目の前をうろうろ、うろうろとされれば嫌でも気になってしまうのは仕方がないと思う。
それに私はまだここに来たばかりで生徒とも仲良くなれてはいない。距離を縮めるなら自分からいくしかない。 だから私は当然のことをしたまでだ。教師としてね。







うろうろとしていたわけではない。ましてやさぼっていたわけでもない。
事実今は授業も終わった時間で、それぞれ練習やら補修やらで時間を使っている。 そして別に迷っていたわけでもない、だというのにどこからか飛び出してきた教師に俺は今 案内をされている。
や、だから自分で帰れる、帰れるって言ってる「いやいや、たまには甘えるのもいいと思うよ」

そう言いながら強引に連れて行こうとする。
その強引さが素直になれない俺にはちょうどいいのかもしれない。



「はい!意地はらないっ、こっちだよ」
「は?!ちょ待て」
「待たないよ、」


いともたやすくきゅっと握られた手首からは、彼女の温い体温がゆっくりとゆっくりと伝わってくるのを感じる。 体温は俺の方が冷たいくらいなのに何故こんなにも今自分は熱いと感じているのだろうか。
血がぐるぐると回り、かぁっとなって顔が熱い。今の顔を見られたらきっと言い訳のしようのない状態になっているに違いない。 彼女が後ろなど顧みずに前だけを見据えて進んでいく人でよかったと思う。振り返った瞬間俺は その手を振り切って反対方向へと走り出したくなってしまうだろうから。




ワルサイユへの道のりをぐんぐんと俺の前歩いている彼女を見下ろしつつ導かれるがままに歩いていく。
出会ったときからこの副担任には振り回されてばかりだ。 おまけにこの人は気持ちや感情がダダ漏れであるのに、本当の奥底は誰にも見せていないようなそんな気さえしてくる。 裏がないように見えて実は深いところがあるのではないか、と考えさせるような何かが。
教師生活を長くやっているだけはある。色々と考えることも経験もあるのだろうな、などと思う。

情けないな、彼女に気を遣われている自分にため息を吐きたい。素直な感情が出せるような、そんな自分に なれるまであとどのくらいなんだろうか。
頼られるようになりたい、なんてそんな感情は確かにこの4月、新学期が始まる前までは 俺にはなかったものであったはずだ。
俺の中身は、ひたすらチェロへの情熱だけであったはず、なのだ。






「望月くんはもう少し素直な子になれるといいねぇ。道くらい聞けばいいのに」
「・・・放っておけ」

俺の気持ちも知らずにこんな能天気なことを言える副担はやはり心が読める天才というわけではないらしい。
まったくもって分かってないその的外れなコメントがそれを物語っている。
俺はアンタの前だとどうしても取り繕えなくなってしまうというのに。




手をひかれてのワルサイユまでの道のりはかなりのものであったはずなのに、それでもあっという間に感じた。 何故だろうか、なんて考えてもこの人と過ごしたからだろうか、なんて青臭い恥ずかしい考えが一瞬頭をよぎり、 それを消すように頭を振る。
はてなマークがひたすら浮かんでいるかのような阿呆面のこの人を揺さぶってやりたい。




「着いたよ望月くん。もー迷子にならないように!」


なんて年上振る(実際かなり年上なのだけれど)この人が念を押すようにそう言う。
俺の方が落ち着いているなんて頭の中ではそう反論するも、たたみかけるように相手が口を開き、 それを言うことは叶わなくなる。




「絶対零度、氷のチェリスト、とか言われててもまだまだ高校生なんだからね!」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、むっとしたでしょ。意外に望月くんは顔にでるよねぇ」
「そんなことはない。アンタに言われたくない」
「そうかな・・・?あ!そういえば今朝のHRでカオルくん見てないけど、望月くん今朝見た?」
「いや、見てないな」
「そう、じゃあ様子見てきた方がいいかな。わ、こんな時間!会議後にまた顔出すね、じぁあね望月くん」



へらぁとしまりのない笑顔でそんなことを言われて、毒気がすっかりぬける。
何度も言うようだが、なぜアンタの前でだと顔に出るのか、ということが分かっていないのだ。ああ、もうもどかしい。 なにかと構ってくるこの副担任を邪険に扱うことができなくなっているこの状況は脅威に感じた。

自分の言いたいことだけ言って俺をワルサイユの前まで連れてきて、 副担自身はそれじゃあ、と足早に去っていく。
なんとなくすぐにワルサイユにはいるのも、と思いその後ろ姿をなんとなく見つめていた。







「はぁ・・・なんだかな」

そんななんとも言えないやりきれない呟きをぽとん、と落としたその時だ。
彼女のその後ろ姿が向こうの角を曲がろうとした時、背後のワルサイユからとんでもない音が聞こえた。聞こえたというより破裂したようにも聞こえたが。 鼓膜を震わすような大きな爆音だ。 俺自身その振動で少し体制を崩したくらいだ。
かなり大規模ななにかがワルサイユで起こっている、という事だけは分かる。


「なっっっ・・・・・・・・!???」
「ちょっと!???また一真くんじゃないの!!?ちょ、望月くんいくよ!」



驚くべきスピードで掛け戻ってきた副担はついてこいと腕を振り回しながらワルサイユへとつっぱしっていく。
またしても俺のとまどう気持ちなんておいてきぼりにして走り続けるこの人に俺は一生振り回されるのだろうか。 それは恐ろしく、また興味が沸くそんな事柄である。










「はぁあああ・・・・・・・・・」
「なんだ玲央、ため息なんてつい・・・ああ、」
「ああ、ってなんだよ、別にため息なんてついてない。本当にクールじゃねぇぜ・・・」
「お前のため息なんて、大方あの副担が原因だろうが。ククッ、違うか?」

「・・・・・・・・・・風呂で疲れをふっとバス」
「ペギーーーーーーーーーーーーッッ!」
「いきなり寒いギャグを飛ばすな!!!というかやはり落ち込んでいるんじゃないか」
「はぁまだまだ本調子ってわけにはいかねぇな・・・」
「いや、お前のギャグは本調子じゃなくても酷いぞ・・・って聞いてないな」

(131008)