この所、七瀬瞬はそわそわと落ち着きのない様子で日々を過ごしていた。
それは顕著に分かりやす過ぎるくらいの状態だったので、なんだろうかと他のB5も思っていたのだが、今は11月。 彼の誕生日が近付いてきている事から、すんなりと理解出来た。


「シュンー!もうそろそろポペラ誕生日だね☆何か欲しいものとかある?」
「風門寺・・・俺ももうそんないちいち誕生日でそわそわする子供じゃないぞ」
「またまたー。だってシュンてば誰から見ても分かるくらいにそわそわしてるよ」
「な、何?!俺としてはポーカーフェイスを装っていたんだが・・・風門寺には分かってしまったか」
「いやだから・・・(みんな分かってるってば)」


彼の言葉が真実なのかそれとも嘘なのか、それは分からなかったけれど確か去年はこんなにそわそわしていなかった様に 思う。というか逆に「誕生日・・・ああ」とワンテンポ遅れて思い出す、と言った感じだったのに、今年は 一体どうしたというのか。いつもが上記の様な状態だった為、今回のケースは非常に珍しい。
ふぅむ、とバカサイユの柔らかなソファーに身を埋めて考える。
七瀬はすでにバイトだと言ってバカサイユを出て行ってしまった。すると七瀬と入れ違いで、誰かが入って来た様だ。 顔を上げて誰だ、と見ると困惑した様な顔の草薙と斑目がいた。


「あー、2人とも!・・どうしたのそんな顔しちゃってさ」
「ああ・・・えっと瞬のあのそわそわぶりは一体どうしたんだ?」
「不気味・・・なんか凄く不気味。・・・怖い」
「トッゲー!」


トゲーまでもがその言葉に同調するかの様に声高らかに鳴く。やはりあのそわそわぶりを見てどうしたんだ、と思ったのは 自分だけではないらしい。そりゃそうだ。うきうきオーラが体中から出ているのだから。それだけ誕生日が待ち遠しいと 言うことだろうか。
しかし納得が出来ないのは今年だけのこの状態だ。去年まではこんなんじゃなかったのになぁ、どうしたんだ?と 草薙が言うが誰も答えられるものはいない。うーむ、と3人(1人は立ったまま寝ている)は顔を見合わせて唸った。
するとまたしてもバカサイユの扉が開いて中に誰かが入って来た。・・・真壁と仙道である。


「アンビリーバボー!信じられん、あの瞬が・・・・!」
「言うなカベェ・・・誰より信じられねェのはオレっ様だぜェ・・・気持ち悪ッ!」
「あ、ツバサ!キヨ!」
「どーしたんだよ、清春。顔が真っ青だぞ?」
「・・・なにかあったんだね・・ぐぅ」


珍しく青い顔をした仙道と驚愕の表情を浮かべた真壁が一緒に入って来た。
驚かせる事がなによりも好きな仙道が、こんな表情を浮かべている事はかなりの奇跡である。 草薙が心配の声を上げるが、それもあまり耳に入ってはいないようだ。あまりに信じられない事が起こったらしい。 仕方がないので一緒にいた真壁の方に聞いてみる事にした。


「おいおい、清春は一体どーしたんだよ」
「キヨがこんなんになるなんてパラッぺめっずらしー!」
「清春・・・震えてる・・・余程衝撃的だったんだね・・・うん」
「ああ。ついさっき瞬とすれ違ったのだが・・・いつもの通り清春が悪戯を仕掛けてな」
「いつもの事だろ。それのどこが・・・」
「まぁ、聞け。怖いのはここからだ。顔面に清春の水鉄砲を食らったのだから当然怒り狂うと思ってこっちは身構える訳だ」
「それもいつもの事だよねー!」
「それが怒らなかったんだ・・・しかもそれどころか笑顔で立ち去ったんだ・・・嗚呼、今思い返すだけで恐ろしい!」
「・・・こわい。信じられない・・・ぐぅ」
「こらこら瑞希ー、寝ちゃ駄目だぞ!現実逃避は良くない」
「ねぇ、ツバサ・・・それ本当のほんとにシュン・・・?シュンの皮を被った誰かじゃなくて・・・?」
「確かに、本人だ」
「やっぱおかしいな、瞬のやつ。大丈夫か?」
「・・・・瞬くんがどうかしたの?」
「ああ、ちょっと最近様子がおかしくてな」
「そうね、補習の時もどこか上の空だし・・・」
「そうだよね。ゴロちゃんポペラ心配ッ!」
「・・・って、南先生?・・・・急に現れた」
「あれ、南先生いつの間にここに?!」
「あなたたちねー!今何時だと思ってるの?とっくに補習の時間は始まってます!」


いきなりの登場にB5はのけぞって驚いた。
自分たちの担任の登場に、補習の約束をしていた事を今更ながらに思い出す。 ああ、と皆が言うと南先生は顔をひきつらせた。大方教室で待ちぼうけを食らっていたのだろう。


「げ、わ、忘れてたぜ・・・悪い、南先生」
「おい、ブチャ!ホシューだのなんだのに構ってる場合じゃねェんだよッ!」
「・・・どうしたの?って瞬くんがいないわね?」
「その瞬が問題だ。どうも様子がおかしい」
「瞬くんの誕生日が近付いてるからじゃないかしら?それでうきうきしてるとか!」
「それも考えた・・・でも去年まではそんな風じゃなかった・・・謎」
「私がプレゼント楽しみにしてて!って言ったら顔を白黒させてたわね。その頃から様子がおかしいのよね」
「「「「「(・・・・それは・・・)」」」」」
「ち、ちなみに南先生!瞬に何をやるつもりなんだ?」
「そうねーまだきちんとは決めてないけれど、マフィンなんかがお手軽でいいかな?とか思ってるの」
「「「「「(・・・・・)」」」」」


彼女の手料理はなんというか個性的なものが多い。
彼女の手作りのお菓子だと聞いて顔が引きつるのも仕方がないことだと思う。 しかし、それなら恐れおののくものの、うきうきした状態には南先生には悪いがならないと思う。 B5はそれぞれ南先生の顔を見ない様にしながら、考えを巡らせる。
と、そこで問題の南先生がぱんっと手を叩いて声を上げる。


「その時に先生も一緒だったわ!そのプレゼントが楽しみ〜とか?」
「「「「「(・・・それだ!)」」」」」


そういえばこのうきうきっぷりは今だけではなかった事をB5達はたちまち思い出した。
南先生の補習もそうだが、特に先生の補習にはかなり積極的に参加しているらしい。
その事はB5も薄々ながら知ってる。それは南先生にも少し分かってしまうくらいに。 誕生日のプレゼントを彼女から渡されると知れば、嬉しくなってしまう気持ちも分かる。 なるほど、あの上機嫌の裏にはそんな事情が・・・。だったら南先生のマフィンの悪夢も 乗り越えられるはずだ。
B5達は、力強くうなずいた。









七瀬の誕生日当日を迎えた、その日。七瀬はかなり落ち着かない様子で放課後、バカサイユにいた。
ちなみに図った様にバカサイユは彼1人のみである。他の連中がいないのはかなり 珍しい事だけれど、そんなことに気が回らないくらいに彼は舞い上がっていた。
実際はその他の連中はバカサイユ内にいて、七瀬の様子を見ているのだが、この状態の彼がそんな事に気が付くはずもない。 傍目にはバンドの歌詞を考えていたりなどなど、そんな感じに見えるように工夫はしているのだが。
そんな静かに静まり返ったバカサイユに1人の来訪者が現れた。彼らの副担任、である。


「瞬くん!・・・って、ああ、邪魔しちゃったかな?」
「いや・・・大丈夫だ。なにか、用か?」


その用を自分はずっと待っていたというのに、そっけない様子で答える。
その歌詞のばらまかれた紙の横には、同じく南先生からもらった真っ黒すぎてよくわからないマフィンが 置いてある。恐ろしい事に南先生は「味は大丈夫!だから安心して」とかなりいい笑顔で 押しつけてきた。ふらりとめまいがしたけれど、彼女のそのプレゼントは多分良かれと思ってやってくれた事だと 思うので七瀬自身は何も言えまい。お礼を少々上ずった声で述べたのを気が付かれなければ良いのだが、まぁ南先生は 変わらない笑顔だったので、大丈夫だろう。


「じゃーん!見てこれっ!私からの誕生日プレゼント!」
「・・・これは、」
「「「「「(・・・・・はっ?!)」」」」」


彼女の手にあったものはまぎれもなくただの一枚の紙。しかしただの紙ではない。 飛び交う様な値段の羅列と商品。「お買い得」とかいう文字が紙面で踊っている。そう・・・スーパーのチラシだ。
B5は思わず脱力した。まさかのまさかでただの一枚の紙だとは思いもしなかった。ずっこけてしまいたい、と誰もがそう 思い、それでも七瀬を見守る事を止めない。
そう、誰もが七瀬と先生を固唾をのんで様子を伺った。まさか、七瀬もこんな紙を渡されるとは思いもしなかっただろう。
無邪気な彼女の笑顔に押されて、しぶしぶ紙を受け取る。いつもお買い得だとかおひとり様3個まで、とかいう言葉に 弱い七瀬ではあるが、気になっている彼女にこのような仕打ちをされてへこまないはずがない。
「可哀相に・・・ゴロちゃんだったらポペラ泣いちゃう」と呟く風門寺の口を慌てて塞いだのは空気が読める草薙である。


「瞬くん?どうかした?・・・あんまり嬉しくなかった?」
「・・・い、いや、あんたから貰えるならなんでも嬉しい」
「そっか、良かったー!安心したよ」


彼から言われれば舞い上がってしまう女の子はたくさんいるだろうに、彼女は至って普通に受け答えした。
ああ、そういうところが駄目なんだ!たまらない気持ちになる。 自分の気持ちに気が付いて欲しいと思って、時々こういう発言をするのだが彼女は普通の女の人とは違う。 それに気がつかれない事に自分でも安心しているのかもしれない。やっぱり彼女は違う、特別なのだと思い知るから。
それは嬉しいことで。自分の気持ちが伝わらないのに少し嬉しくなってしまうのはおかしいのか?などとも考えたけれど。


七瀬を見ても無駄にうるさく付きまとうこともないし(逆に七瀬は構って欲しいが為に、宿題をわざと忘れるなどの 作戦に出ている・・・があまり効果はない)、大雑把な割に、本当に必要な時は彼の気持ちを汲んで引いてくれる。
彼女のそういった所が七瀬は純粋に好きだった。好ましいと思えたから。今は、これでいいんじゃないか、と思って 笑顔で彼女を見る。そうして彼女はバカサイユの扉に向かう。プレゼントを渡したから帰るのかと思いきや、ドアノブを捻って から、くるりとこちらを見る。どきり、と心臓が音を立てる。


「瞬くん!」
「な、なんだ?」
「なに、ぼけーっとしてるの!行くよ」
「は?・・・ど、どこに行くんだ?先生」
「どこって、スーパーだよ。一緒に行くでしょ?おひとり様1個までが残ってるといいけど」
「スーパー、はは、そうか。ありがとう、先生」
「瞬くんたら変なの、いつでも付き合うってば」
「そう、だな。でももう一回言わせてくれ。ありがとう」
「今日は瞬くんの誕生日なんだから、わがままくらい言ったっていいんだよ、ね?」
「・・・ありがとう」


もう一度繰り返した自分に先生はなんでもない様に笑い返した。
その笑顔が七瀬にとっては、なにより大事なのだと思わせたのだった。







笑顔の褒章
「なぁ、俺たちかなりお邪魔だったんじゃ・・・」
「でもあのチラシからじゃ良い雰囲気になるなんてポペラ思わないよ!」
「まぁ、な。だが、瞬が喜んでいるのだから問題はないな」
「あァ、ようやくあの気持ち悪ぃナナから解放されると思うと、嬉しいぜ」
「・・・まぁ、終わりよければすべてよし、って言うし・・・うん」



七瀬お誕生日でした!


(091122)