもいるねー、はいはい、分かってますよ」


つっかかってくる成宮を軽くいなしつつ、機嫌を取っている彼女。
よしよし、と頭をなでてやっている光景を横目で見つつ、 あの成宮を大人しくさせるとはなかなかやるな・・・と思う。ただの司書と言っていたが、こいつは 教師にも向いているんじゃないか、なんて馬鹿な考えが頭に浮かぶ。


「ったく、せっかく会いに来てやったのに、嬉しくねぇのかよ〜」
「嬉しい嬉しい。成宮くんが来てくれて嬉しくないはずないじゃん〜?ただもう少し大人しく入ってきてくれるともっと嬉しいなぁ〜」
「うっ・・・悪ぃ。つい血が騒いじまってよ・・・」
「・・・・ん、待て。成宮。会いに来たってどういうことだ」
「ああ?だからさっきも言ったじゃねぇか。に会いに来たってよ」
「こいつに会いに?・・・はぁああああ?!なんだとアホ宮?!もう1回言ってみろ!」
「何をそんなに怒ることがあんだよ。俺何もしてねぇぞ」
「生徒が教師に・・・?!それは規則に違反するぞ!!生徒会室に連行する!」


いきなり成宮が阿呆で信じられない事を発したせいで、混乱する。 あのアホ宮が彼女に会いに来ただと・・・?!最初に図書室に居た時もおかしいとは思ったが・・・! まさか彼女に会うためだったとは・・・いや成宮のことだ、よく考えてみればそれ以外の、 例えば本が読みたいだとなんだのとそんな理由で来るわけがない!
そういえばさっき理由を話していた時も、何かを話そうとしてたしな・・・。
そんなことを考えてしまったため、僕は柄にもなく大声で叫んでしまった 「いやいや、方丈くん結構最初から騒がしいよ」・・・う、うるさい!


「あの、方丈くん?なんか勘違いしてない?これは成宮くんがただ言ってるだけで完璧一方通行なんですけど」
「そ、それでも破廉恥だ!成宮・・・お前というやつは・・・!」
は俺様のヨメだ!文句あっか!」
「だから勘違いだって・・・」


呆れた顔をする彼女はそのまま僕の方へと近づいた。
そしてこっそり耳打ちする。


「成宮くんが何人目かのヨメに振られた時にちょうど居合わせただけなんだよね・・・」
「なに?!居合わせただけで嫁認定されるのか?!」
「よ、嫁認定・・・いいね、それ、笑えるよ。あっはっは」
「ちっともよくない!」
「俺様が失恋の痛手で苦しんでいる時に出会ったのがだ!これこそ運命の俺様のヨメに違いねぇ!」
「ほんとのとこは、成宮くんじゃなくてその時に彼女に投げつけられて落ちてた本を拾おうとし たんだけど、自分に手を差し伸べたって勘違いされちゃってね」
「嫁認定とは本当におそろしいものだな・・・!」
「会わないようにしてたんだけど、偶然図書室で見つかっちゃって、ちょくちょく来てくれるんだよ。ドアぶっ壊しながら」
「・・・・大変だな、嫁というのは・・・」


カウンターの上で笑っている成宮を一瞥した後、彼女は はぁ、とため息をついた後、カウンターにあるパソコンに向き直り何かを打ち込む。
そしてくるりと椅子を回転させて向き直るなりこう言った。


「ほら、成宮くん。千聖くん呼んだから、ちゃんと帰るんだよ、大人しく」
「大人しく、の所に妙に力が入っていたようだが・・・」
「帰りにもよくドアぶっ壊していくから、注意しとかないとね」
「なに?また千を呼んだのか?!あいつのハリセン痛てぇんだよなぁ」
「痛い目に遭いたくなかったら大人しくお帰り」
「ったく、しょうがねぇなぁ。また来るからなー!」
「・・・僕も本を返却したし帰ることにする」
「方丈くんは静かに帰ってくれるから助かるよ」
「僕とアホ宮を一緒にするな!!」
「あはは、ごめんごめん」


手をぶんぶんと大きく振り、騒がしくどたばた出て行った成宮の後に続き僕も図書室を出る。
1回振り返った図書室の中はまたも来る前の時を刻み始めたようだ。 ゆったりとした時間の中彼女は何を考えているのだろうか。
またこの家具屋姫・・・じゃなかったかぐや姫を返却しに来る時、その時にまた彼女の 事を知ることが出来るのだろうか。










家具屋姫は月へ帰る
「(・・・ん?あいつ、確か不破の事を名前で呼んでなかったか・・・?!)」
「兄さんじゃーん、今までどこにいたの?探したんだから〜って、なんか不機嫌?」
「そんな事はない」
「(そんなことありありって顔して・・・こないだからどうも変だな・・・)」









(090413)