うだるような暑さが自身を襲う、夏。
夏と言ったら海!という考えの成宮は思った。というか思っているだけに留められなかったので、シャーペンを放りなげて、 席から立って叫んだ。


「だぁああ!いつまでもこんな所でぼさっとしてられっかよ!波に乗りてぇ!なぁ、千!」
「まぁ、そうだな・・・補習がなければバーベキューでもしたい所だ」


呼びかけられた不破と言えばとりとめもない会話を続けつつも、視線は手元のプリントである。 真剣な眼差しにほれぼれする女子もいるかもしれないが、実際の所はとんちんかんな答えをプリントに記している。 それはこの教室にいるA4人全員に言える事であった。


「そりゃあね、海に行って可愛いお花ちゃんたちに声を掛けたりするのもいいと思うよ」
「僕は、山に登ってやっほー!って叫んだりしたいぴょーん」
「だろ?アラタも八雲もそう思うだろ?!」
「本当に。今日はいいレジャー日和だね、うんうん。本当に」
「だよなぁ、おめぇもそう思うよなぁ・・・っえどわぁ、い、いつの間に・・・!」
「ずっといました、ここに」


ここにと言って指し示すのは教壇の机の中。どうやらプリントをしっかりやっているかどうか不安になって隠れていたらしい。 教壇から降りてはぁ、とため息をひとつ零して成宮へと近づく。そして人差し指を左右に振ってち、ち、ち、と言う。


「いーい、レジャーがしたいのは成宮くんだけじゃないんだよ、もち、私も」
「あ、ああ・・・。そうなのか?じゃあ、すりゃぁいいじゃねぇか」
「そうもいかないんだよね、みんなのこの補習プリントが終わるまでここから出れないんだよね・・・」
「あー、それはマジどうしようもないよ、このプリントの量からいって今日1日は絶対掛かるね」
「早く遊びに行きたいのに、なかなかそうもいかないですなぁ・・・」


そうなんだよねぇ・・・、という空気が教室中を包んだ。
こころなしか、現実を知った分、さっきよりも空気が思い気がする。まぁ、この量は無理もないが。 心の底から謝っているのか、反省しているのかは定かではないけれど多智花は口を開いてしんみりとこう言った。


「ごめんねぇ、センセーが遊びに行けないのは僕たちのせいだねぇ・・・」
「そういえばそうだな。俺たちがこのプリントを終わらせなければもちろんお前にも夏休みはないのだしな」
「言われてみりゃそうだったな。海に行きたいとか叫んでる場合じゃなかったぜ」
「ンフッ、先生を自由にしてあげられないなんて、オレって罪なオ・ト・コだね」
「みんな・・・!」


自分を労わるような言葉を掛けられた私、クラスZ副担、はほんの少し、本当に少し涙ぐんだ。
こんないい子たちなんだからちょっとぐらい夏休みが消えるくらいいいんじゃないか、って思ってしまうくらいに。 ぶっちゃけ、GTRは夏休みを満喫しているようだし(実際学校に出てきても趣味の時間をそれぞれ過ごしている・・・ 刺繍だとかジャケットプレイだとかゲームだとか)私と北森先生だけなんでなんだー!と叫びたい気持ちもあったのだが。

とかなんとか、そんな気持ちは一瞬でぶっとんだ。
2人で残った放課後の職員室でのプリント作りだとか、問題集の選別だとかそんな事が頭をよぎった。 ここ数年、夏はそんなことばっかして過ごしてきた気がする。レジャーだのお楽しみは春休みだけだ。 (3月に問題児が卒業していなくなっても、4月からはまた新入生が問題児ばっかだから)
それでも構わないと思えるくらいにやりがいのある仕事だから、別にいいのだけれど。


「ありがとう・・・皆のその気持ちだけで十分!・・でも出来れば早く終わると嬉しいなぁ」
「「「「・・・・」」」」
「あれ、そこで黙っちゃうの?そこはさ、よし頑張ろう!とかちょっとでも思ってくれ・・・!」
「じゃあ1つ、質問しちゃっていい?IST、いきなり、質問、ターイムッ!」
「おっ、いいですなぁ、ピーちゃん。僕も僕も!センセーに質問したいですっ」
「俺も丁度あんたに聞きたい事があった、この機会だ。聞くぞ」
「はぁ、な、皆してずりぃぞ!俺様も!俺様も副担に質問だ!」
「し、質問?なぁに?答えられる範囲でなら答えるよ」


「「「「クラスZの副担で良かったって思ってる?」」」」


あっけにとられた。同じ質問をしてくるとは思わなかったからだ。ちょっと私が笑ってしまったのが気に食わなかった のだろうか?成宮くんが少し怒ったような口調で私に問いかける。


「だってクラスAとかだったらおめぇも、もうちょっと楽出来たりするんじゃねぇかとか思っちまうと、つい・・・」
「クラスA?なんで?成績が優秀で夏休みの補習もないから?」
「・・・だってその通りだろーが。俺たちはどう頑張っても方丈たちみたいにはなれねぇんだからよ!」
「成宮くん・・・」


私は変わらなくてもいいと思うのだ。理事長は改革を推し進めているが、彼らには彼らのままで十分良い所がある。 落ちこぼれだの、馬鹿である、阿呆であると周りから言われているけれど、私にはそう思えない。 馬鹿や阿呆と言うのはなにの役にも立たない事を言うのだ。彼らは大切なことはちゃんと分かっている。
それでも前向きに頑張っているのは、彼らがそれに負けない強い心と、まっすぐな気持ちを持ったとても良い子だと思うから。 テストで正解である丸の数がどんなに少なくても、別にいいんじゃないか、って思う。教師がこんなことを言うのも 間違っているという人もいるかもしれない。
でも彼らが真剣に取り組んでくれるようになった今は、そんなことはどうでもいいことなんじゃないかと。


「僕だってお仕事とかで補習の調整とか大変そうだし、迷惑かなって思ったりするのです」
「そんなのお仕事だもの。頑張ってやっていることでしょ?それに別に苦にはならないよ」
「だけど・・・僕は、先生たちが放課後残って作業したりするの見てるんだぴょん!」
「多智花くん・・・」


いつも元気いっぱいな多智花くんがしんみりしていると、どうにも調子が出ない。
ほら、この子たちはこんなに優しい。それはどんなに勉強をしても身につけられない思いやりという大切なものだ。


「それを言うなら、俺たち全員がそうだろう。皆それぞれあんたには世話になっているからな」
「不破くん・・・」
「最初は可愛いだけかと思ったらそうでもないしね、IKA、意外に根性ある系だったし?」
「嶺くん・・・」


A4、1人1人からそう言われて、今までの努力は無駄ではなかったんだと思った。
そりゃ、最初はむくわれない事も多かったけれど、今ではちゃんと4人集まるようになった。 それにそれだけじゃない、今ではクラスZ全員が変わろうと努力している。それを馬鹿にすることは許さない。 例えどんなに頭が良くても、成績オール5でも、そう生徒会長であっても、だ。


「私は、」


言いかけた言葉の先を皆はめったにない真剣な顔で待っている。
そんなに真剣な顔をして待たなくても、私に言える答えなんてひとつしかないのに。


「私は、クラスZの副担であって本当に良かったと思うよ」


なんで、と言いたげな4人に向かってにっこり笑顔で言い放った言葉は、そのまんまの私の本心だ。
逆に私には優等生たちの面倒を見るのは向いていないと思う。クラスZの彼らと共に成長してきた私だからこそ 私だけにしかできない事がきっとどこかにあると思う。


「それに、私には方丈くんたちのクラスじゃなくて、みんなのいるクラスの方がやりやすいの」
「な、そんな奴聞いたことねぇぞ!大体俺様たちは厄介者扱いされてきた奴ばっかりだ」
「何故だ?お前がそんなに俺たちのことを気にかける理由が分からない」
「今までは皆勉強しろ勉強しろってうるさかったけど、センセーは違うよね。それだけじゃない」
「やっぱりそれだけの根性が先生にはあるのかもね」


何故、なんで、どうして、と疑問形ばかりの言葉を私は受け止めて軽く笑みを浮かべる。
それはやっぱり説明はしづらいけれど、今この場に副担という立場で彼らの前に立っている事で説明できないだろうか。 笑みを浮かべる私を見て、やっぱり彼らは分からない、という表情を浮かべていたけれど、それはのちのち彼らとの絆が 深まってから分かるんじゃないか?と私は青い青い、透き通るような青を浮かべた空を見上げながら思ったのだ。




透き通る青が濃くなる頃には
「ねぇ、兄さん。あいつら、なんかせんせいと良い雰囲気じゃない?」
「ふ、ふん!別に僕はあいつがどうしようとどうでもいい事だ!」
「またまた〜せんせいにどの問題集が良いかとかアドバイスしてたくせに」
「あっ、あれはたまたま暇だったから、アドバイスしてやっただけだっ!」
「でも慧。あの問題集がぶ厚ければぶ厚いほど、せんせいといられる時間は減るよね」
「・・・はっ!そ、そうだな!」
「気付くの遅いよ、兄さん」





(090823)