手のひらにあつあつの温度を伝えてくるパックを持って、私は職員室へ向かう。
お昼ご飯は今日はこれで決まりだ。最近は少し暑さも和らいで秋がやってきたなぁ、と思う。 とくにご飯がおいしく感じられるこの季節が、私は大好きなのである。
あ、あの煙。絶対一くんが焼き芋やってるな。この時期動物たちと落ち葉を集めてこっそりやっている らしいのだが煙で即バレていつも鳳先生に怒られているのも何度も目撃した。


ぐぅ、と催促するようになるお腹を押さえながら、職員室へ急ぎ足で戻る。
幸いな事に午後からの授業はないし、ゆっくりお昼ご飯タイムが取れる。素敵だ・・・やっぱり人間って 休息が必要だ。ずーっと生徒につきっきりってのもお互いに悪いしね、あーでも悠里先生はまた追っかけてるや。 ふと廊下の窓から見下ろした先には追いかけっこ中の悠里先生と、 清春くんである。がんばれがんばれ。これ、食べたら応援にいくか。
そう思うのも、瑞希くんあたりなら追いかけても大丈夫だけど清春くんレベルに なると悠里先生息切れしてぜーはーぜーはー言っているからだ。あれじゃあ放課後まで絶対に体力が持たない。 というかいつも追いかけまわして職員室で死んだようにうつ伏せになっている事が多いけど。 それでも放課後の補習の時間には復活しているのだから、悠里先生のタフさはあなどれない。
だけどもせめて、そういう事は体力自慢の私に頼ってほしいなーとも思うのだ。
そんな事をつらつらと考えていると、向こうから見覚えのある赤髪が揺れた。



「む、この匂い。まさか先生、それは3丁目のスーパーのお好み焼きではないか?」
「・・・・瞬くん。君ね、犬じゃないんだから」
「昼の間だけお買い得になるから覚えているだけだ。しかも平日の昼だけだから俺は一生食べられない・・!」
「そんな悲観的にならなくたって・・・定価でも十分安いよ?」
「特価になる時があるのにわざわざ定価で買うような真似、俺がすると思うか!」



くわっ、と赤い髪を振り乱してつっかかってきたのは、バカ6、おっと間違えました、B6の(言い方を変えただけで 本質的な所は変わっていないけど)七瀬瞬くん、属性主夫である。
廊下の角からくんくんとしながら現れる様は犬の様であった。おい、顔だけは無駄にいいんだから、世の中の女の子を 絶望させないようにしてね。うん。まだみんな夢を壊されたくない年頃だからね。



「・・・・」
「・・・・」



それにしたってさっきから お好み焼きに寄せられる視線が熱い。手のひら以上に熱い。
パックを後ろ手に持ったり上に上げたりしてみるものの、その視線はお好み焼きから離れようとはしない。 なんてしつこ・・いや、これが特価に対する瞬くんの情熱なのだろうか。

・・・・・そんな格好良いものじゃないだろう。ただお腹がすいたから食べたいだけだろう、そうだろう。 このままじゃ全部食べられてしまいそうだ。きっ、と瞬くんを見上げて声を張り上げる。



「これは駄目だよ!大体瞬くんはバカサイユでもっといいもの食べてるでしょーが」
「・・・それとこれとは別だ。平日に特価になる3丁目スーパーのお好み焼きは滅多に食べられるものじゃない」
「ずるいでしょ!瞬くんはもうお昼食べたんでしょ?私はこれからなんだよ?空腹な私から取り上げるっていうのか!鬼!」
「・・・・うっ、そんな泣きそうにならないでくれ、先生」
「じゃあ、お好み焼き取らないでね。わかった?」
「・・・ああ、わかった。取らない。取らないから涙目になるのはやめてくれ」



うう、っと声を漏らしつつ、パックを両手で大事に抱え込むと、瞬くんはうっ、と声を出して一歩下がった。
さすがにお昼なしにさせるのは忍びないと感じてくれたのだろうか。それなら良かったのだけど。



「あの、先生。もし良かったらなんだが・・・」
「なぁに?」
「・・・あの、俺たちと、その・・・」
「・・・?瞬くん?・・・・・ぐっは!」
セーンセ!ハグハグーッ☆」



うつむきがちにぶつぶつと言いだした瞬くんであったが、その言葉は途中で打ち切られた。
突如現れた、悟郎くんに後ろからタックルと言う名のジャンピング抱き付きをされたからだ。 構ってくれるのはとっても嬉しいが、そのたびのこのタックルは相当きつい。かなりきつい。
呼吸が止まりそうになりましたよ、はい。悟郎くん、力は加減しようね。



「はーい、シュン、時間切れー、失格だよ。ポペラざんねーん!やっぱりゴロちゃんが言う!」
「なっ、風門寺!もう少しで、あと少しで・・・!」



ぎゅっと握った瞬くんの拳がぷるぷると震えているの見る。
なにか勝負しようとしてたのだろうか。瞬くんの表情がすごく悔しそうだ。対清春くんの時と同じくらい、 いや、それ以上かもしれない。 悟郎くんは瞬くんに近づいて何かを耳打ちした。そしてこちらを見て口を開いた。



「セーンセ、ゴロちゃんと一緒に、」
「待て、風門寺!俺が、あと・・・少しで・・・!」
「だぁーって。シュンに任せてたら日が暮れてもポペラ無理だもん。だからゴロちゃんが、」
「いや、だから俺が誘うと言ってるだろうが!」
「何を?」
「だから、先生をバカサイユの昼食に誘う・・・っ!」
「・・・私?」





悟郎くんと話していたのを止めてこちら側にくるっと勢い良く振り返った瞬くんは口をぱくぱくとさせて、顔は真っ赤に 染まっていた。悟郎くんはあーあー、という感じの表情でこちらを見ているし。一体どういう・・・?
もしかしてバカサイユでのランチタイムを許されたと言う事だろうか。 それとも翼くんが私の昼食の侘しい感じに耐えられなくなって手を差し出す事にしたとかだろうか?
多分翼くんならこの私の昼食であるお好み焼きに乗っている鰹節を金箔にしたり、とか意味の分からない豪華なものに 仕上がるだろうけど。庶民はそんないちいちランチタイムなぞ出来ないのである。 特に私と悠里先生の場合は パンを片手に問題児をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返しているからね!

しかし、昼食に誘ってくれるくらいには親しく感じてくれているというのはしっかりと伝わって来たから、 依然としてぱくぱく、空気が足りない金魚みたいになっている瞬くんの肩をぽんぽんと叩いて、返事を返した。


「ありがとう、喜んで行かせて貰うよ」


とりあえずお好み焼き、冷める前に食べなきゃ、と職員室へ向けて再び歩き出した私は、 さっきよりもっと真っ赤になった瞬くんと、にやける悟郎くんの表情を見る事は出来なかった。







泳がされて、

  振りまわされて

「あーあ、シュンってば、どうしてそう自爆、というかなんというか、しちゃうかなぁ」
「うう・・・い、いいだろう!?誘えた事は誘えたんだから」
「ふーん、まぁ別にパラッぺ問題ないけどー。センセが一緒ならゴロちゃんはなんでも」
「・・・・っ、」





アンケートで根強い人気、七瀬で!七瀬書いたの久々な気がします・・・。


(101003)