いつもはそのままにしている髪をきゅっと一つに結び、帽子の中へいれる。
ぐうう、と少し唸るけれどそれをなだめながら帽子につっこんでいれればいささか少年の様な風貌にはなる。 そうして完璧に髪を入れてからサングラスを手に取り、それを装着する。
鏡の前に立ち、くるりと回って確認、よし、おっけー!
完璧な外出の出で立ちである。それにコートを羽織る。今日は風が冷たくて、あんまり良い天気ではないようなので。
マフラーもぐるぐると巻いて風が入るのを防いだ。顔を埋めるようにして歩けば大丈夫なはずだ。うん。



「・・・・・さっむい。耐えられないわ・・・挫けてしまいそう」



しかし寒い事は寒い。暑いのも苦手だが寒いのも同様に苦手だ。私の身体はわりとやわであるので、 そういった変化に弱い。
でも、少し用事を済ませるだけだから、と車をわざわざ出してもらうのも憚られてとりあえず町の方まで歩いてきた。 この時期は寒くて、なかなか外に出ようと言う気にならないので、まぁたまには運動がてら歩いた方が いいんじゃないかな?なんて考えた結果だった。
とりあえず目的はコンビニにあるおでんである。取り寄せて貰えばこのような寒い思いをしなくていいのだけれど、 でもね、私は思うのです、このような寒さに立ち向かった後のおでんは格別のものであると。 この持論は烏丸くんにもいたく響いた様で、いつも適当に流されるのに「・・・まぁ、そうかもな」なんて相槌を頂いて しまうくらいだったので、多分そういうことである。
寒い時のおでんは最強、これが私の言いたい事であり、事実であるのだ。
コートの前をかき合せてさらにマフラーに顔を埋めるようにして、私はコンビニへと駆けこんだのだった。









コンビニの中へ駆けこんでしまえば、ふわぁ、と暖かい空気に気も緩む。
やはり人間たるもの過ごしやすい所で過ごすべきなのだ。温度管理がちゃんと しているところで生活するに限る。
そんなことを考えながらレジの前まで行くと、見慣れた人がレジの会計待ちで立っていた。 ついつい学校にいる時の様な癖で声を掛けてしまう。




「あら、烏丸くん」
「・・・・・・・・・・・・」




くるりとこちらを向いたと思ったら、ふいっと顔を戻して華麗に無視である。
こころなしか彼の持っているパンがきゅっとひきつれて潰れた気がするが、なぜだろうか。
学校内ではわりと話しかけてくれるし、姫乃京子先輩を前にした私を見てもわりと引かずに対等に接してくれていた 良き先輩だったはずなのだけれど、こちらを見てもくれない。
心は折れそうになったけれど、諦めてはダメだ、もう一度声を掛けよう、と烏丸くんともう一度呼んでみる。
するとしぶしぶ諦めたのか、怪訝そうに眉を寄せて小さく返事を返してくる。




「俺に不審者の知り合いはいない・・・」
「ふ、不審者!?ひどいです、烏丸くん」
「烏丸、君?・・・・・・お前、もしかして、、か?」
「それ以外どう見えるって言うんです?目がお悪くなったんですか?」
「いや、だってお前のその格好・・・・不審者だよな」
「不審者!?なんと酷い事を!烏丸くん・・・!」
「あー悪かったよ。だな、はいはい、」




ぽんぽんと帽子越しに感じる暖かな体温にもぞりとする感覚を覚える。
やばいやばい、少し暖かい所にいすぎちゃったかしら?なんて触れられた所を触る。 ん?と目で問いかける烏丸くんに、ん、と特に意味もなく目を合わせてみる。 すると烏丸くんはかぁ、と少し赤くなった。
きゅっと帽子をもう一度被り直して、私が見たその表情の意味を知ろうと目を続けて 合わそうとすれば、丁度レジの順番が来た様で、すこし間延びした「次のお客様ー、」という 呼び声に烏丸くんは振り返らずレジの前まで行ってしまった。
なんだったんだろ、なんて思ってる暇もなく、私も私で隣のレジに呼ばれた為おでんを 注文すべくレジの前まで躍り出た。









「おでんか、寒い日はいいな」
「寒い日だからこそのおでんですよね」




レジをしてコンビニ出ようとすれば自動ドアの横に烏丸くんがいた。
待っていてくれたのか、てっきりそのまま帰ってしまったのかな?なんて思ったのだけれど。 私が手に持つおでんのカップを見て少し笑いながら、まさかその為にわざわざ出てきたの か、なんて言うものだからもちろん、と私は頷いた。
我慢できずに行儀悪いとか思いつつ、ふーふーと冷ましながらおでんのちくわをくわえれば、 烏丸くんは家まで我慢しろよ、とツッコミを入れつつ自分自身もさっきコンビニで買ったのであろう 肉まんにかじりついていたので、おあいこである。




「もう暗いから家まで送る」
「え?私ですか?や、大丈夫ですよ、」
「いいから」
「そうなんですかー・・・じゃあ甘えてもいいですか?ありがとうございます」
「ああ、そうしとけ」




すたすたと歩きながら、なんでもないような顔でそう返してくれる烏丸くんは本当に優しい。
学園では不良とか言われている様だけれどこれもただ価値観や話題の相違なのである。 優しい気遣いができる好青年なのである。
私は烏丸くんに遅れないように、おでんを零さないように小走りで追いつく。 すると烏丸くんはゆっくりとした歩調で、私に合わせてくれる。




「それで、なんでお前そんな格好してんだ?声聞かないと分からなかったぞ」
「あーあ・・・えと、それはですね・・・うん」
「?なんだよ」
「深い事情があって・・・烏丸くんに迷惑を」
「そんな深い事情なのか?わり、気軽に聞いて」
「いえ、すみませんこちらこそ・・・」
「おいおい、にーちゃんたち、ここをどこだと思ってんだ?」
「は?」




事情という事情ではないのだけれど、なかなか人に明かしにくい事情だなぁ、なんて 思っていれば烏丸くんは私以上に困った顔をして、踏み込んで悪いな、なんて笑顔を見せてくれた。
まぁ時期が来れば、いずれは知れてしまう事なのは私が一番良く分かってるのだけれど。 きゅっとおでんを掴む手が少しだけ震える。
と、その時だった。私たち以外の声が聞こえた。確かに私の今の格好では少年に見えても仕方がないだろう。 性質の悪いカツアゲかぁ、なんてぼんやりと思ってしまう。
そんなぼんやりと考えている場合ではないのに、私の場合どうしてものんびりと考えてしまう、 意識が低いのもあるけど。それでよく怒られるけど。




「出すもんだせば、別にこんな事しなくていいんだけどよ」
「くっ・・・・・・・」
「烏丸くん!!ちょっとやめてよ!」




胸倉を掴まれる烏丸くんにお兄さんたちがさらに絡む。
きゃー!なんかすごいガラが悪い!私だけならいいけど、とりあえず烏丸くんが危ない!!と私は無我夢中で お兄さんたちにタックルを仕掛ける。
でも力では適わずめんどくさそうに左手で軽く振り払われる。かしゃんとサングラスが取れる。やばい、 地面に落ちるサングラス、そして手から離れるおでんはごとん、と音を立てて地面へと落ちた。




「烏丸くん!!!目閉じて!!!」
「はっ、な、なんだよ?」
「・・・・お願いっ!!!!!見ないで!!」




烏丸くんは珍しく必死に訴える私の声に耳を貸してくれたのか、ふっと私の方向とは逆方向に首を向けて 目をつぶってくれた。
お兄さんは、馬鹿にしたような様子で振り払った私をにやにやと見ている。
地面についた拳をぎゅっと握る。目に力を入れれば、そのまま凝縮したような熱がぐるぐると回り出す。
帽子が取れて、お兄さんたちの目が化け物でも見たかのように見開かれ、口はぽかんと開く。 思わず烏丸くんの胸倉を掴んでいた事も忘れて、手を離す、好都合である。まさに私中心に世界は回っていると そう言いたくなりつつ、 ちょっとその間抜け面、烏丸くんにも見せてあげたいわ、なんて考える。
そうしてきいぃいんと耳が痛くなるような、そんな超音波みたいな音が辺りを包む。




「な、おま・・・!」


「・・・・・・烏丸くん」
「・・・・・・・・もういいのか」




地面に落ちたサングラスを被り、帽子をまた被り直してから烏丸くんを呼ぶ。
訝しげな声で、そう言う烏丸くんに、ゆっくり目開けて、と声を掛ける。
そう言えば、烏丸くんは目を開ける。そうしてゆっくりと瞬きをした。信じられないのだろう、この状況が。 あはは、驚いている。・・・・や、驚かない方がおかしいよねぇ・・・分かっていたよ。
この状況が示すこの異常さにいかに心の広い烏丸くんと言えど、この状態を受け入れる事は 難しいだろう。私とは関わりを持ちたくないと言われてもおかしくない。
でも、まぁ、烏丸くんも怪我をしなかったし良かったかな、なんて思う。こういう事が初めてではないし、 別に拒絶されたって構わないわ。 目をつぶって、烏丸くんの反応を待つ。




、怪我はなかったか?」
「・・・・え?」
「ないかって聞いてる。大丈夫か」
「え、あ・・・はい、ないよ」
「そうか、良かったな、俺もお前も」
「・・・・・・・聞かないの?」
「聞くって、そこで固まってる奴の事か」
「・・・・・うん。怖くないんですか?」




自ら聞かれたくない事に飛び込んでしまうのは私の悪い癖だ。でもせっかちなせいで、私は 聞くのを止められない。
烏丸くんは目を少し見開いたが、ふぅ、と息を一つだけ吐いた。




「俺を守ってくれたんだろ、ありがとな」
「・・・」




ためらいもせず私の帽子の上へと手を置き、ぽんぽんと優しく撫でる。
私は時が止まってしまったかのように、むしろ自分が固まってしまったんじゃないかって 不安になるほどそれは自然に行われてしまって、どういうことだ?と疑問に思う隙間さえ存在しなかった。
烏丸、くん、と掠れた声が喉から出て行ったが、ぽつりと零した言葉に烏丸くんは、ん?と 首を傾げて反応を返してくれる。 それがどんなにうれしい事なのか、この人には分からないんだろう。ぽろり、と目から涙がこぼれた。
それは先ほどまで固まっていたお兄さんに触れる。




「・・・・・は!?な、なんだ、俺なんでこんなとこに?」

お兄さんは一瞬で動きを取り戻したかと思うと、首を傾げながら去っていった。
曲がり角を回る所までお兄さんを見送れば、烏丸くんはやれやれと言った表情で 無事帰ってくれてよかったな、なんて能天気な事を言っている。
すごいな、本当今の今で その反応が返ってくるとは思わなかったな。




「で?さっきのは一体なんだ?」
「う・・・あの私実はメデューサの血を引いてまして」
「メデューサ?ってあの目を見ると石にされちまうっていう・・・?」
「そう、んでもって今はこの帽子の下、全部毒蛇だから」
「毒蛇!?」
「髪の毛は蛇になるの。んで目は今ヤバいから・・・サングラスしてるの」
「サングラスしてれば平気なのか?」
「うん、一枚何かを隔ててれば平気なの。ちょっと目を閉じて」
「あ、ああ・・・」




私自身も目を閉じてサングラスを外す。そしてそのサングラスを烏丸君へかけてやる。 目を開けていいよ、と言うと、そろそろと目を開ける。
私も余計なものを見ないように、その一点だけを見つめる。
そうすれば、この化け物じみた瞳の色も、帽子の下でうごめく蛇の髪も全部全部現実なのだと言う事を サングラス越しに烏丸くんは知ったようだった。
もう一度サングラスを私へ戻してもらうと、烏丸くんは案外あっさりと口にした。




「はぁ、非日常過ぎるが、俺の周りはそんなのばっかりなのか・・・」
「・・・・?・・・・・・あの、烏丸くん」
「大丈夫だ、誰にも言わねぇよ」
「ありがとう、本当にありがと、」
「目も宝石みたいに綺麗なんだな、そりゃ石化するのも無理ないかもしれねぇな」
「え・・・?」
「芸術品みたいだな、って」
「あ、ありがと・・・そんな事言われた事なかったので」
「そ、そうか・・・?」




今度はこちらが赤くなる番だった。両手を頬に当てて、熱を冷ます。
いつも化け物だとか言われているせいで、そんな事を言ってもらえるなんて思えなかったけど、目の前に立っているその人が 繰り返しそんな事を言うものだから、現実だと認めざるを得ない。
帽子の中で喜んでうごめく蛇たちを制して、ひたすら礼を言う。やばいやばいあんまり興奮すると蛇が烏丸くんに 噛みついてしまって、御臨終になってしまう、やばいやばい。
帽子をぎゅっと押さえつけると烏丸くんは不思議そうな顔でその行動の意味を問いかけてくる。




「あ、あああの、蛇がですね、かみついてしまうといけないので・・・」
「は?!そいつが!?」
「女の人には咬めない様になってるんですけどねー。男の人には容赦ないんですこの蛇」
「こえー・・・・」
「あと石化は私の涙で戻るんですけど、記憶失っちゃったりするんで烏丸くんには石化して欲しくなかったと言うか・・・」
「こ、こえー・・・」




引き攣った笑みを浮かべる烏丸くんは、そう言いながらも私から距離を取る事はなかった。
それがやっぱり嬉しくて、にこりと笑えば、烏丸くんもにこりと笑い返してくれる。
おでんはもうなかったけれど、それが私にじわじわともっと暖かい熱をくれたのだった。











ダイヤモンド☆クラッシュ

「あの、本当にありがとうございます、正体を知ってもそのまま接してくれる方ってあまりいなくて」
「だろうな」
「学園での生活は本当に楽しいのでそれを壊したくないってのもあるんです」
「そういやお前学園では普通だよな、目の色も黒だし、髪も黒だろ?」
「あそこの理事長が凄い方でですね、封印してもらったんです。ただ外に出るとこうなってしまうんですけどね」
「・・・うちの理事長そんな凄いやつだったのかよ」
「あはは、全然想像もつかないですよね」

「でもでもそんなことより私のおでんがーーーーー!!!もうっ、本当に今度あったら許さないんだから!」
「ほどほどにな・・・」







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