朝である。
爽やかな朝はかなり気持ちがよい。時代的にもアレだ、なんか空気が美味しい様な気がするし。
そうして私は大きく深呼吸する。すっと冷たい空気が肺に入ってきて、あー!と訳もなく叫びたくなる。 そんなこんなで私は部屋を飛び出した。


向かう先は台所だ。
今日の食事当番は確か斎藤さんと原田さんだったけ?と思いながらそっと覗くと、鋭い眼光を飛ばしてきた。 言わずもがな斎藤さんだ。朝から涼やかな目線は私をいともたやすく貫いた。
次に気が付いたのは原田さんだ。色気のある空気をいつもながらに纏いながら、優しい笑みを浮かべたその口は言葉を 紡ぐ。


「おー、。ここはいいから他のとこ行ってくれー」


・・・容赦ない戦力外通告であった。優しくはない。厄介払いである。
斎藤さんなんかこちらを見たのは私が台所に入ったその時だけ。 その背中が全てを物語っていた。あえて翻訳するとしたらこんなところだ。「邪魔だ」と。
確かに私だと邪魔になるだけだ。「はぁーい・・・・」と大人しく返事をして、 他の場所に行く為に踵を返す。でもえーっとどうするかなぁ。
千鶴は確か洗濯してるかなぁ。それを手伝うのも良いかもしれない。力仕事だけが取り柄な訳だし。 そういう訳で私は次に中庭の方へ行く事にした。




「きゃああああ!」


中庭に到着すると鋭い悲鳴が中庭中に響き渡った。
何事かと思って慌てて駆け寄る。こんな高い悲鳴は千鶴以外にはいない。千鶴になにか遭ったのか・・・?! と急いで駆け寄り、悲鳴を上げる彼女をなだめる。


「千鶴、なにが・・・、」


そこまで言いかけた時に、ぬっ、と私たち2人に影が差した。
驚いて見上げてみると、なんとまぁ朝日を背に神々しいばかりの笑みを浮かべた沖田さんがいた。 まぁ、ね。分かってましたよ。千鶴が悲鳴を上げる時は、大体この人がらみだって。ええ、ほんとに。
きっと眉を吊り上げて千鶴を庇うように立ち上がる。無論手は腰である。仁王立ちというやつ。 そんな私の態度にも、一向に構わないという様に笑いを絶やさない沖田さんは、一見穏やかな好青年にも 見えるけれど、実質この人の中身は子供である。しかもかなり厄介な子供。


「あれ、どうしたのさ。ちゃん。朝ごはんの用意は?」
「知っての通り、ここいるってことは追い出されたって事ですけど?」


憮然とした態度でそう答えると沖田さんは一層楽しそうに笑った。
のほほん、とした空気が流れるが、忘れてはいけない。これはバカにされてるのである。 笑顔がそう言っている。ここに人達は言葉には出さない割に、態度で表す。もろばれである。


「それより、なんなんですか。・・・また沖田さんがなにか・・・、」
「人聞き悪い事言わないでよ。大体どうして僕がいじめるの?むしろ親切にしてあげたくらいなのに」
「・・・本当に?」
「やだなぁ、怖い顔」


面白そうに笑いをこらえている彼の言葉はどうにも信じられず、後ろにいる千鶴と目線を合わせる。
視線で促すと、おずおずと千鶴は語り出した。


「えと・・。その。蛙が・・・、」
「蛙?」
「は、はい。沖田さんが蛙を私の目の前に急に出したので驚いてしまって・・・」
「やっぱり原因は沖田さんなんだね・・ちょっと!」


文句を言おうとして沖田さんの方に振り向けば、良い笑顔と共に差しだされた手の上からなにかが飛び出した。
その物体は私の顔目掛けて飛んで、張り付いた。千鶴が後ろで凍りついている。 そして私の前にいる沖田さんは、私の顔を見て爆笑している。くそ・・・!蛙は平気だけど、自分がどれだけ今 間抜けな顔なのかが分かるから余計に腹が立つ。自然と私の表情は無表情になる。
それで沖田さんはひーひー言っていた 笑い声を無理矢理押し込めながら私に聞いてきた。目尻に涙が浮かんでいる。そこまで爆笑しなくても。


「あれ?・・・あんまり驚かなかった?やっぱ背中に入れた方が良かったかな」
さん!あの、大丈夫ですか?」
「ふふふふふ・・・・あはははははは!!!」
さーん!!戻ってきてください・・・!」
「あは、ちゃんは面白過ぎるよね・・・!」
「沖田さんたら、随分可愛い思考をお持ちの様で!私が蛙を怖がるとでも?!」
「・・・なぁーんだ。つまんないの。でも見た目が面白過ぎるよ・・・あは、あはは!」
「沖田さん!もう、いい加減にしてください!さん、大丈夫ですか?」
「ああ、千鶴、私本当に蛙は平気なんだよね。心配しなくても大丈夫だよ」
「あはは、はは・・・っ!ほんと、ちゃん最高・・・!あはは!」


さてと、と思い、顔に張り付いていた蛙を沖田さんに投げつけて、千鶴の方へ向き直る。(沖田さんはまだ笑い続けていた)
見ればもうほとんど洗濯は終わっていた。なぁーんだ、本当にやることがないなぁ。 何かやる事はないか、と聞いてみても千鶴は全部もう終わりますから、と答えた。
本当に働き者な子だ。私とは大違いである。私に出来る事と言えば、沖田さんから千鶴を守ることくらいだ。 まぁ、彼はもう爆笑の渦に呑まれているので千鶴にちょっかいを出す事は、とりあえずないだろう。


それじゃあ、また朝ごはんにね、と言い千鶴の元を去ろうとすると千鶴は律儀にも慌てて立ち上がってお礼を述べた。
そんなに丁寧にしなくても大丈夫なのにな、と思いつつ必死な千鶴を見ていると可愛くて沖田さんが構うのも分かる気がする。 ああ、いかんいかん。ついつい顔が緩むんでしまうのを必死で戻しながら、その場を後にした。





それにしても本当にやることが無い。そんなこんなで何かやる事はないか、と周囲を見渡していると廊下を 永倉さんと土方さんが歩いて行くのが見えた。駆け寄って朝の挨拶をする。


「あ、おはようございます!土方さん、永倉さん」
「・・・朝から元気だな、てめぇは」
「おお、ちゃん。おはようさん」
「朝から稽古ですか?精が出ますねー」
「おうよ!朝から稽古すると、朝飯が美味いからな」
「お前はいつ食べてもうめぇしか言わねぇじゃねぇか」
「なんだよ、土方さん。身体動かして飯を食うってのは健康にいいんだぜ」
「そりゃそうだけどな。今日の朝飯当番は・・・確か、」
「今日は斎藤さんと原田さんが朝ごはん当番でしたから、ひとまず安心ですよ」
「ならいいな。総司だったら・・・危ない所だった・・・、」
「ああ・・・総司じゃないだけ万々歳だぜ・・・・」


どこか遠くを見てしまった土方さんと永倉さんを慌てて引き戻す。
そんなに嫌な思い出があるのだろうか・・・沖田さんなら無理もない気はするけど。


「それより、お2人はどこに行くんです?」
「俺らか?俺らは今からひとっ風呂行って来ようかと思ってよ。それから俺は平助の奴を起こして朝飯に行くぜ?」
「ああ、ほんと。凄い汗ですもんねー・・・ここの線からこっちに入ってこないでくださいね」
「お前なぁ・・・」
「酷っ!ちゃん、なんか毒舌になってねぇか?総司の悪い影響か・・・?」
「冗談ですって!毎日御苦労さまです。あ、それより何かお手伝いする事ありませんか?」
「んー、ならちゃん。平助の奴を起こしてやってくんねぇか?風呂が長くなったら平助と一緒に遅刻になっちまうし」
「遅刻は厳禁だぞ、分かってるとは思うが」
「分ぁーってるよ、土方さん」
「藤堂さんですか?いいですよ?昨日遅かったんですね」
「ああ、平助の所が当番だったからな。じゃあ頼んだぜ、ちゃん」
「また後でな。早く行くぞ、新八!」


頼まれた事くらいはちゃんとこなせるようになりたい。
ただでさえ分からない事ばかりで、出来ない事の方が多い私だ。ごはんも洗濯も出来ないけれど、起こし に行くくらいは出来る。 よし、と気合いを入れる。


そして私は藤堂さんの部屋までたどり着いた。やれやれ…。障子を勢い良く開けて、朝の挨拶をしたけれど彼の反応はない。 ぐっすり健やかおやすみ中である。枕を横抱きにして眠る様はほほえましいのだが、ちゃんと 起きてもらわなければ困る。そう決意した私は鬼の心になり、布団に近づく。


「…ぁんだよ…新八っつあん・・・うーん・・・うぁ・・・」


近づいていけば寝言なのかなんなのか、うにゃうにゃと言いながら藤堂さんは寝返りをうった。
まさか気配で永倉さんと間違えたのか・・・?!それならかなりのショックだ・・・永倉さん本人には失礼かもしれないが、 ショックのあまりついつい藤堂さんにかかと落としをお見舞いしてしまった。・・・いや、だからショックだったんだってば。 乙女の純情って儚いんだから。


「ぐへぁっ!!!・・・て、敵襲かっ!!」
「朝ですよー。おはようございます、藤堂さん」
「・・・へ?あ、あれ?・・・・?!な、なんでここ、こ、こんなとこに・・・!」
「永倉さんから頼まれまして。早く行かないとご飯なくなりますよー」


ひらひらーと手を振って部屋を後にする私だったが、そのまま去る事は出来なかった。
藤堂さんが、思いっきり駆け寄ってきて手首をぐい、と引っ張ったのだ。・・・一体何。もしかしてかかと落としは 私がしたってばれた?内心冷や汗かきまくりな私だったけれど、笑顔で対応。これ接客業の基本。


「どうか、しました?」
「あ、・・・あー。起こしてくれてありがとな」
「いえいえ。私に出来る事はこれくらいなので。では・・・、」
「また後でなー・・・。・・・・?・・・・どうかしたのか?」
「はぁ・・・えと、あの藤堂さん。手が、その」
「は?・・・あ!わっ!ご、ごめん!」


瞬時に真っ赤になって手首を離す。青春真っ盛りな高校生だっていまやこんなことで照れやしないぞ。 純情乙女を乗り越えて、純情すぎる。乙女より純情な男の子ってどうなの。
藤堂さんってまぁ、同い年くらいに見えるけど、確か元服はしたって言ってたような・・・。


もしかして無意識で握ってたのか、と思いちら、と彼を見やるとやっぱり藤堂さんは変わらぬ赤い顔で何事かを まくしたてていた。まぁ、それらの言葉は全て私の脳みそを素通りしてしまっていた訳だが。


そんなこんなで、私の一日は始まるのだった。







純情万歳!
「あれ・・・オレ、なんでの手、握ったりなんか・・・・」


ギャグが読みたい!と言ってくださる方が多くいらっしゃいましたので、書いてみました。中途半端なギャグですが・・・。
タイトルはわたしの心情です(笑)

(100112)