あいつの正体を知ってから、オレはずっと気になって仕方なかった。
…なにって…あいつっつったらあいつしかいないだろ!だよ! 前回はちょっと恥ずかしく間抜けなところを見られてしまったオレだったけど、ずっとこのまんまって 訳にもいかねぇ。 そんな訳でオレはあいつにがつんと言ってやる為、屯所内を走り回っている。(この際何をがつん、と言うのかは考えてない) だけどなかなか見つからない。
いつも隠れている訳じゃないのに、こういう時だけ見つからない…。後ろ姿が似てる奴に近寄って見ては違う、と そればかりを繰り返していた。

昼も過ぎた頃、オレはようやくあいつの姿を目にすることが出来た(この際なんでかほっとしたのは放っておくことにする) 近寄って見るとどうやら1人という訳じゃないらしい。しかも一緒にいるのは、よく見知った人だ。
「(…またかよ)」 心にちょっと苛立ちの感情が浮かんで消えた。そもそも人前では口を開かないやつが何故人と一緒にいるのか、と 考えてしまえば、ますますこんがらがってきた……うわぁああ!!!
なんなんだ、ちっともオレらしくねぇ!ふるふると頭を振りその考えを振り払って2人に近づく。 すると向こうから片手を挙げて挨拶をしてきた。言ってはおくが挨拶をしてきたのはではない、当然だけど。


「よぅ、平助。どうしたんだ、そんな顔して」
「別になんでもねぇ」
「……」


は相変わらずの無表情でこくりと頭を軽く下げた。一応挨拶のつもりらしい。
そんな状況だ、俺はどう切り出すか悩んでいた。実際話すことなどない。それでもなんとか言葉にする。
もちろんこれもに対してじゃない。左之さんにだ。


「あー左之さん。こいつ借りていっていい?」
をか?いいけどよ、今日夜巡察入ってんだろ〜。遅れんなよ」
「…遅れねぇよ」
「んじゃ俺は部屋で淋しく1人でいるか。じゃあまた夜にな
「……」


最後にくしゃりとの髪をかきまぜて、笑顔をたたえながら左之さんはその場を後にした。
ああいうのを自然にやってしまうから、左之さんはモテる。そして自分には到底出来ない事だという事も分かっている。 っていうかそもそも身長が結構ギリギリ・・・だぁあああ、それは関係ない!


「……あのさ…、前の事なんだけど」
「……」


は案の定なんの感情も顔には映さない。一体左之さんはこいつの前で何を話していたというのか。不思議だ。
どうしたらいいか悩み、さらに何を話すかも分からない俺は曖昧な表情でそこに佇むだけだ。いたたまれない…! 向こうが話さないから、余計に会話にならない。自分がこの状況にしたのにこの場を逃げ出したくなる。 うろうろと視線をさまよわせていると、袖を軽く引く感触がした。どうやらついてこいと言う事らしい。

「…分かったよ。着いて行く」

俺にこの答え以外の選択はあっただろうか、いやない。




曲がり角を何回か回った突き当たりに部屋があった。ここは確か…の部屋だったはずだ。
中に入れと真っ黒な双眸が言っている。俺は素直に入る事にした。 中に入るとはぴしゃんと障子を後ろ手で閉めた。障子から透けた光が部屋に 注いでいる。俺は意を決して彼女を呼ぶ。


「…、あの」
「藤堂くん。あそこで話しかけられても私話せないの知ってるよね?」
「ああ、悪い、つい…」


やれやれと言った感じに息を吐き出すはきっと俺の事を呆れた目で見てるに違いない。
…それが怖くて俺はずっと俯いたままなのだけど。


「…顔、上げたら?それともなんか疚しい事でも?」
「ね、ねぇよ!つ、つーかそっちこそちょっとは気にしろよ!」
「…なにを気にするの?藤堂くんと私の間に疚しい事なんて何もないよね」


きっぱり言い切ったは本当にこの前の事を忘れてしまったかのようだ。同じ女なのに千鶴とは正反対だ。
ざっくばらんな話し方が余計にそう思わせる。反射的に顔を上げてしまった俺は、の目と視線がぶつかった。


「やっと上向いた」
「え?あ、ああ」
「この前の事って・・・ああ、のぼせた人のせいで私風呂かなり遅くにしか入れなかったんだよね」
「わ、悪かったな!のぼせて!!」
「いやいや、そんな。8番隊組長がのぼせてるところなんて滅多に見られないし貴重だったよ」


俺が言いたいのはそんなことじゃない!だが、どんなことって言われると言葉に詰まる。
二人きりだというのににこりともしないのは誰にでもなのか。さっきの左之さんの時はなごやかそうな感じだったけど…。 頭をいくら働かせても彼女の考える事が分かる訳じゃない。


「藤堂くん、今日夜巡察なの?」
「え?ああ、そうだけど…」
「私もそうなんだ」
「あーそうなんだ」


だから左之さんは「また夜に」と言ったのか。なんだか誤解を招きそうな言葉だが、は男で通っているので左之さん的には特になんのためらいもなく出てきた言葉だろう。それに比べてオレは 気の効いた言葉なんかひとつも出てきやしない。会話はぽつぽつとしか続かない。肝心な所でいつも躓くオレだ。


「じゃあ私夜の準備しなくちゃ、また後で」
「あ、ああ。またな」


そうしてはオレを残し部屋を出ていった。ちょ、待てよ。ここあいつの部屋なのにオレを残して行っちまってい いのか?!オレを男だと認識していないのか、それとも秘密を共有してる仲間だと思ってくれているのか…まったく分からな い。





夜の巡察は、比較的何の出来事も起こらずあとは屯所に帰るだけ、となった。
その時だ、いきなり知らせが入ったのは。どうやら密会しているらしい現場に踏み込んで捕らえよという事だった。 密会場所の屋敷出入口を固め、一気に突入した。毎回毎回この時は気持ちが高鳴る。
2階へ駆け上がったオレは敵と鉢合わせする。刀を握る手に力をぎゅっといれる。ぎぃんと金属が音を立てる。 ぎりぎりと音を立てる刀を押し付けながら、歯をくいしばる。相手はかなり大柄の男で力では多少劣る。


「負け…る…かよっ!!」
「……」


目の前の奴がにやりと笑った。目の前の奴に夢中になりすぎて、背後から迫るもう 1人の敵に気が付かなかったのだ。振り返るその先にはきらめく刃があるだけだ。
やられるッ―――敵の一閃がくるのを想定してぎゅっと、目を閉じた。だが痛みはやってこない。 思わず目を開ければ、敵が間抜けな顔でこっちに向かって倒れた。その倒れた先には、かちりと言う音とともに刀を納めた の姿があった。

目が合ったかと思ったがそれは一瞬の事で綺麗に舞うように背後に迫った敵を切り付ける。恐ろしい、でもどこか綺麗なの姿に俺はただただ驚くだけだった。





!さっきは、」
「・・・・・・」
「良かったな、平助。がいなかったらお前今頃…」
「左之さん!不吉な事言うなよな!」


俺の頭に手を置いたままで、左之さんは笑った。笑ってはいたが、その目は真剣だった。じゃあ、報告してくるな、と その場を立ち去って歩いていく左之さんをそのまま見つめる。
さっきオレは思わず反論したけれど、危なかったのは確かだ。 あの時俺は少なくとも命を落とそうとしていた。それを救ったのは他でもない だ。


「うん・・・そうだよな・・・あ、ありがとな、
「・・・どういたしまして」


たどたどしくもお礼を言うと、やわらかく包み込むような彼女の笑みと共に返事が返ってきた。 は、初めて見た・・・笑っている所・・・!いや、だって今まで無表情ばっかだったからさぁ・・・、と誰にする訳でもない言い訳を 頭の中で並べる。つーか、何で今のこの瞬間に笑うかなぁ・・・。隠し切れずに かぁ、っと顔が熱くなったのは、今日の蒸し暑い天気のせいだと思いたい。




本日、相も変わらず
「藤堂くん?どうかした・・・?」
「(うわわ、オレやべー!顔赤い・・・!)」







(090610)