朝がやってくる。
この春の境目は温かくなったかと思いきや、急激に寒くなる事もある、いわば 風邪をひきやすい時期だ。
障子からは眩しいほどの朝日が目蓋を差す。鳥のさえずりまでオプションで付いている。 眩しい、と感じて目覚めるなんて、何年ぶりなんだろう、とまだ完全に覚醒しきっていない頭で考える。 そして肩までずり落ちていた布団を自分の顔の所まで引き上げる。


しかしすでに日が昇って眩しいと感じる、と言う事はこの世界ではすでにもう遅刻決定である。
ニワトリと同時に目覚め、太陽が沈むのと同時に寝るなんて日常を過ごした事もなかったわたしである。 身体が慣れるのにも時間がかかる。


どうもここの人達は低血圧などと言うものがないらしく、わたしの様にぼーっと布団から上半身 だけを起こして30分待機とかそういうことはないらしい。
その証拠に藤堂さんなんかは、起こしに行った時には多少はぐずるものの実際起きたらすぐにてきぱき布団を 畳み始めるし、 沖田さんなんかいつもはだらだら部屋でしているくせに、わたしが眠いなぁ、と感じる時には誰よりも早く ちょっかいを掛けにここまで来たり。永倉さんだって、起きてすぐご飯食べてたりするし。
要するにここは健康優良児が多いということなのである。






そんな時代なのでいつまでも布団の上でごろごろしていると思われてはたまらない。
・・・そうは思うものの、冷たい水で顔を洗おうにも動く気にならない。
まず部屋から出ようと思うのに30分は掛かるのだ。だからのろのろ布団を押しのけて起きて、 のろのろ布団を畳んで、のろのろ服を着替えるまでには1時間掛かる。
そしてさらに悪い事に私は寝起きがかなり悪い。最低な条件が全て揃っている。 あーあれだ低血圧って確か病気だし。うんうん、仕方がない事なんだ、うんうん、きっとそう。


とは思いながらも、土方さんに怒鳴られるのも勘弁である。
かなり御免被りたい。出来る事なら怒られず穏便に起床したい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とは思うのだけど。

依然としてわたしはだらだらと布団の中にいるままなのである。
眩しいほどの朝日がわたしを照らしていても、そんなのおかまいなしに。
ああ、布団の中って天国、イッツヘブン!とか馬鹿な事を考えてしまうくらいには重症だった。









そんな眩しい所に影ひとつ。
布団にくるまるわたしに声が掛かる。すみません、寝ていますと返事を返すと嘘を言うな、とまたまた 厳しいお言葉。・・・・・斎藤さんである。



わたしの中の斎藤さんのイメージは、健康優良児に加えて優等生なイメージである。
毎日決まった時間に起きて、やらなければいけない事を全てきっちり終えて、そして毎日決まった時間に寝る。 そしてそのやらなければいけない、と言う中に、「わたしを起こす」と言う事が土方さん命令で下っているのだが。
わたしとしては無理な話である。ニワトリと共に起きて朝日を見るなんて、自慢じゃないけど元旦でもやった事が ないんだぞ!



「起きろ」
「んー。無理です、おかぁさ・・・ん」
「俺はあんたの母親ではない。副長がお怒りだ、早く起きた方が良い」
「ん・・・・・・・・・斎藤さん」
「なんだ?」
「・・・・・・・・もうあと5分、いや3分、待ってください」
「・・・・・・・俺の記憶が確かなら、そういって起きた事など皆無だと思うのだが」
「ぐー・・・」
「しらじらしく今更寝た振りをするな」
「・・・・・・・・・・」
「まさか、本気で寝た訳じゃあるまいな・・・!?」



障子越しに続けられる会話の途中で寝てしまいそうになり、外から斎藤さんの珍しく少しだけ焦った声が聞こえる。
しかしその珍しさよりも何も眠気の方が勝ってしまって、瞼が何度も落ちそうになってしまう。必死に 留めては見るものの、やはり本能には逆らえないというやつか。



「もっともらしく言えば良いというものではないだろう・・・早く起きろ」
「・・・・・・なんで考えてた事が分かるんですか」
「あんたの事だ。どうせ起きたくないから屁理屈をこねているということぐらい分かる」
「本当に、斎藤さんはよくわたしのことをお分かりで」
「簡単な事だ。単純な思考回路なのだから手に取る様に分かるだけだ」
「そこまで理解してくれているのなら、寝ても良いですよね」

「・・・寝るな、」



再び布団にうずもれようとする私の身体が止まったのは、布団をはがそうとする斎藤さんのせい。
そっと目を細めて障子の方を見れば開け放たれている。 そして入って来た侵入者は、朝日を背に受けて、わたしが今引き上げようとした布団をぎゅっと掴んでいる。
どうやら強硬突破をはかるつもりらしい。それにしたっていつの間に部屋に入って来たというのだ。 そしてもちろん、和服をびしっと着ていつも通り髪を結んだ姿だ。完璧である。
対してわたしは寝ぼけ眼な上、髪はぼさぼさ、もちろん服は着替えてもいない。しかし布団にはかじりつく。
離すものか、返せ私の安眠!



「・・・・離せ」
「・・・・そっちこそ」
「あんたが起きると言うのならこの手を離そう」
「わたしだってそんな昼まで寝るとかそういうんじゃないんですよ、あと30分寝たいって言ってるだけで」
「先ほどより時間が長くなっているようだが」
「あはー。気のせいですよ、斎藤さん」
「ほら、早くしろ」
「あぎゃっ・・・酷いですよ。斎藤さん!」



所詮男女の力の差などこんなものだ。あっけなく布団を引っぺがされて、さらに敷布団まですっと取り除かれて、 わたしは冷たく硬い畳の上へ無様に転がる。 よ、容赦ないぞ・・・斎藤さん!
しかしこのままではわたしの安眠が返ってこない。きっと睨みつけると、斎藤さんは持っていた布団と敷布団を ぺいっと向こう側へ放り投げた。
顔のすぐ傍を布団が猛スピードで通り抜けた。恐ろしい男だ・・・斎藤さん。
思わず正座をしてしまう。そうすると斎藤さんもわたしの目の前に正座してまっすぐにこちらを見た。 そして静かに口を開く。



「なんだその目は。なにか言いたい事があるのか」
「・・・・・あります!」
「なんだ。・・・・聞いてやろう」
「あのですね。わたしのこの寝起きの悪さは病気なんです」
「・・・何?」
「わたしのいた所では、低血圧っていう立派な病気なんですよ」
「病・・・」
「ええ。主に症状は頭痛、めまい、不眠、息切れ、冷え、などなど」
「そ、そんな大層な病だったのか・・・すまない、
「分かってくだされば良いんです。なのでわたしはもうひと眠りしま、」






話を聞いている内に真剣になってくれた斎藤さんを見て、わたしは、ああなんとか聞きいれてくれたようだと ほっと胸をなでおろして、飛ばされた布団を敷き直して、また眠りに入ろうとしたのだけれど。
どうも斎藤さんの様子がおかしい。下を向いて肩を震わせている。
よくよく耳をすませば、何かを呟いている。・・・ん?



「さ、斎藤さん?どうかしまし、」
「ちょっとそこで待っててくれ。すぐに戻る」
「へ?ちょっと、斎藤さん。どこに行くんです?」



布団から半分身体を覗かせて引きとめようとするわたしをすさまじい力で押し戻して、 途端に踵を返し、凄い早さで部屋を出ていく。
慌て過ぎて、斎藤さんが閉めた障子が一度閉まろうとして、しかし勢いが強すぎて跳ねかえって少し隙間が空いている。 すさまじい・・・。
唖然としてしまったわたしだけれど、そのわたしの疑問をかろうじて聞き取った斎藤さんから返って来た 言葉は。



「こんな時にこそ、石田散薬だ!」






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」


わたしはもしかして大変な彼のスイッチを押してしまったのではないか?
ひきつる笑顔を必死に元に戻して、これから襲い来る恐怖に耐えるべく布団の中にもぐりこんだのだった。







すみません、もう許して!
「待たせた、ほらこれを飲め」
「いやいや、いいです。もったいないです、わたしなんかの為に・・・!(勘弁してー!)」
「それは気にする事じゃない。これを飲めば楽になれるはずだ、



(100413)