身体が芯から冷えてきた気がする。と思ったのは本当だ。
それもそのはず、今日は珍しく雪が降ったのだ。積もるような雪は珍しく、それを横目に学校にて残っていた書類を 片付けていたのだけれど……………まさか、こんな事態になるとは誰が予想しただろうか。
しかも今日は私が1番最後まで残っていたから、他の先生方はすでに帰宅してしまった。 一緒に残ると言っていた南先生を帰し、優しさから、送ろうかと言ってくれた鳳先生を帰し、 何故かあたふたしていた真田先生と逆に冷静すぎる二階堂先生の帰宅の申し出を断り、 微笑を浮かべた衣笠先生のありがたーいお誘いを断り、どうやら鳳先生から逃げ回っていたらしい葛城先生を九影先生に 引き渡して急いで帰した………その間に私はB6の書類を片付けていたのだが…、

ずきずきと痛むこめかみを解しながら、玄関へ急ぐ。
どうも頭が痛い。いや、この痛みは先程B6のテスト関連の書類だけのせいではないのがまた頭を重くする。 すでに校舎内はちょっと不安になるくらいの暗さで、少し…ほんの少しだけ恐怖心を煽る。 急いで帰ろうとして足を早めたその時だ、……前から足音がする。
ひたひたと言うその音がだんだんと近づいてくるのをぼうっとした頭で聞いていた私は、曲がり角で何かとぶつかった。 頭にごつんと当たったところが痛いというよりは、冷たく気持ち良い。


「んー…」


動かずそのまま頭をそこにつけたままで突っ立っていると困惑した様な声 が上から降ってきた。


「先生?ど、どうかしたのか」
「んー?…なにがー、」


声を掛けてきても無視をしてそのままでいると焦ったような声と慌てた様子が感じられる。
ばたばたと慌てる様をぼんやりと見つめながら、そのまま視線を上に上げると、若干引きぎみな顔の瞬くんだった。 長い赤髪が暗い中でもよく目立つ。視線を逸らすと耳が赤い。…もしかして風邪?瞬くんはそれに首を傾げて見せる。 流れる髪が相も変わらず美しい。


「せ、先生?そろそろ離れてくれないか」
「あ…ああ、ごめんごめん…つい、気持ち良くって!」
「…?」


ひんやりとしていたのは瞬くんの制服の大きく開いた場所にある胸板だったらしい。そこにおでこをつっこんでいた奴の 言うことではないが、寒くはないのかその格好は。
露出度で言えば清春くんには負けるけど。その名前を口に出すと思いっきり嫌そうな表情を瞬くんは作った。


「そんな嫌な顔しなくても」
「嫌なものは嫌なんだ!」
「はいはい。分かったから…どうどう」
「クソッ、これが落ち着いてられるか?!大体制服なんてどうでも良いだろう」
「だってそんな寒そうな格好してるし…つい。寒くない?」
「寒いどころか…あ、暑いくらいだ!」
「…?」


何故かを聞いたけれど答えは返って来なかった。都合が悪くなると途端に黙り込む様子はなにかある、と思わせるに 十分だったけれど、私の優しさからそれについては黙っておいた。


「それで?なんでこんなとこに?もう生徒は皆帰ったはずだけど」
「さっきまでバカサイユにいたんだが、帰ろうとしたら職員室の電気が付けられたままで、気になって…」
「ああ、なるほど、電気代が気になったのね、さすが主夫!」
「(違ーっう!!!!)」


                    ◇     ◇     ◇


内面で叫び出したくなる気持ちになるのはこれで何回目だ?思わず遠くを見てしまうのを必死で押し止めて、 なるほど、とうんうん頷いている彼女を見る。
まったくもって自分の気持ちは伝わらないので、まさか分からないふりじゃないか?!と思いながら、ふと彼女の 様子がいつもよりもおかしい事に気がつく。…手を彼女の額にやると、想像よりも熱い熱をこちらに伝えてきた。


先生!熱があるじゃないか!何故早く帰らないんだ!」
「へ?…ああ、暑かったのは気のせいかと思ったら…あはは…」
「早く帰らなきゃまた熱が上がるぞ」
「うん、そうだね…そうする…」


とは言うものの、その場からは動く気配がまったく見られない。訝しんでいると、先生はいきなり服の裾を掴んだ。


「…せ、先生?!どうかしたか?!」
「もう一回…だめ?」
「駄目ってなんの事だ…!」
「その…頭をもう1回…、くっつけて良い?」
「…ああ、別に構わな、」
「ありがと・・・!」


返事は上擦ってはいなかっただろうか。見上げてくるのは熱が上がって少し瞳が潤んだ彼女だ。はっきり 言ってあまりの破壊力にしばし固まった。 しかも普段は元気に走り回っている彼女からは想像もつかないくらいの弱々しさはなんとも庇護欲をそそる。
その彼女の普段の生活は真壁のバイクにタックルしたり、草薙の猫と威嚇しあったり、風門寺のメイク講座を わきあいあいとやったり、悪戯をする仙道を追い掛けたり(七瀬から見ればあれはただ構って欲しいだけだ) 斑目の白いもの達と戯れていたりする波乱万丈な毎日であるが、 一言で言えば今の言動はかなりのギャップであると言うことだ。
自分は熱が出ていないはずなのに、くらくらとする頭を 押さえる。きゅっと制服を掴む彼女が可愛らしくて、ついつい年上の女性だということを忘れてしまいそうなくらいだ。


「(耐えろ…っ!抑えろ…相手は病人病人病人…!)」
「瞬くん?大丈夫?」
「あ、ああ…」
「なんか瞬くんも赤いけど…私はいいからちゃんとあったかい格好をして!ほら、早く帰ろう?」
「…先生、」
「ん?」


                    ◇     ◇     ◇


疑問が飛び交いふらふらする頭を軽く振って瞬くんを振り返れば、こっちへずんずん進んできた。 と思ったらいつの間にか手を取られていた。それはあまりに素早い動きだったのでしばし呆気に取られてしまったけど。


「…玄関はこっちだ。帰るぞ先生」
「…っ、あはは、ありがと」


不器用な言葉を紡ぐ彼を見やれば、先ほどと同じく彼の赤い髪と同じ色にまで染まった頬が見えて。
そっと笑って見せれば、優しく握り返される感覚が心地良くて、私は嬉しく思ったのだ。








微熱の魔法
「おーおー。どうすんだよカベェ」
「なっ、ま、まさかこんな事になるとは思わなかったんだ!」
「もーっ!作詞中のシュンがいっくら恥ずかしいからって皆で知らんぷりして帰ろうとするからこんな事になるんだよ!」
「うう…僕の、先生が…。トゲーに言って乱入してもらおうかな…ふふ、良い事思いついた・・・」
「うげっ…瑞希、目が笑ってねーぞ!」

・・・・・・

「センセー!センセ!センセ!昨日は変な事されなかった?大丈夫だった?!」
「な!なにを・・・風門寺!俺は別になにも、」
「は?昨日・・・?変な事って・・・なんか、あったっけ?ごめん、覚えてないや」
「そう、そのままその記憶は封印すると良い・・・ふふ」
「瑞希くん?今日ご機嫌だねぇー。そうそう、昨日は熱があってね、それでちょっと前後不覚でいつの間にか家のベットで寝てたの」
「・・・・っ」
「・・・ちょ、ちょっとシュン!そんなポペラ泣きそうな顔しないでよ。ゴロちゃん達のせいじゃないんだからさぁ!」
「ううっ・・・お前たちなんか・・・・大っきらいだーっ!!!!」(走り去る音)
「ど、どうしたの?瞬くん、今日は情緒不安定だね」
「あー先生、そこんとこは触れないでやってくれ、男として、不憫だ・・・」
「ハーッハッハッハ!瞬、抜け駆けするとこういう事になるんだ、思い知ったな!」
「ナナァ、ごしゅーしょーサーマでしたァ?ケケケッ」



そういうオチだよ!

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