さみぃ、という言葉と共に吐かれた息は白い。
まぁその言葉を素直に受け取るのならば、寒いならその半ズボンを長いのにすればいいじゃないか、という感じが するけれど、その案は口に出すと同時に却下される。横暴である。
…もしかして自分が長ズボンとか気持ち悪ぃ!とか思ってんじゃ「黙れ!このヤロ…!」

…私まだ思っただけで何も発言してないのに。つーか私先生なのに、なにこの扱い。 ふてくされて下を向く。


そんな訳で私は…いや私たちは校舎の玄関ホールにいる。私は補習のプリント作りを 南先生とやって帰る所に悪戯なまだまだ手のかかる生徒、仙道清春くん が現れた。
なにをやっていたかはご想像通りで、おおよその検討は残念ながらついてしまった私はこの後の予定がないという彼に 補習を行った。
なんて有り難い事をしたんだろう!と思い空を仰ぐ私に対して清春くんは苦い顔である。


「オマエが嫌がる俺様を無理ッ矢理、連れ去ったんだろがッ…!」
「えー、なぁーに?聞こえなーい」


そんな清春くんは、今、私の横で夏も冬も変わらない半ズボンの ポケットに手をつっこんで、かたかた震えている。
…震えるくらい寒いなら何か着ればいいのにねぇ、と思いながら私は隣に立つ清春くんを見やる。あーあ頬が 真っ赤だよ。さみぃ、と彼はもう一度呟いた。そりゃ寒いさ、と私は返した。
マフラーをしているものの、半ズボンから出た足からの冷えは相当なものだろう。 それにしてもこのマフラー…B6みんな同じスタイルのものだ。あ、一くんがみ んなのを編んだんだ!って言ってたっけ?いいなぁ…。


「一くんは作ってくれるらしいし…頼もうかなぁ」
「(ナギの奴…!)もう羊の刈る毛がねェ、って言ってたぞ」
「え!やっぱB6分しか用意してないのかな〜」
「知らねェ、俺ッ様に聞くんじゃねェよッ!」
「そんなに怒らなくたって。いつも一緒にいるんだからついでに、って思っただけだよ」
「……」


隣に立つ清春くんはかたかた震えるばかりで返事を返してはくれない。だから上に 着なさいって言ってるのに。受験生が風邪でもひいたら…!と気が気でない状況 だと言うのに、まったくこの子は意地っ張りと言うか、なんというか。
そんな彼がなんだか可愛く思えて、彼の頭をぽんぽん、と軽く撫でたのだった。・・・かなり嫌がられたけど。


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とかとかそんな回想がよぎる。
今、私の隣にいるのはあの頃の彼より大分心も体も大きく 成長した(と信じたい)清春くんだ。…若干露出度は高くなり、頭も寒そうだけど。



「…?じっと見たりして俺ッ様に惚れたかァ?キシシッ…」
「(やっぱ人間そんなに変わらないなぁ…)」
「…黙ってないでなンとか言えよ」
「はぁ…いや、5年経っても変わんないなぁって思っただけ」
「あァ、そーいや5年前もこんな事あったなァ…」


そう、5年前のあの時と同じように私たちは玄関ホールに立っている。
もちろん、聖帝は改装されていてあの時の面影は残ってはいない。そして生徒だった清春くんは今は先生として、 隣に立っている。


「仙道せんせ「仙道センセーなんて今更白々しく呼ぶんじゃねェぞ」
「あぁ、ごめんごめん。ねぇ…清春くん」


あの時大雪に気が付かなくて学校にとり残されそうになったのも今思い返せば良い思い出ではあるけど。 そういえばあの時は、


「…ほら、」
「…?なに、お金なんてないよ」
「違うッつーの!!手ェ出せ」
「…?手?」
「いいから、早く貸せッ」


強引に手を取られてそのまま降り積もる雪の中をじぐざくと歩きながら、門へと歩いて行く。 なにがなんだか分からなかったけれど、連られる様に歩く。
……あぁ、そいや5年前はこの道、清春くんの悪戯トラップまみれでさらに白い雪でまったく分からなかったから 酷い目にあったんだっけ。…もしかして。


「お前がまァーた、可哀相な目に合わない様にわざわっざ手を引いてやってんだヨ!」
「…ありがと」


思い当たったと同時に掛かる声。5年経つとやはり変わるものなんだろうか。どんなに聖帝の小悪魔、だとか言われていた としても。清春くんの手は今も5年前も変わらず温かい。彼は言動から誤解されやすいが、ただそれだけではないことも 私は知っている。まぁ、実質的被害は私が受けているわけだけれど。そうでもなければこの彼が多忙な今、ここにいるはずもない。
それをしみじみと感じながらしんしんと降り続く雪の中、聖帝を後にしたのだった。


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翌日、私が昨日降った雪を眺めながら廊下を歩いていると、女子生徒が生暖かい目をしながら近づいて来た。
そういえば今日はまだ3限目終わりだというのに、このような視線に晒されるのは何回目?というくらいに 思えてきた。別に私自身は変わったところなんてなにもないのに・・・何故?


せんせー、聞いたよ。駄目だよぅ。今はPTAとか五月蝿いんだからさぁ」
「それにしても、先生もなかなかやるよねぇ」
「え?は?な、なに?…何の話?」


聞き返してもにやにやしていて答えてくれそうにない。ハテナが回るばかりだ。うーん、なんかした?と1人考え込んで いると、ふいに後ろからどさっと体重が掛かった。 瞬時に今話していた女子生徒たちがさっと赤くなった。……まさかこの反応は…。彼女たちの反応とは逆に私はさっと青くなった。 怖い…後ろ向くの怖い…!


「おはようございまーす。せんせい」
「きゃー!那智くん!?こんな所でツイてるぅ」
「…………げ。ほ、方丈く「げ、って酷いなぁ。それに俺の事は那智でいいっていってるじゃん」
「あははー、またまた方丈くんてば・・・はははー」
「華麗にスル―したねー。そういえばせんせい?昨日仙道せんせいと手を繋いで帰ったってほんと〜?」
「…は!??」
「違うよ、那智くん。私が聞いた噂だと先生と仙道先生は5年前から付き合ってて…、」
「えー!私は二人は一緒に住んでて、毎日悪戯ばっかりな仙道先生に振り回されてる、って…」
「…は!!??」
「なんか昨日くらいからメールが回って…あ、ほら写メ付き」
「な、なにこれ…?!」


そこには確かに手を繋ぐ…昨日の私と清春くんがいた。いやまぁ確かに誤解はされるかもしれな いけど、でもトラップの数々を避けるには、これしかなかったし・・・それにそういうつもりはまったくなかった。 ただ悪戯にハマりたくないという一心で必死だった。・・・が、写メだけではそれが判断できなかったらしい。


「だ、誰がこんな…はっ!だから今日みんながやたら生暖かい目で優しかったのか!」
「それ多分仙道せんせいに何されるか分からないからだよね」
「……うん。ごめんなさい。」
「せ、仙道先生の悪戯は先生のせいじゃないよ!」
「そうそう!それに仙道先生は悪戯だらけだけど、肝心な所ははずさないし!」
「なんだァ、オマエら。こんなとこで俺ッ様の噂かア?シシッ」
「うわ、仙道せんせ…「?…んだよ、他人行儀なフリはもうヤメロって言っただろォが」
「…は?ちょ、大丈夫?どうし「せ…仙道先生ってば…!きゃーっ!先生、愛されてますね」
「やっぱり噂はほんとだったんだぁ」


語尾にハートマーク付きそうなくらいの勢いで彼女らが言う。
よ、良くない良くない…全然違うってば!!必死で首を横にふるけれども、彼女らは私に対して親しげに肩を抱き寄せてくる 清春くんを前にして思考回路を止めてしまっているようだ。
どうあってもこの噂を広めたいらしい清春くんはニヤニヤ笑いを止めない。 きっとこれだって面白いから、という理由からだろう。現に私が否定しても目の前の女子生徒たちはもう完璧に信じて しまっている。困り果てた時に掛けられた声。…方丈くんだ。心なしか笑顔が怖い・・・。
清春くんはニヤニヤ笑いを消して、肩を抱いていた手を離した。


「今時、手くらい誰でも繋ぐよね。ほんとせんせいと仙道せんせいは仲が良いんだから〜。ね、せんせい」
「…!そ、そうだよね〜。手くらいは!!」
「だよね〜。せんせいと俺がつないでも全然問題ないもんね」
「そうだね〜…ん!?」
「あはは、ねー。せんせい」


声と同時に取られる手。あれ、なんかまた良いように誘導されたような…。しかし握られた手が離れる事はない。
あ…、やば!清春くんが青筋立ててる。あれ本気でイラついてる顔だ。 な、そんなに怒らなくても…!もう十分悪戯は成功したと思うんだけど…。


「…テメ、手ェ離せ」
「へぇ〜仙道せんせいでも怒る事あるんだ。へぇ〜、珍しい事もあるんですね」
「オマエ…ッ!」


苦々しい顔で吐き捨てた清春くんは私の空いている方の手をがしっと握った。痛い痛い…!握られている手が 悲鳴を上げる。尋常じゃない力だ。しかしこれで右手は方丈くん、左手は清春くんとがっちりホールドされてしまった。 こっそりと女子生徒たちに目線で助けて・・・と送るが、華麗に逸らされてしまった。


「大人げないですよ〜。仙道せんせい」
「あァ?こいつはオマエと会う5年前から俺ッ様のものって決まってんだよ!」
「誰のものって…誰のですか?少なくても仙道せんせいじゃないと思うけど」
「じゃ、・・・えーっともう私たち次の授業迫ってるから行くね、ばいばい先生!」
「へ?!あ、ちょっと待ってよ・・・!(この状況で置いていかないで・・・!)」
「ううん、私たちの事は気にしなくて良いから・・・!じゃあね先生!」
「(そんな笑顔でさわやかに去っていかないでぇええ!)」

「おい、オマエ。いつまでもチョーシ乗ってンと酷い目に遭うぜェ?」
「わー、仙道せんせいってば怖いなぁ。俺、背後には気を付ける事にしますね」


こんな感じの会話が私の頭上で繰り広げられた後、4限目を知らせるチャイムが鳴り響くまでこの攻防は 続いたのだった。ここまでチャイムを有難いと思った事は、これが初めてであろう。







故意の行為を

     恋といいます

「なななな・・・なーんだこれは!どういうことだ!」
「どうしたんだー、翼?そんなに携帯握りしめて」
「なになに・・・ゴロちゃんにポペラっと見せちゃってごらん?・・・・げっ」
「これは、大変。・・・早く対処しないと・・・ね。トゲー、準備しようか」
「トッ、トゲー!」
「わー!先生がこんな事に!仙道、貴様許せん!どど、ど、どうして仙道と先生が手を・・・!」
「お、落ちつけ、瞬!わなわなするな、携帯握りつぶすな!・・・修理費かかるぞ!」
「・・は!そ、そうかこんな時こそ落ちついて行動だ」
「永田!永田はいないのか!緊急事態だ!!」
「キヨー!もうどうしてこうなるのさ!」





(091204)