その日私は久々にお休みをいただいてしまっていた。休み、というのも変な感じがして、なにかないかと山南さんに聞き に行ったりしたが、たまになんですから今日はのんびりしたらどうです、とまで言われてしまった。
今まで置いてもらっている身で怠惰になる訳にはいかないと出来る事はなるべくしてきたけど、そう言われたのは初めてだった。
思えば肩の力を入れすぎていたかもしれない。ここと現代の違いにかなりの違いを感じながらの生活は結構大変なものだ。 息を吐くのと同時にそっと力を抜いた…瞬間に彼らは現れた。 私はまだまだ休ませてもらう事なんて出来そうにない。 思わず目を見開いてしまったのは言うまでもない。


「だーかーら!なんでそういう事になるんだよ!」
「別にどうしようと僕の勝手でしょ?」
「…大体総司はいつも強引すぎんだって!!」


沖田さんと平助くんが喧嘩していた。喧嘩というか口喧嘩?
それでもあの沖田さんに立ち向かう平助くんはなかなか見られない気がする。…というか沖田さんに口で勝てた試しがなくて 皆避けるだけなんだけど。
珍しい…、と思わず声に出てしまっていたんだろう、声を聞き付けた2人がぐるんとこっちを見た。


「・・・」
「・・・」
「…あ、あの…?」


まさかの無口だった。
さっきまであんなに喋っていたのに、何故ここで黙る?
心なしか、平助くんには視線を逸らされている気がする。しかもきまずそう…。 反対に沖田さんはにこにこ笑顔…胡散臭さは否めないがいつも通りだ。


「どうかしたんですか…?」


どうかしたに決まっているのに、決まり文句を発するしかない私だ。内心はそんな事を思いつつ、一応丁寧に聞く。 それを聞いた沖田さんは、口を開きこう言う。


「あのね、ちゃん。平助くんがさぁ、」
「わー!わーっ!総司!」


…どうやら一方的に平助くんが不利の様だ。沖田さんのにやにや笑いは留まる事を知らない。
…どんまいだ、平助くん。健闘を祈る。


「じゃあ私このへんで…」


なんだか嫌な予感がして、その場を去りたい気持ちになった。かなり、すごく、そりゃもう猛烈に!
平助くんに私がしてあげられる事は見なかった事にする事だ。くるりと踵を返して、なかった事にする為2人に背を向けた。
その時だ、かなりの衝撃が私に襲い掛かったのは。


「いっ…!」


てー!!!と叫ばなかった自分を褒めてやりたい。そんな事したら、私の今までのイメージというものが!
イメージって結構大切だ。特に第一印象なんて、まさに。第一印象が悪けりゃそれこそ切って捨てられる世界な訳ですし。 しかも切って捨てるが、文字通り「斬って」捨てるだから、迂闊な事は言えないし出来ない。
倒れていく自分の身体と一緒に 倒れるのは、平助くんだ。そのままの状態で倒れ込んだ。かなりの衝撃だ…びったーんっていったよ。 身体が痛い、上に乗っている平助くんも痛い。


「…いってぇ!そ、総司!何を…!」
「うだうだして悩んでるのは平助くんらしくないよ、またね」
「またねってちょ、待てよ!」


平助くんの悲痛な叫びも聞こえないと言うように、沖田さんは優雅にゆったりと歩いていく。
なんだか無駄にモデルウォークである。平助くんはなんだか焦っているが、私はまず上からどいて欲しいと思っていた。 平助くんは細身な方だが、それでもやっぱり重い。うぅ…。気付いてくれぃ。


「総司の奴…いきなりなにすんだよ」


ぶつぶつ呟く平助くんはあまりに周りを見れてない。
現代人な私はまぁ寛大な心を持っているから、乗っかられたくらいで怒 らないけど…これ、ここの女の子がやられたらかなりビビるだろうな。
そう、千鶴とかさ…と可愛らしい年下の女の子を思い 浮かべた、のが悪かったのだろうか。曲がり角を曲がり姿を見せたのは、まさかの千鶴本人で。


さーん!どこにいるんで、す、か…」
「…ああ、千鶴。ごめんね、今取り込み中で」


平助くんの下にいる私は、逆さまにうつる千鶴を見ながら、反応を伺う。
ひらひらと手を振る私を千鶴は青ざめた表情で見ている。 平助くんは今ようやく自分の置かれていた状況が分かったのか、あまりの事にフリーズしている様だ。 そして千鶴はとうとう小さく小刻みに震え始めた。
しまった、もしかして千鶴は平助くんが好きだったとか!?そして大いなる勘違いをしたんじゃ?! 私は努めて冷静な声を出す。


「……えーと、千鶴。ちょっと落ち付こうかな、別に私は平助くんを取ったりとかしてな、」
「うわぁああぁあん!!!!さぁあああん!!!!!!」
「がっ…!」
「…え!?そっち?!」


平助、10000のダメージ!
下を見て震えていた千鶴がてっきりそのまま走り去るかと思いきや、走り去る方向がこっちに向かっていることにもっと 早く気がつけば良かった。まさかあの大人しくて、可愛い千鶴がそんなことする訳ないじゃんか!とは言ってみるものの やはり平助くんにタックルを仕掛けたのは千鶴で。
その彼女は私の両手を握りしめたまま、さらにはその大きな瞳に 涙を溜めてふるふると首を振るのだから、こりゃあもう困った。可愛いすぎる。
しかし彼女の口から出てきたのはとんでもない発言だった。


「嫌です!嫌ですからね!さんがお嫁に行っちゃうなんて…!」
「え?…あの、千鶴?大丈夫?話しが飛んでない?ここの人は皆そうなの?」
「そーだぞ、千鶴!よ、嫁って…!」
「しかも平助くん!…平助くんか…まぁ、沖田さんじゃないだけマシかもしれないけど…」
「ひでーな!」


平助くんの目が若干潤んでいるのは多分タックルだけが原因ではあるまい。可哀相に…彼自身にそこまで言われる筋合いは まったくもってないのだけど千鶴の剣幕に負けたのだろう。 平助くんはゆっくりと私の上から引く。
ちょうど小動物が猛獣の様子を伺う様にそろりと。いつもはどちらかと言うと逆な立場は今や完全に千鶴が上だった。
普段大人しいだけあってこういう時は怖いのかもしれない。そしてこの時、平助くんは確実に小動物サイドだった。残念な事に。


「千鶴…あのね、落ち付いて聞いて。今のは平助くんが悪いんじゃないんだよ?」
「そ、そうなんですか?・・・平助くん、ごめんね!私つい・・・!」
「あぁ…き、気にすんな・・・」


ぺこり、と可愛く謝られても、さっきまでの態度がかなりのダメージになったんだろう…どことなくぎこちない。 平助くんはべっこりとへこんだままだ。


「分かってくれた?千鶴。問題なのは平助くんじゃなくて、」
「…沖田さんですね!!」
「よく…よく分かったね」
「すげーな、千鶴!」


あまりの即答と、疑問形じゃなく断定した所に私は尊敬の念を抱いた。何かトラブルになった時は、だいたい彼が関わっている 事が多いのを千鶴は身を持って知っているせいだろう。
最近はともかくとして出会った時は「殺しちゃいましょうよ」とかなんとか物騒な事を言い出したらしいし。 その鮮やかな回答に私と平助くんは苦笑するしかなかった。
そして平助くんは「俺…出直してくるな…」と息をはぁ、 と吐き出してから、ふらふらと私と千鶴が見守る中、その場を立ち去ったのだった。


「そういえば平助くんは何をしに来てたんですか?」


千鶴が、がつん!と盛大な音を出して柱にぶつかる平助くんの後ろ姿を見ながらそう言ったが、まったくもって なぜなのかはわからない。最近の若者の考えることはさっぱりだ。あ、最近じゃないか。
でも私には最近も昔も男の子の気持ちなんて分かりはしないのである。




言わなきゃ分からない
「あ、平助くん。どうだった?」
「どうもこうもねーよ!総司!」
「だってあれが1番手っ取り早いから、つい」
「つい、で押し倒した俺の身にもなってくれよ…!(、どう思ったんだろ…怖い!!)」
「あはは、平助くん可愛いね〜」
「う・・・うるさいっ!!」








(090726)