職員室にもようやく穏やかな時間が巡ってくる放課後。
ただ、クラスZの担任、副担任には穏やかになれる時間など、そうそうない。 それでも、徐々にではあるが若干の落ち着きが見られた今日の放課後、俺は副担である先生と、職員室にいた。
朝からばたばたと忙しく、昼飯もロクに食っていない彼女を俺は軽くたしなめ、茶を出した。 たしなめたとは言っても彼女が忙しいのは、俺たちのせいであることは明白である。 それでも・・・これではどちらが年上だか分からない。
そんなことを思いながら「ぷはーっ、生き返るぅ!」などと言い茶をがぶ飲みする彼女は(これは茶である。アルコール類ではない)、 唐突に・・・だが俺が予想した通りになった。


「熱っ!!」
「大丈夫か?・・・見せてみろ(やると思った・・・)」
「ちょっと手に掛かったくらいだから大丈夫だよ」
「そのちょっとでも跡でも残ったらどうする?」
「あーもう分かったよ。分かったからそんなに怒らないで」
「素直に最初から見せれば俺も何も言わん」
「はいはい、」
「…!?」
「にゃーなぁーう」


ようやく観念して火傷した箇所を差し出したその時、するりと先生と俺の間に入ってきたのは1匹の猫だった。
愛らしい表情でこっちを見遣るが、今の俺にそれを愛らしいなどと思う余裕などない。
そんな俺の心情をあざ笑うかのように、猫は先生の火傷した部分をぺろりと舐めた。あ、ちょ、待て!


「・・・あ」
「やだ、くすぐったいってば」
「なぁう〜、にゃ〜」
「大丈夫、もう大丈夫だって!タマ!」
「タマ?この猫を知っているのか?」
「え?あ、うん一くんの相棒のタマだよ」
「・・・なに?」


草薙のタマということを聞き、俺はぴしりと音を立てて固まった。
草薙の猫ということは、この猫は草薙だということだ。うん、そうだ。勝手に自己完結をしてから、 俺はタマの首根っこを掴んで放りなげる。だが相手は猫である。腐っても猫であるから、優雅に空中でくるりと舞うように 体勢を整えて着地した。・・・こいつめ。猫だと分かっていても腹が立つ。


「不破くん?ちょっとどうしたの。タマを投げるなんて」
「分からん・・・分からんが腹が立っただけだ」
「まったく、ほらータマごめんねー。不破くんが失礼したねー。機嫌直してね」
「なぁう〜」


再び擦り寄ってきたタマを優しく撫でる先生を見ていると、なんだかどうも気分が良くない。
これはタマなのだが、タマだけじゃない気がして、その後ろにいるのはいつも草薙な気がする のだ。あっちの方が年上な分、余裕があるようにみえるのも癪に障る。そう思う事、事態が俺を子供っぽく思わせるのだけれども、 どうにもそれが頭から離れない。
本人に悪気がなくても、「俺もお前くらいの時はそうだった〜」なんて朗らかに爽やかスマイルを 撒き散らして頭を撫でてくるのだから、余計にだ。
男に頭を撫でられても少しも嬉しくはない。
悶々と考えていると、後ろからぽん、っと頭に手を置かれた。俺の頭の中の最大の敵が現れた。


「よっ、なにやってんだ〜先生、不破」
「一くん、タマが来てたの」
「おおっ、タマこんなところに居たのか〜。探したんだぞ、こら!」
「にゃー、」
「なに、そういう過保護なところがウザい、だって?」
「でも相変わらずクールだなぁ、タマ。格好良いよ!」
「俺には、ただにゃーと言っているようにしか聞こえないが」
「一くんはアニマルマスターだからね。正確なところ私にもタマの言うことはよく分からない!」
「にゃにゃー、なぁう」
「お前もいい加減自立しな、だって?!またそういうこと言う!」
「本当にタマは男前だね。男前すぎて、たまに惚れそうになるよ」
「いや、猫相手にそれはマズいだろう。猫に嫁に行かれたら・・・困る」
「そうだぞー!タマには渡さないんだからな!」
「なぁう!にゃー」
「ふ、さっすが先生は違うぜ、だとぉ?!だから渡さないって言ってんだろが!」
「ったく、猫もライバルになるとは・・・、ここで白黒はっきりつけるか」
「2人ともそんな事で熱くならないの!落ち着きなさい」


ばしん、と振り下ろされた手は容赦なく2人の男の頭へ落下する。
若干涙目になっているのは確かなことだ。お互いの顔を見合わせてそれを確認する。 頭、へこんでいないだろうな。


「あれ、先生。火傷したのか?」
「あ、うん。でも大したことないから」
「大したことないってことないだろーが!大切な手だぞ」


そんな心配をしていると、振り下ろされた手に火傷の跡を目聡く見つけたのか、草薙は先生の手を 取ってそう言った。
ひらりひらりと質問をかわす先生だが直球な言葉が心に届いたのか、若干気まずそうだ。 ああ、ここでも俺はまた、自分の子供さを実感する。


「大体先生はいつも無茶するんだからな!ちゃんと見張っておかないと心配でさ」
「それは・・・俺も同意する。確かに、このままだと心配だ」
「不破くんまで・・・!そんなに無茶なんてしてないし!普通です」
「それは翼のバイクに轢かれそうになった先生が言う事ではありません。おにーさんは心配です」
「天の御輿に轢かれそうにもなっていたぞ。やはり人間というのは変わらないものだな」
「危ない事はするなって言っただろが!ったくもう先生は・・・!」


その声色から、態度から、身体から滲み出るそれらから、ああ、この人は本当に先生のことが好きなんだ、と知る。俺からは余裕をかましているように 見えるそれも、そう見せているだけで、本当のところは俺となんら変わりはない ただの男だという事を。
何年の間、先生を想い続けているのかは、知ったこっちゃないが、年月だけで譲れるほど、 俺も優しくはない。負ける気はまったくない。


大体、草薙には俺の名前を半年以上も間違い続けていたのに、先生の名前は一字一句しっかり言えるところ とかに、最初からムカついていた!
絶対先生のことを好きだろう、と思ってはいたが・・・。



まさかのまさか、俺まで先生に惹かれていくとは思っていなかった。
そしてこんなことで悩むことになる羽目になるとも思ってなかった。
半年前は面倒で、全てが面倒くさいと思っていたというのに。 どうやら1番面倒なものに俺は掴まってしまったようだ。







キャッチキャッチ
「おい、不破。あのお茶、お前が出したんだって?」
「そうだが、何かあるのか」
「これから先生に出すときはぬるめにして出してやってくれないか。また火傷するかもしれねーから」
「過保護だな。茶は熱いのが1番美味いと思うが」
「だって先生って本当に抜けてんだ。俺が学生時代の頃からずっと!だから心配で目が離せないっていうか」
「(もしかして、無意識なのか・・・・?)」
「頼んだぜ、不破!」
「ふぁあああ、ますます面倒だ・・・」
「なんだとー!面倒だと?!」
「そうじゃない」





(090510)