「   」



その一言がどうしても言えなくて、ゆっくりと気が付かないように吐いた息が小さく震える。
目の前に立っている相手は不思議そうに首を傾げるばかりで、俺の言いたい事や、雰囲気に気が付いた 様子はない。きゅっと握った補習のプリントがしわになったのを感覚的に感じる。


しかしこれを何回繰り返すんだ、と言う意味を込めたため息は、相手にも不審を感じ取らせた様で、 名前を呼ばれる。でも俺はその先の言葉を言う事が出来なかった。
いや、副担と生徒という関係のままであったら、ずっとこういった穏やかな関係が続くのだったら、 無理に想いを告げなくても、このままでいられるという臆病な感情が顔をのぞかせたのだ。


だから俺は言葉にするのを止めて、曖昧に笑った。副担もそんな俺の気持ちなど知る由もなく、 朗らかに笑った。
そして俺は、このままでいいと、自分の気持ちに蓋をしたのだ。曖昧な笑いの間に、不甲斐なさを感じながら。 卒業する、その時まで。





卒業してからというもの、多忙な日々が続いた。今までのツケがどっと来ているようであったけれど、 それすらも乗り越えてやろう、と自信満々な自分が顔をのぞかせた。 副担相手にもそういう風だったらいいのに、と思いもしたけれど、仕事に忙殺されているふりをして、 気が付かないふりをした。

好きで好きでたまらなくて、とてつもない想いを抱えながらも言えなかったあの言葉を。
あの時は子供すぎて、言えなかった言葉。今では大人になった為に言えなくなった言葉。 結局なにかに理由を付けないと言えないあの言葉をまだ言えずにいる自分が一番不甲斐ない。 そう思いながらも、メールも電話も出来なくて女々しくなったものだ、と苦笑して 携帯をしまった。







毎日毎日があっという間に過ぎていくそんな時、偶然、副担に出会った。
向こうはまたもや問題児の相手をしているらしく、参考書を見に本屋に来たと言った。 対する俺は、一気に子供に戻ったかの様に、黙りこむだけで笑顔の彼女を見る事が出来なかった。



なんだか、卒業式の時を思い出す。「よく頑張ったね、卒業おめでとう」と明るい声を掛けられた時、 俯いたのを思い出した。
あのときは俯くしかなかったのだ。だってどうしようもなく彼女が 霞んで見えたから。次に顔をあげた時には俺はさぞ微妙な笑顔だったに違いない。



そんな俺にもようやくその時が来たのだろうか?
ずっとずっと言えなかったのに、この瞬間に言えるとは到底思えないけれど。 こんなに自分の気持ちを偽り続けたのはいつぶりだろう。
いつも思った事は言えていると思ったのに。
反射的に副担の手首を握ってしまう。しまった、と 思ってももう遅い。気持ちを抑えつける事は出来ても、行動まで押さえられなかった自分の落ち度だ。



「・・・・翼くん?」
「・・・・・・・・・っ!」



ぎゅっと握ったその手からああ、気持ちが伝わればいいのに。






まだ覚悟が足りない
       「臆病にもほどがあるな・・・」





真壁誕!!


(100814)