「か、・・・完璧!完璧すぎる・・・!素敵過ぎる!」
「あ、さん。どうしたんです?」
「千鶴、見て!この完璧すぎる洗濯を!」
さん・・・本当に洗濯物好きですねー」
「いやぁ、洗濯してこう風になびいてるのを見ると気分爽快なんだよね!」



中庭の開けたところは絶好の洗濯物干し場になる。
ただに任せると所構わず干してしまい、さらに洗える限りのものを全て洗ってしまうので 隊士たちは身に付けた衣服以外のものは着れない状態になるのだけれど。
まぁ、そんなことはにとってはどうでも良いようだ。 千鶴は横で爽やかに笑うの横顔を見ながら、一緒に笑った。



「なんだなんだ、このっ!いてっ!」
「どうやら標的がきたようね・・・!」
さん?どうしたんです、今のって平助くんの声ですよね?」
「そう!藤堂くんは格好の標的なの!何故って、よく汚すから!」



干しまくった衣服が風になびいて、目に直撃するのは結構地味ながら痛い。 目の前を手で防ぎながら洗濯物をかきわけて出てきたのは、今の噂の人物の藤堂平助だ。
後ろに結い上げた髪も洗濯物と連動してゆらりと揺れる。 髪の毛もどうにかして洗濯出来ないものか、などと考えているの目は限りなく怪しい。



「なっ、んだよ。その目、止めろよな!」
「ふっ、まぁ今は逃してあげない事もない・・・・・・・こんだけ干したら満足だし」
「本当によくこんなに干したよなー。お前のその洗濯魂は尊敬だぜ」
「そうでしょ?あー爽やかだー」
「とか言っといて、なんでこっちにじりよってくるんだよ。おま、その手はなんだその手はー!」
「平助くんの髪の毛までどうにか洗濯出来ないものかしらってさんは考えてるの!」
「な!なんで私の考えている事が・・・!千鶴さすが!」
「・・・・・・さっき口から出てました」
「ああ、そうなの?びっくりしちゃった」



こっちに来るなーっ!と叫んで逃げられては、とてもとても追いかけたくなる。
一緒に隊服も洗濯しちゃいたい所である。ぐるぐるぐると逃げられるのだけれど、執念でその裾を掴む。 そのままぎゅぎゅっと拘束して、隊服を脱がせる。 彼の服はいろいろと細かいので、洗濯しがいがあるのだ。思わずにんまりすると反対にもう涙目な藤堂である。
この時千鶴はただ生温かい目で2人を見守るしかない。 生き生きとしている彼女を見るのはとても嬉しいから。



「ちょ、勘弁してくれって!今はどこも汚れてないから!」
「嘘おっしゃい!巡察に出たでしょ?目には見えない汚れがたっぷりなんだから」
「前出したばっかだし、これでいいの!じゃっオレはこれで」
「こら、待ちなさ・・・・・・・・・だっ!〜〜〜〜っ!」
「ん?なんか面白そうな事やってるね?平助と追いかけっこ?」
「げ、沖田さん」
「なんだか僕の名前の前に不快な言葉が混じってたみたいだけど?」
「うわぁあああ、沖田さん。・・・・いたんですか」
「変えればいいってもんじゃないから。それも不愉快だよ」
「あれ、沖田さん。どうしたんですか?」
「うん、千鶴ちゃんは良い子で安心したよ。平助の叫び声が聞こえてね。楽しそうだったから、つい」
「・・・そういえば、さんって沖田さんの事はあんまりですよね」
「うん・・・あんまりだね」



逃げた藤堂を追って走りだそうとしたのだけれど、その時丁度洗濯物をかきわけて出てきたのは、 沖田総司である。彼の胸に飛び込むように激突したのだが、そんな可愛いらしいものではなく本気の速度で ぶつかった為、しばしの間悶絶してしまった。その間に藤堂はこれ幸いとすたこらと逃げ出してしまった。
ちっ・・・・逃がしたか、と獲物を狙う表情がから消えたのだが、沖田に対する反応は薄い。洗濯はしたくないのだろうか。
藤堂のそれに比べて随分ぞんざいな扱いをされる沖田である。千鶴は訝しげにそう疑問を口にした。 するとは残念そうな顔で俯き呟く。そういう表情や言動をされるのはやや不愉快なのか、の 吐きだした「あんまり」という言葉に沖田の顔がゆがむ。



「なぁに?ちゃんは僕のどこが”あんまり”なのかな?・・・詳しく教えてほしいんだけど」
「おお、お、沖田さん!顔が凶悪犯です、そのものです!」
「千鶴ちゃーん?君は僕に虐めてほしいのかな?あはは、」
「いえ!滅相もないです!・・・どうぞ、さんと触れあってください!おかまいなく!」
「千鶴ちゃん、切り替え早っ!もうちょっとそこは粘ってよ。私を助けると思って!」



必死に声をあげるだったけれど、千鶴は諦めが早かった。
自身も不思議に思っていたと言う事もあるけれど、藤堂、土方、斎藤は構い倒して、衣服をはぎ取る事が多い割に、 沖田、原田、永倉は結構放置である。
なにか秘密があるのだろうか、と思ってしまうのも無理はない。 の発言に注目が集まる。



「だって・・・もの、」
「え?今、さん、なにか・・・」
「はっきり言ってよね。気になるから」
「沖田さんは・・・・・・その・・・、薄着だもの!」
「は?」
「へ?」
「薄着の人の衣服をはぎ取っても全然面白くないの」



俯いていた顔をまっすぐに沖田に向けてそう発言する。本人は真面目なはずなのだが、どうもなんだか納得がいかない。 おもわず半目になってしまう沖田である。あ、腕まで組み出した。
・・・・・ちょっとこれは本気でお説教する時の態度だな、と千鶴は今までの経験からその結果を叩きだした。 数歩彼らから距離を取る。
願わくばさんがそんなにへこまされませんように・・・!べこべこにへこむさんとか 見た事ないけれど・・・。 ついつい握る手に力が入ってしまう。
でも言われてみればその通りで、前者は皆、着こんでいるか服の重ねが多かったり小物が多かったりする人たちである。 後者はどっちかっていうと半分くらいは裸みたいなものである。
ここに来た時には、何故、あんなにはだけているのか気になったけれど、それも今では普通になってしまった。
うん、別に、あれが普通なんだ、うん、きっとそう。



「ぼ、僕が薄着だからってそれだけの理由で、かなりの放置かましたって訳?」
「放置じゃないです、眼中になかったんです」
「・・・・僕、部屋に戻るよ・・・じゃあね、千鶴ちゃん、ちゃん」
「え・・・!?あ、あれ?沖田さんがへこ・・・ん?・・・あれ?!」
「はい、さようならー。沖田さん」



千鶴は混乱した。 べっこりへこまされたのはではなく沖田だったという事実に。
肩すかし、というか沖田がべっこりへこむなんて見たことが無い。いつも自分をからかったりする時には 最高の笑顔なのに、それとは逆ににとぼとぼと去っていく後ろ姿を見た事はなかった。
さんって本当に凄いなぁ。最低限の言葉で確実にみぞおちに一発決めた感じだ。
変な尊敬をに抱きながら千鶴がべっこりな沖田を見送っていると、向こうからわいわいと声が聞こえ出した。



「おいおい、今の総司はどうしたんだよ」
「原田さん・・・まぁ沖田さんは色々諸事情で・・・」
「あんな総司の姿、珍しいな。よほどなんかあったに違いねぇな」
「永倉さんも。・・・やっぱり沖田さんのあんな姿珍しいですよね」
「ああ、久々っていうか貴重だな」
「あれ、原田さんに永倉さんですか・・・・・ふぅ」
「おい、ちょっと待て、!今のため息なんだよ」
「いや、今日も相変わらずお元気そうですね、なによりです、ええ」
「おい、どうでもいいって雰囲気が出まくってるぞ。少しは隠せよな」
「あら、失礼しました」




洗濯物が飛ばない様に調節していた手を止めて振り返ったさんは、あまり感情の籠っていない声で 2人を呼んだ。本当に興味がなさそうな喋り方だ。
ここで斎藤さんや土方さんが来ればさんの態度も大分変わるんじゃないのかなぁ、と思ってみるものの、 都合良く現れる訳でもないし・・・。
原田さんと永倉さんが疑問符を浮かべていても、さんは変わらずにあっけらかんとした表情で言う。



「急に落ち込んで部屋に戻るって行ってしまって・・・なにがなんだか」
「そうか、総司、本当にどうしたんだろうな」
「あいつが落ち込むなんて、明日は雪じゃねぇか?」



一部始終を見ていた私からすれば、結構酷い事をばんばん言っていた気がしたけれど、きっと さんにとっては別に酷い事でもなんでもなく、多分、そのまま思った事を言っただけなんだろう。 ・・・・・・・・・・それが悪かったんだけど。

その後もなんでもないような顔をして急に走り去ったさんを見送りながら、その理由は普段、肌の色などほとんど見せない斎藤さんが 通りがかったせいだとあとから気が付く。
残された原田さんと永倉さんと私は、ただただそんなさんをなすすべもなく見送るだけだった。
・・・・・・・・まったく相手にされないって凄く悲しいですよね、となにか話題を探したものの、 どう掛けてもむなしくなってしまった。しかしそれでも2人に声を掛けるのが精一杯の私の 優しさであった事を誰か認めて欲しい。

2人は隊服やら服やら、鉢巻きやら、口には出せない様なものがはためく爽やかな空の下で、深く深く頷いたのだった。
本日も快晴、絶好の洗濯物日和である。





本音が突き刺さる
「左之ー、俺も厚着しようかって考えちまったぜ」
「確かにあのなんの興味も沸かねぇって顔されちまうとむなしいもんだよな・・・心に響くぜ」
「お前、いつも女にふられた事ねぇから、心の傷がより一層深まるんだぜ」
「じゃあ、お前はいくらに冷たくされても平気だな。慣れてるから」
「・・・・・・・・・・いや、回数は関係ない・・・な、うん」
「そうかー?まぁ慣れる訓練でもしておいた方が身のためだな、それか平助みたいに小物を増やすとか」
「そうだな、平助がちょっと羨ましいぜ・・・・っていうか左之、さり気に酷い事言ってねぇか?!」








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