不幸な事は唐突に起きるものだ。そして不運な事に不幸は連続して起きるものだ。―――藤堂平助今日の日記より。



秋の穏やかな日が続いていた。と思いきやその日はいきなりのどしゃぶりの雨。
ちょうど巡察の順番が回ってきていたオレはふぅ、とため息をひとつ吐いた。 ため息をはいた所で、巡察がなくなる訳でもないし、雨が上がる訳でもない、何も変わらない。 それでもついてしまいたくなってしまうのは仕方がない事だと思う。



しかし仕事は仕事。ぐずぐず言っている場合ではない。 そんな巡察中の事だ。
ふ、と目を大通りから外して見ると、小さな露店が出ていた。 何気なくそこを見やれば、櫛や簪など女物がずらりと並べられている。 自分の目線に気が付いたのか、店主が新選組の羽織にも気後れせずに話しかけてきた。
翠玉、柘榴石、天藍石、紅水晶、色鮮やかな玉を付けた簪を手にして勧めてくる。



「良い人に買っていってくださいな。これなんか人気の簪だよ!」
「そんな人いねぇって!止めてくれよ」
「まぁまぁそんなこと言わずに。安くしとくよ」
「あー、うん、でもなぁ・・・・。」
「これを贈れば一発よ。流行りの簪だよ」



店主の話を聞きながら、屯所にいるであろう、人物の姿を思い浮かべる。
店主の言うように良い人であったなら、と何度も思ったその人の事を考えていたら、そのまま押し切られて 買わされてしまった。どうやら、見抜かれていたらしい。あなどれない商人魂だ。
懐から抜けていった金、そして到底渡せそうにもない手の中にある簪。
きっとこの簪を挿したは可愛いだろうなぁ・・・まで考えて我に返った。
これ、どうすりゃいいんだよ・・・オレの馬鹿!渡せるわけないだろ!






そんな心境の中、巡察を終えて屯所の門をくぐる。隊士たちにも早く着替えろよーと声がけをして 解散させる。
そして自分も、部屋へ向かい、早く着替えようと考える。ああ、ちょっと寒くなってきたし、ほんっとさむ! 濡れた身体が冷たい風に当たって余計に寒い。ぶるりと身を震わせながら自分の部屋への道を急ぐ。
懐にはさっき買った簪がその存在を伝えてくる。 俯くと髪をぬらした雨が雫となってぽたぽたと垂れて、ぬぐい切れずにぶんっと頭を振るとしぶきが盛大に飛んだ。
と、同時に前方から声がした。この声、は・・・!



「つめたっ!ちょ、藤堂さん?!めちゃくちゃ飛んできたんですけど!」
「・・・・・っへ、ああ、悪ぃ、・・・って、おわぁあ、!!?」
「えっ、な、なんですか?そんなに驚かなくたっていいじゃないですか」
「い・・・いや、あのその、いきなり現れたもんだから驚いたんだよ、ごめんって!」
「それはいいですけど、そんなにベタベタだと風邪ひきますよ、ほら」
「だっ、ちょ止めろって!いいからっ!」
「大人しくしてくださいってば、頭濡れ過ぎですよ、まったくもう」



屯所に帰ると、その人物が最初に出迎えとは、ほんと世の中上手く出来てるよ、まったく。
濡れた頭に布をかぶせてぐしゃぐしゃと拭いてくれる。う、嬉しいけど恥ずかしさの方が勝る。 だぁあ、もう!なんでは簡単にこういう事が出来るんだよ・・・!
オレなんとも思われてないのか・・・うう、左之さんなら どうにかこうにかなるのか?今度聞いてみよ・・・。



「もう大丈夫だって、自分でできるから!」
「そう?だんだん寒くなってきてるから、体調だけは気をつけて」
、ありがとな」
「いやいや、いいよ。あ、おかえり」
「あ・・・ああ。ただいま」



にこにこ、ほのぼの、な空気が流れだしたが、いかん、こんな事をしている場合じゃない!と思って 恥ずかしくて赤くなった頬を隠すように俯いていた顔を上げる。驚くに、じゃあな!とだけ言って踵を返して自分の部屋へばたばたと逃げ帰る。

そこに落として言った物には気が付かず。



「あ、ちょ、藤堂さーん、落としましたよー。って聞いてないし」



1人取り残されたはきらきらと輝く簪を手に茫然と立つのであった。
これ、どうしよう・・・・。







その頃部屋にたどり着いたオレはあまりの自分の動揺を嘆いた。もうちょっと話せたり出来たらいいんだけど、 なかなか言葉が出てこない。
まさか考えていた人物に屯所に帰ってから一番に 会うなんて思いもしなかったせいで、変に動悸が激しくなってしまった。 相手は平然としているのがまた悲しい・・・。 今日はどうも不幸っつうか、悪い事がちょこちょこと重なる。
そう思いながら今日買ってしまった簪を懐から出そうと・・・した、はずだった。 懐に手を入れても一向に感触がない。ない、・・・・ない!ないないない! げげげげげっと頭から一気に血が下る感覚がした。


「・・・・って、ない!ないない!!まさか・・・落とした?!」


渡すどころか、その前に落とすなんてかなりの間抜けだ。新八っつあんに聞かれたら絶対に笑うに違いない。 はぁ、結局オレはいつもこんな感じだよ・・・はぁ、とため息を二回吐いた。 やりきれない自分がやりきれない。今日ため息何回目だよ・・・。
とりあえず濡れた服だけでも取り変えようとして脱ぎ出した時だった。







「あの、藤堂さん?今大丈夫?」
「へっ?はっ、え、?!」
「いかにも。ですが」
「わっ、ちょ、ちょっと待って!今着替えてっから!すぐ終わる!」
「はいはい、ゆっくりでいいよー」



慌てて引っ張り出してきた服を適当に来て、勢いよく障子を開ける。
するとはそんなに急がなくても、と少し笑った。
生乾きでそのままでいた為か、髪がぴょんぴょん跳ねているのに気が付いて必死で撫でつけるものの、あまり意味は なさそうだ。諦めてに向き直る。



「これ、藤堂さんのでしょ」
「あっ!あ・・・あー・・・えーっと・・・それ、は」
「ほら、これ渡すんでしょ?頑張ってね!」



渡そうとしていた人に、応援されてしまった・・・・・・・。
一体オレはどうすれば良いのか。だれか助けてくれ・・・。
ぎゅっと握りしめた簪は、やっぱりきらきらと綺麗で、に似合うなぁ、とか考えたり。 そんな表情がころころと変わるオレを不思議そうに眺めてからは口を開いた。



「そうそう、そういえば、おき」
「僕がどうかした?」
「うわっ、そ、総司!どっから沸いて出たんだよ!」
「沸いて出たなんて酷いなぁ、こんな目立つ所で話ししてたら嫌でも視界に入っちゃうよ」



にこにこにこにこ、と怖い笑顔をまき散らす総司は悪気満タンな顔をしていた。
それで、とそこで言葉を切った総司はオレの手の中にあった簪をとりあげるとぽきっとそれをいともたやすく折った。 ・・・・・・・・・折った?・・・・・お、折った?



「「うわぁああああああああああ!!」」
「なに、2人ともうるさいんだけど。迷惑だよ」
「迷惑はあなたですよ、沖田さん、なにやってくれやがってんですか!」
「総司!おま、なんてことすんだよ、これ高かったんだぞ!」
「本当ですよ、せっかく藤堂さんが勇気を出して渡そうとしていたのに!」

「・・・・・・・・は?・・・・・平助。君、もしかして」
「だぁああ、もうなんだっていいだろ!そんな目で見んな!ほっとけ、総司」
「・・・・・可哀相。・・・ごめんね平助」



さっきの光景を見て、オレがに簪を贈っていると勘違いして面白くない、と思って簪を折ったのだろう。
まさか渡せずにいたというのが想像できなかったに違いない。総司は手に折れた簪を持ちながら すっごく、可哀相な物を見るような目でオレを見てた。
総司が謝るなんてかなり貴重な事だけれど、全然嬉しくない。 むしろ涙が出来そうなのは何故。



「ううっ・・・今日は朝からツイてねぇことばっかだ・・・」
「ああ、もう!沖田さん、藤堂さんが崩れ落ちちゃったじゃないですか!可哀相に!」
「・・・・・・僕だけのせいじゃないよ、君もだよ」
「はい?何言ってるんですか、沖田さん。ああ、ほら、藤堂さん泣かないでーよしよし、」
「・・・・!!」
「わぁお、今日の所は引き下がってあげるよ。よかったね、平助」



よしよしとあやされるような声に一瞬自分が凄く小さな子供になったような気がした。
ぎゅっと抱き寄せられると背中をぽんぽんと優しく叩かれる。 なんだか雨の香りとともにふんわりと優しい香りが漂ってきて、オレはそこでようやく今の自分の 現状に気が付いた。



あれ、今日、良い日だったかもしんない。









こころの怪我の功名
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「よしよし、次がありますよ、藤堂さん。元気出して!」
「・・・う、そう、だよな!総司になんか負けてられないぜ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「その意気!頑張れ頑張れ藤堂さん!」
「おうっ、やってみせるぜ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ってうわぁ!一くん!」
「・・・・・・・・・・・問題ない。見なかった事にする」
「ちょ、待てって、一くんってば!誤解だって、いや、誤解?あれ?いや、とにかくこれは・・っ!」







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