「藤重く〜ん〜。お〜き〜て〜」
「・・・・・・・」




寝ないでと声を飛ばしてみるも反応は返ってこない。
まぁわかっていたことだけれど、それにしても寝たままここまで来たことにすごいというべきなのか、 少し迷いつつ私は腕を組む。 しかしまぁ頭上にまがまがしい何かが見え隠れしているのがちょっと・・・ いや、大分気にはなるのだけれども。
私はその上のものをチラチラと見つつも、 彼の耳元にメガホンを近づけながら起こす。



「おっはっよ!!!!!藤重くん!!!!!」
「・・・・・・っ!煩いぞ、貴様!!!ギルティ・・・っ!」




容赦なく響く声は彼を眠りから覚まさせてくれたようだ。 起きてくれたのはいいが視線はかなり辛辣だ。
彼はわりとドスの聞いた声で私に向かって話すことが多いので、いつものことかしら、魔王子さまの機嫌が 良い時なんてほとんどないのだし、なんて思いいつもの調子で交わしてみる。
テーブルにテキストを置けば、すんごく嫌そうな目でそれを睨みつけている。
いや、睨みつけても変わらないから、現状彼の置かれている立場というのは危ういのである。 補習が必要なのである、彼には早急に!

ぐっと拳を握り、私はやってみせますよ・・・!なんて今は職員室でW6用の補習プリントを作っているで あろう優那先生に誓う。レオン先生にもがっつり藤重くんがヤバいかなりヤバいヤバいの100乗 くらいの状態だということをこんこんと言われた。
やる気を引き出さなくてはどうしようもないのだが、藤重くんを見る限りまったくもってやる気は感じられない。 ソファにだら〜っと腰かけて、まるでテキストを見ない。というか目を離したすきにまた寝ている。昼寝しすぎだ。
ハイハイハイと手を叩けば気だる気ではあるが目を開けた藤重くんに、プリントを差し出す。



「はい、藤重くん。今回これやらないとかなりヤバいってレオン先生に言われちゃったよ〜」
「・・・・・・」
「それに他のW6の皆はもうこのプリント終わってるの」
「なに?アイツ等がか?」
「そうだよ〜みっちりやったんだからね、藤重くんは昼寝してて教えられなかったの」
「・・・・俺以外を教えたのか・・・・・みっちり」
「うん、みっちり!」
「クッ・・・ギルティ!!!!」




なんだか急に怒りっぽくなった気がする最近の藤重くんは。
多分これが思春期という奴なのだ、男の子ってそういうの激しいって聞くし。 あまり激しい思春期が来なくて素直に成長してしまった私には、彼の気持ちはまるで分からないけれど。
差し出していたプリントをパシッと乱暴に私の手からもぎ取ると、そのまま藤重くんはプリントに 目を通し始めた。おおおっ、怒っていたはずだけれどやる気は出たのか!!
えらいっ、えらいぞ藤重くん!寝起きは最悪のはずだけれど、 これくらいの機嫌の悪さならまだまだやれるはずだ。 私は目線だけでエールを心から送った。やればできる子なのだ彼も。うんうん。


・・・・・・・・そう思ったのだけれど。







「ええと、藤重くん?分からないところがある?」
「・・・・・・ある」
「教えるよ?どこ?」
「・・・最初から、最後までだ・・・・・・というかこんなプリントッ!この一真様に解けるかっ!?」




バシーンッといい音を立ててプリントとシャープペンシルがテーブルに叩きつけられる。
彼の逆ギレというかこの俺様気質にはここ数カ月で思う存分思い知ったのだけれど、 しかしそれを放っておくわけにはいかないのだ。
跳ね返ってこちらまで転がってきた シャープペンシルを拾い上げる。
私は目付きがかなり極悪な事になっている藤重くんをじっと見て、諭すように言う。



「これレオン先生と優那先生が一生懸命作ってくれたプリントだよ、一緒にやるから頑張ろう?」
「なに?・・・下僕がか?」
「うん、そうだ、よ・・・・・え?今なんて?!」
「下僕が作ったんだろう?」
「・・・・ハイ?・・・・・げ、げぼく?」



真剣な表情で向き合っていたけれど、ついつい私は椅子から転げ落ちそうになってしまった。
今の張り詰めた空気は一体なんだったんだ?
げ、下僕!?まって藤重くん、君は何と今言った!? 自分の担任である優那先生を下僕と呼んでるの?!この日本で下僕とかそんな危ないお言葉が まさか自分の教えている生徒から飛び出してくるとは考えもしなかっ・・・・・・・・ いや多少そういう語群が彼から飛び出すこともあったけれど自分の担任だよ!?
待ってここツッコむところ?なんて頭の中でぐるぐると回ってパンクしそうになった。
だが言葉の物騒さに反して藤重くんの表情はわりと穏やかである。



・・・・・・多分彼の中では「オイ、女!」「オイ、貴様!」とかより「オイ、下僕!」の方が上なんだろう。 藤重語録的にはだけど。現代社会では到底やっていけないだろうけど。
今度国語もじっくりしっかりやらねばいけないなぁ、などと遠い目をしてしまった。
仕方ないでしょ、こればっかりは。今度こうなった経緯を優那先生に聞こう・・・。



「その・・優那先生をそんなに虐めないように。そうだよ、すごく分かりやすい解説も入ってるでしょ」
「まぁ・・・・・愚民共にしては、という程度だがな!俺の目に触れることを悦ぶがいい!」
「それ良く読んで、一問目から解いていくよ。はい、シャーペン握って」
「なっ、俺に気高く触れるなっ、ぎ、ギルティ・・・ッ!」
「気高くじゃなくて気安くね、変な言葉はいっぱい覚えてるのにね〜」




いちいち上からじゃないと会話できないのかな・・・この子・・・。
下僕の懇願なら仕方がないな、とさらに上からの台詞を自信満々に言い放つ。 はいはい懇願ですです〜なんて言うと少し顔を顰めたが、またプリントへと向き直る。
先ほどよりは良い姿勢で。というか懇願とか言えるなら、 そのプリントくらいさっさと解けてしまいそうだけど。


まぁちゃんと椅子に座ってくれているだけマシだ、マシなんだ・・・と先日 赤桐、朝比奈コンビの飛び回るのをちぎっては投げちぎっては投げ、 最終的には椅子に縛り付けたことを思い出す。
あの二人を一緒にしてはいけないと心底思った補習だった・・・。

私は気を取り直して、解説にさらに解説を足して噛み砕いて藤重くんのプリントを埋めていったのだった。







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「終わった・・・」
「クククッ・・・このくらい俺様に掛かれば夕飯前だっ」
「解けないっていって泣いてたのはどこの誰よ・・・・それと夕飯前じゃなくて朝飯前」
「わ、分かってる!夕飯の前だからそれに掛けた冗談ということも分からないのか?貴様!」
「そういうことにしてあげるね、おつかれさま」
「雑魚には高尚な冗談が通じないのかもな、ククク・・・ッ!」
「うん、そうかも〜」



補習が終わった途端にこれだ。本当に楽しそうだなぁ〜。
彼が楽しそうなのは人を虐めている時であるので相当悪趣味ではある。 いつも望月くんがターゲットになっているのを見るので、本当にかわいそうだなぁと思いつつ、 これは彼なりのスキンシップなのかもしれないな、と比較的好意的な見方をしてみる。
そうでなければ望月くんが報われないだろう・・・。うん・・・。 私もこの学校にきてスルーの能力がかなり高まったと思うし。



「・・・ッ、お前に付き合っていたら日が暮れてしまったぞ・・・!」
「もうこんな時間!やっば、職員会議あるんだった、藤重くん、じゃあ私行くね」
「ハァ・・・?!」
「なに?ダメなの?藤重くん」
「なっ、おま、・・き、貴様なんてどこへなりと行け!俺は愚民に構っている暇などないのだからな!」




ふんっと仁王立ちして私の前に立ちはだかった割に、その態度とは逆の事を言っている気がしてならないのだけれど、 腕時計を見れば職員会議まであと10分だ。ダッシュをしなくては間に合わない。
藤重くんを見やれば腕を組んで顔を逸らして目を逸らしている。お前などこの王の目に映る事すら許されないの だからなっ!ギルティっ!という捨て台詞で送り出してくれようとする。
私は藤重くんがプリントを埋めたという事に評価を示し、 未だにその目は瞑られているけれどその頭をゆるゆると撫でる。
かなり無理矢理だけど、私の身長が圧倒的に足りてないんだな、うん。
うん、いいこいいこ、さぁ行こう!と思えばぐいっと手を引かれた。なんっ・・・! 力が強すぎて肩から抜けるかと思ったぞ!!やばい、時間がないとそわそわする私を尻目に藤重 くんは手を離さない。





「・・・・誰の許しを得て俺の頭を撫でている?」
「いやぁ・・・・・あはは、目を瞑ってるし、いいかなぁって思って。藤重くん、良く頑張りました」
「・・・・・・クッ・・・・・・早く行け」
「うん、じゃあまたね」


ちらり、と細く開けられた青い瞳が少し揺れている。
本当に透き通るような綺麗な色だなぁなんて事を思いながら私はワルサイユを飛び出したのだった。



「・・・・・・クソッ、あの女・・・」


だから彼が1人取り残されたワルサイユでそのまま佇んでいたことなんて全然知らなかったのだ。
これは、担当生徒の気持ちがまだ読めない私の2学期の話。





アフターケアまでが

                   お仕事です


「へへーっ、先生におしゃぶり昆布もらった〜!シャッベー!」
「渋っ!なんだそのチョイス!」
「ハァア?!?なんでテメェだけもらってんだよ!寄こせッ!!!!!」
「へへーん!おいらが貰ったんだもんねー!」
「テメッ、グルルルルルッやるかァ!?」
「おっ、やっちゃうやっちゃう〜〜〜!!!?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!お前ら・・・・・」
「あれっ、一真、電気も付けずにどうしたんだ?」
「玲央、赤桐、朝比奈ッッ!!!!・・・俺の求める者よ!我が力をもって、」
「だぁああああ召喚っ!召喚はすんなって!!!!」








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