せーんせ!」
「ぎゃああ!!!」
「なんだ、傷付くなぁ。」
「な、なんだ…那智くんか。良かった」
「(む、)…」


良かった?何が良いものか。Z担任の北森真奈美に同じ事をすれば、かなり面白い反応を返してくれると言うのに、このZ 副担任はまったくもってつまらない。
多少動揺を見せても良いのに、まったくそんなそぶりは見せないし、反応はいつもいまいち。ただし背後からの 攻撃だけは有効、というちょっと変わった教師だ。
これはどうしたものかなぁ、と考えながらA4の補習の為にアホサイユへ向かう。 アホサイユへ着けばすでに慧は到着していた。


「遅いぞ!那智」
「兄さん、まだ5分前だよ〜」


軽く受け流しつつ、周りを見回せば、まだ当事者たちの姿が見えない。 ここは、と思いソファーに座っている兄へと質問を投げかける。


「ねぇ、せんせいってさぁ」
「な、なんだいきなり!あいつがどうかしたか?!」
「(怪しい…慧…)いや、なんかいつも可愛いよね」
「そうか!?ただの口やかましい教師にしか見えないがな!」


いっそここまで分かりやすいと感嘆するしかない。頭の中では確実に口やかましい教師、というだけではないに違いない。 まぁ…面白くないとは言ったけど、一緒にいて楽しくない事はない。確かにからかいがいはないけれど。 可愛いらしい性格ではないことは確かだ。
そこまで確信した時アホサイユの扉が元気いっぱいに開いた。隣で慧が時計を確認するそぶりを見せていた。 もうこんなに時間経ってたのか。


「あっちー、あちぃな!千っ、麦茶!!」
「抜かりない。ちゃんと冷蔵庫で冷やしておいたぞ」
「やっぱり夏は麦茶に限りますなぁ」
「マジマジドマジで外は暑いねぇ。勘弁して欲しいよ〜」


それぞれがそれぞれでマイペースな事を言っている状況に隣の兄の頭の血管がキレた音を聞いた。 勢い良くソファーから立ち上がったせいで自分は横にひっくり返りそうになったほどだ。


「…貴様ら!!今の時間は補習の時間だろう?!もう16分50秒も過ぎているぞ!」
「いやでも兄さん。16分50秒で来たことが奇跡だよ」
「た、確かに…ってそういう問題じゃない!」
「てやんでぃ!オレは自主的に来た訳じゃねぇやい!」
「褒められもしないことで威張るな!」


ぎゃんぎゃん吠える成宮に対抗するように慧も負けじと反論するけれど、多分意味はない。


「大体オレ達は副担がどうしてもっていうから来てやったんだぞ!」
「あいつと鬼ごっこをして捕まったら補習しろと言われてな」
「捕まっちゃった訳ですなぁ」
「もう少し遊んでたかった気もするけどね」


口では色々と言っているがA4全員まんざらでもない表情だ。それは面白くない、非常に面白くない……。 また面白くないと思ってしまった。最近少し忘れていた感情だというのに、この気持ちは一体どこから来るのか。


「確かに慧の言う事はもっともだよね」
「あ、ああ…やはり那智、お前もそう思うか」
「ビシバシやっちゃって構わないよね?…さーぁ、始めるぞー、アホ共〜」
「ほじょおと、顔が怖いですぞ〜」
「うるさいぞ〜」


にこにこ笑顔なのは表面だけでこの攻防は酷く恐ろしい。テキストのページをペラペラめくりながら、 このA4にも問い掛けてみる。


「大体なんでせんせいと鬼ごっこしてたのかな?」
「だってあいつ暇そうに花壇の水やりしてたからよ!」
「だから、見つからないように後ろからそっと近寄ってって」
「ぎゅって飛び掛かったらですな」
「動揺したあいつが持っていたホースの口が俺達に…」
「MBB!マジビショビショって訳」
「んで成宮ひらがな組に頼んで着替えを持ってきてもらって鬼ごっこして来たって訳でぃ!」
「待て!その繋がりがまったく分からない!!」
「はぁい、みんな〜。慧に分かりやすく言ってね」


まったくもって成宮の言うことは飛び飛びで詳しいことは分からないが、なんとなーく言いたい事は分かる。 一応4人もいれば、きちんとした説明くらいはできるらしい。


「水ぶっかけた代わりに俺達に付き合って遊べっつたんだよ!」
「だから鬼ごっこだ。ただし捕まったら補習」
「…意味は分かった。だが何故あいつはそんなに動揺したんだ?」
「でもいつも、せんせ〜は後ろからびっくりさせるとかなりびくびくしますなぁ」
「トラウマとか?…人には言えないト ラ ウ マ!やっぱそういうのってそそるよね」
「トラウマ…確かに俺が後ろから抱きついた時も過剰反応してたなぁ」
「な、那智!?あいつに抱きついただと?!」
「てやんでぃ!なに勝手に俺達の副担に手ェ出してやがんだ!!」
「そうだ…迷惑極める」
「それを言うなら、迷惑窮まりないだろう!極めてどうする!!それはお前らの事だ」
「でもでも〜勝手にやったのはそっち。マジマジドマジ羨ましい…」
「おやおやピーちゃん。ジェラシーですかなぁ?」
「やっくんこそ、お菓子の袋しわしわになっちゃってるよ」


多智花のぎゅっと握ったままの手は見た目以上に力が篭っている。可愛い見た目とは反対になかなか食えない所が ある彼の事だ、きっと内心は臓煮え繰り返ると言った所だろう。
A4にとってもあの教師が大切な存在になりつつあることを理解した。だが、このまま終わらせるような自分ではない。 だからあくまで自然にこう切り出した。


「誰がせんせいのトラウマの原因が1番に分かるか競争しよう」と。
せんせいの事が理解出来てるなら、分かって当然だよね、ともわざと聞こえるように言う。 ばたばたとテキストを放り投げてアホサイユを出ていくA4を見て、それから隣で震える兄を見て、俺は頷く。


「楽しい事になりそうだなぁ」


たまに浮かび上がる、面白くない、という気持ちはなんなのかまだ判断は付かないけれど、しばらくは これで遊んでやろうと思う。ただ・・・あいつのトラウマの原因はもちろん誰よりも早く、きちんと突き止めるつもりだけれど。



世界を巻き込む
「最近みんな後ろから脅かしてくるんだけど、ほんと心臓に悪い・・・!」
「ヒャハハハ!マジ面白れーことになってんだナ!」
「・・・誰のせいだと思ってるの、元はといえばねー清春くんが悪い!」
「オレ様の心のこもーった可愛い悪戯ダロ?嬉しいの間違いだってーの!?」



言わずもがな、ずーっとキヨが後ろから脅かしていたからです=トラウマ

(090710)