なんだかんだと言いながら、それでもまたあの場所に足を運んでしまうのは何故だろうか。
今日も今日とて毎日多忙な生徒会長様―方丈慧は生徒会メンバーに一言断ってまた図書室へと赴く。 副会長である那智にいちいちそんな事しなくても、とは言われたがただ図書室に行くだけが目的な訳じゃない。 ちょっと後ろめたい気持ちがあるだけに、言わなくては気持ちが落ち着かないのだ。

しかしながら、今日も那智にあの妙な笑顔を向けられた。なにかしたか、なんてことはさっぱり分からないのだが、 那智は「へぇ、ふうん。なるほどね。・・・行ってらっしゃい」と言って自分を送り出してくれた。
・・・という訳で生徒会メンバーには割と知られていた。――方丈慧が、とある司書に少々興味あり、という事を。 まぁ・・・それを知らないのは本人だけなのだが。


がらりと図書室の扉を開ければいつもと違う空気が漂っていた。いつもならば、窓からの風が涼やかに入り込み、 本のかすかな匂いというものが感じられるのだが・・・。 どこかでこんな感じの匂いを知っているような。不思議に思いながら本棚を抜けると、カウンターが見えてきた。 そこでとんでもない奴を見つけてしまった。


「な・・・!なんでお前が・・・!?」
「あれ、こんな所で会っちゃうなんてね〜」
「それはこっちの台詞だ!!」
「まぁまぁ、図書室では騒がない騒がない」
「お前もお前で何故平然としてるんだ・・・!」


目に飛び込んで来たのは、衝撃的な場面。あの司書の後ろから腕を伸ばし抱きしめているのはA4の1人― 嶺アラタだった。まさかの強敵・・・女生徒をいつもはべらせている嶺は女性の心をがっちり捕らえる天才だとか聞いた。
・・・聞いたが、それがなんだ!!ざざっと2人の前に立つ。司書はあらあらといった表情でまぁ・・・いつも通り。 でも、いや、この状況でいつも通りって少しおかしいような気がするが・・・。首を捻って考えてみた所、1つの結論に達した。 まさか・・・慣れているのか・・・!?この状況に!!
顔が引き攣るのを必死で押さえてカウンターに近付く。 それでも変わらない笑顔と2人の距離。自分では気の長い、心は広いと思っていたが(もちろんそんな事 を思っているのは本人のみだ)この時は別だ、とばかりに嶺の制服をひっつかんで離す。


「あっれ〜、まさか方丈兄がそんな短絡的だとはマジ思わなかったよ」
「嶺くん、そうやって方丈くんをからかわない。むきになってガミガミ言っちゃうでしょ」
「ぼ、僕は…むきになどなってない!ガミガミも言ってないぞ」
「ほーら、言った通りむきになったでしょ、嶺くん」
「ほんと。ちゃんはさすがだねぇ。よく分かってるよ」


あはは、と朗らかに笑う2人が憎らしく思えてきた。僕はぎゅ、っと手を握ったまま「耐えろ・・・耐えるんだ、 僕は生徒会長、方丈慧!」とぶつぶつと落ち着くまで唱える。
というか嶺が何故ここにいるんだ・・・いつもは教室で女生徒をはべらしていると言うのに・・・。 そしてA4のこいつらが図書室にいる割合が多いとは、かなりの驚きをもたらした。 だってそうだろう、万年落ちこぼれと呼ばれた彼らにとって遠い存在である図書館に入り浸る、なんて。 どう考えてもおかしい。だがそんなおかしな理由ももうすでに分かっている、目的は目の前にいるこの司書だ。

じっと見つめてみるが、目の前で何にも考えてなさそうな顔をした女はハテナマークを飛ばすばかりで、僕のこの 気持ちには気付きそうもない。・・・それもすでに分かっている。本当は分かりたくなかったけれど。
だから僕は、彼女に借りていた本を突き出す。これ、と言うとそれを合図に彼女は裏へと駆けていく。 大方次に僕に貸す本でも取りに行っているのだろう。
残されたのは嶺と僕だけである。非常に気まずい。にやにや笑いが止まらない目の前の男を誰かどうにか してはくれないか。


「ふっふーん、方丈兄もオトシゴロってやつ?可愛いねぇ」
「・・・は?!か、かわいい?!な、何を・・・貴様、僕を怒らせたいのか!」
「もう怒ってるよ。まったく短気は損気、よくないよ?」
「誰のせいだと思っている!貴様がとんちんかんな事を言い出すから・・・!」
「言っておくけど、ちゃんはマジマジドマジに競争率半端ないよ。MOS、もちろんオレもその中の1人、だけど」
「な、べ、別にそんな事思って僕はここに来ている訳じゃない!本を・・・そう、本を借りに来ているんだ!」
「ンフッ、あくまでそう言い張るのなら、別にいいけど?オレにとってはむしろ好都合?みたいな」


まぁ、なかなか落ちてはくれないんだけどね、などと軽く言いながらどこか遠くを見つめる嶺である。 嶺でもそんな風に感じるのか、と一瞬驚いてから、自分のこの気持ちが嶺にも分かってしまっている事にさらにびっくりする。 自分は感情は制御出来ている、と感じているだけにこれは大きな失態だ。気を付けなければ。 自分で自分に試練を与えた時に、パタパタと奥から司書が帰って来た。 そうして、カウンター越しに本を渡される。


「はい、不思議の国のアリス!これ、本当に不思議なお話なんだけど魅力的なお話でもあるからぜひ!」
「・・・アリス?・・・もしかしてこの表紙に写っている女がアリスか?・・・有田じゃなかったのか」
「うんうん、このアリスちゃんって、オレの超超好みのタ・イ・プ」
「ふーん、そう。じゃあ嶺くんはアリスと結婚するのがいいと思うなぁ、うん」
「オレには君だけだって。あれ、もしかして妬いてたり?そうだったら超超嬉しいんだけど」
「妬いてないです。ていうか、いつも来るのがちょっとうっとおしいくらいです」
「なんで急に敬語になるワケ?!そんなにウザかった?」
「やだな、そんな顔しなくても。心配しなくても好きだから大丈夫大丈夫、うん」
「ふん、高校生にもなって取り乱すとは恥ずかしいぞ、嶺!」
「それなら高校生にもなってアリスを有田と間違える方がよっぽど恥ずかしいと思うけどねぇ」


うぐ、と言葉に詰まった自分を見て、嶺は笑う。
でもそれは見ていて嫌なものに分類される笑みではない。どちらかというと微笑ましい、といった部類の笑みだろう。 何故そんな笑みを自分が向けられるのか分からなかったけれど、僕は、おとなしく表紙に「不思議の国のアリス」と 書いてある本を手に取る。今回は絵本タイプじゃないらしい。少しは分厚さが感じられる。 不思議の国、というからには、なにかとんでもない法律や規則などがはびこっている国なのだろうか。 そんな中で女1人とは・・・。まずは国の王から変えていかねばならないだろう。


「おーい、方丈くん?大丈夫?どっか飛んでるよー」
「方丈兄、絶対今とんちんかんな事考えてるよ、きっと」


僕が2人の生温かい目を向けられてる事に気がつくまで後、数十秒。






不思議の国の有田は迷いこむ
「今日は、図書館に行ってくる」
「(今日も、か・・・)ああ、うん、分かった」
「後をよろしく頼むぞ、那智!」
「(ああ、そういうこと)・・へぇ、ふうん。なるほどね。・・・行ってらっしゃい」





(090926)