「えーと、それでは…テキスト45ページを開いて…」


そう言った所で開く気配すら見せない彼らはかなり怒っている。というか…拗ねている。
これが4月当初なら、テキストを開かないなどなどは当たり前だったけれど、今は2月だ。 とうにそんな時期は過ぎた。大事な時期なのにそんな様子ではダメだ!と思う。A4をどうしたら良いかなんて 今更な問題だ。それに今回はなんでこうなったのか分からない。
そんな珍しく彼女が出した沈んだ声は暗く教室内に響いたが、他に物音はまったくしない。 いつもはかなりの大騒ぎで止める事はかなりの苦労を強いられるけれど物音ひとつしないA4の補習もそれは それで苦痛だ。


…はぁ、なんでこんな事になったんだっけ?私は凝り固まった肩をそっと解し、昨日彼等の為に夜更かしして 制作したプリントを脇に抱えてあくびをかみ殺しながら、教室を出た。
ため息を人知れず吐いて、私は職員室へ向かう。











「あーあ。マジマジドマジに先生、絶対怒ったよ、あれ」
「教室出る前にふっかぁーいため息ついてたよ〜」
「だってしょうがねえだろ!?あいつ、クラスAに行くってんだから!」
「まぁ…天の気持ちも分からなくはない」


がらんとした教卓を見ながら一同揃ってのため息。しかしながらこんな事になったのも他でもない自分たちのせいだ。
早くも後悔がA4を襲う。即行動は見習いたいくらいだけど、それでも後先考えず行動することが多いので、残念な結 果に終わることが多い。…今回みたいなことがそうだ。


「オレ、見えちゃったんだよね…目に涙が浮かんでたとこ」
「ピーちゃんも?実は僕も偶然発見しちゃったんだよねぇ」
「教室から出る寸前…確かに見えた」
「は、はぁ!?あいつが泣くぅ?!な、な、ななんかの間違いじゃ…?!」
「天、動揺しすぎだ」
「女の子を泣かすなんてMSN、マジ趣味じゃない系?」
「でもあのセンセーが涙流す所なんて見たことないですなぁ、もしかして貴重かも?」
「あのB6の卒業式でさえ、担任は号泣だったそうだが、あいつは欠片も泣かなかったらしい…」


全員が頭上にそれぞれ思い浮かべる…副担である彼女が号泣するところを。しかしそれより早く首を左右に振る。


「…無理だ、想像できん。想像する事を俺の脳が否定する」
「確かに…チィちゃんの言う通りだね。笑顔以外は浮かびそうにないよ」


いいことなのかそれは、と考えてしまう。つまりそれは自分達にそんなに気を許してないってことじゃ?
…嫌な予感がよぎる。自分たちが嫌になってクラスAに配属願いでも出したんじゃ?と4人の想像がひとつ になった。口早に各々が意見を出す。


「来週からだよね?クラスAに行っちゃうの」
「おう、俺様の聞いた話だとそうだな」
「このまま別れちゃうなんて淋しすぎるよ〜!」
「くぁあ…喧嘩別れというのは特別、面倒だ…」
「それに乙女の涙は、マジマジドマジにつらいよね、うん」
「そりゃアイツが行かなければそれに越した事はねぇけど、」
「じゃあ、お願いしまぁーすって言いにいこうよ」
「やっくん、ソレいいね!」
「頼み込みか…まぁ、悪くはないんじゃないか」
「へ?!は?!どういう事だよ?!」
「だーから、クラスAに連れてっちゃわないでってほじょあにとほじょおとに頼むんだよ〜」
「あいつらにだぁ!?」
「天、今は手段を選んでいる場合じゃない」
「確かにそうだね。時は金なり?だっけ」
「おっ、ピーちゃん。頭が良い人みたいナリぞ〜」


きゃははっと笑い声がアホサイユの中に響く。その声に釣られて顔を上げる。


「やっぱアイツがいないと、なんっかしまらねぇよな!」
「行くのか、天」
「おっと、突撃しちゃいますかぁー!」
「覚悟決めなきゃね。HTK、早く取り返したいし?」
「おうよ、行くぜ、おめぇら!」
「「「「おう!」」」」


教室を飛び出す彼等は、そのままの勢いでクラスAへと走り込み、突撃を掛けたのだった。
それがどんなに迷惑な事かを考えるような頭はあいにくと持ち合わせてはいなかった。











「なんだ…?クラスがやけに騒がしいようだが」
「なんだろーね?急な小テストでも告知されたのかなぁ?」


生徒会室から教室へ帰ってくる途中で喧騒が聞こえて来た。近づけば近づくほど騒ぎは大きくなるばかり。
方丈兄弟は歩みを早めた。歩く速さではないが、あくまで走ったとはならないくらいの速度である。 さすが、緊急事態にも変わらぬ優等生っぷりである。廊下は走らない、これ基本。


「騒がしいぞ!何事だ!」
「ものども〜であえ〜であえ〜、なんちゃって」


教室に飛び込む様にして入ればそこにはアホを具現化したような奴らが集まっていた。大変な騒ぎだ。
そして実際に阿呆だ。まぁ、言わずもがなA4の連中である。


「おう!方丈、やっと来たか」
「おう!じゃないっ!一体なんの真似だ、アホ宮!」
「あはは〜、成っちょ。兄さんには逆らわずにちゃんと答えてね〜はい、3、2、1」
「突撃だといったら神輿だと天がゆずらなくてな」
「そう言う事を言っているんじゃない!」


やっぱり騒ぎを起こすとしたらこいつらか、と頭がずきずきと痛むのを堪えて向き直る。
すでに教室内は神輿が担ぎこまれていて、4人はそこに乗っている。見上げながらも声を張り上げると やっと気が付いたのか、口上を述べ始めた。しかもすぐ近くにいるのにメガホンで叫ぶもんだから半端ない声量だ。


「俺たちはー、あいつが戻る事をー要求するー!」
「くぁあ…こうなったら誰にも止められん…面倒だから早く返してくれ」
「あのワンダフルなビーナスちゃんが欲しいっての分かるけど、オレらから離したらダメダメ系ー?」
「独り占めなんて許せないですなぁ…みんな平等!」


メガホンを回しながら口々に言うA4に目眩がしそうだ。何かを返せという要求みたいだが、 あのアホ宮に借りたものなんてなにもない。あいつって誰だ・・・?思考が止まった慧に那智はこそこそ耳打ちをする。


「なんかせんせいの事みたいだよね」
「は?!それは借りるとかそういう問題じゃないだろう!」
「だよねー。きっとせんせいの事でなんかあったんじゃないかなぁ?」
「成る程!さすが那智だな!」
「いやいや〜それほどでも〜」
「やいやいおめぇら!なにこそこそ話してやがんだ!」


のけ者にされたら黙ってはいない、とばかりにくるりと神輿を反転させて兄弟の前へ向き直る。無駄に芸が細かい。 華麗なターンである。


「お前ら…本当に何をしに来た」
「あいつがクラスAに行くって言うからそれを阻止しに来たんでぃ」


そういえばクラスAに臨時で手伝いに入るとか担任が言っていたような。
そんな事を思い出して、方丈兄弟は呆れ返った。彼女がクラスAに来るのはたった1週間。しかも授業中のみ。
いつもべったり補習なA4とは違い優秀なクラスAは授業後に強制的な補習などある訳がない。 だから必要がないのだ。そんな短い期間も我慢出来ないのか、と思う。
ただでさえA4のお守りでいっぱいいっぱいな先生に関わる事が少ないのだ。いつも甘えっぱなしなA4には それを考えてもらいたいくらいだ。…しかしそれをそのままの形で伝えるには些か直球過ぎた。

クラスAの副担が怪我かなにかで抜ける為に、クラスZの副担がどっちも監督するという事になったのはつい最近 決まった事だ。 とは言ってもクラスAは手を焼かせる生徒などいないので ほとんど名目上だけれど。それでも内心は少し嬉しかったりしたのだ。
なのに、そんな自分たちからまたしても彼女を奪うと?・・・そんなの願い下げだ。


「…断る」
「ちょっーとそれは叶えてあげられないお願いだなぁ」


立ちはだかる様にそう答えたP2の言葉に被る様にしてやっぱりここにいた、と呟く声が教室に届いた。
ぱっと振り向けば教室の入り口で呆れた顔をして腕を組んでいる副担の姿が見えた。 やっぱりと言うことはこの事態を予測していたと言うことだろうか。まぁ彼らの暴走なんて、大したことないとも 思っていそうだけれど。
他の先生なら真っ青になるような事態を鼻で笑うのが彼女だ。 いつも余裕綽々な所が無駄に頼もしい。ただの教師だろう、なんて自分たちが思っていたなんて思えないくらいの心の変化に自分たちが一番驚いている。
そんなP2を見た彼女は疲れた顔をしていた。表情から察するに「お疲れ様」とでも言い出しそうだ。 そのまま見守っていると彼女はつかつかと神輿の前まで来た。あ、ちょっと成宮がびびっている。怖いのだろうか。 自分たちはもちろん怒られた事もないので、彼女がどれだけの迫力を持つのかその身で体験した事はないけれど。


「こんな所でなにやってるの」
「げ!なんでおめぇがここに!・・・何やってるかってーと、あー、・・・」
「迷惑かけちゃダメでしょーが。ほら、不破くんもなんで止めないの」
「いや、俺は面倒だが一応止めたぞ」
「嶺くんも!多智花くんも!」
「だって先生がいなくなったら寂しくなっちゃうでしょ?マジマジドマジに」
「先生がクラスAに行くなんて絶対嫌!」
「あのねぇ、行くって言ったってたかだか1週間だけでしょ?それを何をぐだぐだ言ってんの」

「・・・・」
「・・・・・・」

「・・・・1週間?」
「俺たちが嫌になって配属変更したんじゃないのか」
「てっきりぼくたち飽きられたんだと・・・」
「なぁんだ、そうなの?焦って損しちゃったね」


あっさりとそう口ぐちに呟きながら、あっさりと神輿から降りて教室から出ていく4人。
あまりのあっけなさに慧などは開いた口がふさがらない。那智はただただ面白そうに笑うばかりである。 神輿がなくなったクラスAの教室はがらんと広く見えた。


「ごめんね、うちの生徒が迷惑かけて。行動力だけはあるから」
「あ、ああ・・・別に構わないが・・・あれでいいのか?!あれで納得したのか?!」
「いいんだよ、きっと」

軽く謝罪をしてひらひらと手を振りながら出ていくクラスZの副担の足取りは軽やかに見えた。
その背を見送って、やっぱりA4を束ねる副担だけあって、他とはどこか違うのだな、と納得したのは 言うまでもない。





空回りフルスロットル









(100227)