「入りますよー、副長ーぉ」
か。入れ」
「お茶お持ちしましたよ」
「悪いな」



少し間延びした声を出せば呆れたような声が障子を挟んだ向こう側から返される。
了承の意のその言葉に答えて器用につま先で障子を開けて入る。 もちろん閉める時も同様につま先である。なにか言いたげな副長を無視して、そのまま書類まみれの 机の前まで行く。



「お前・・・まぁ、いいか」
「そうですよ、副長。お疲れかと思って茶菓子も。もう春ですねぇ」
「桜餅か、そういやもうそんな時期だったな」
「副長はこもってばかりですもんね」
「お前が俺の分まで書類整理やってくれるっつーんなら、こもらなくてもいいんだけどな?」
「すみませんでした、いつも頑張る副長素晴らしいです」
「おいその棒読みどうにかしろ」



とん、と軽い音を立てて置かれたお茶と桜餅に目をやった副長は、一旦片付いた書類を端へ退ける。
ひと段落ついた所みたいだし、たまには休憩してもらわないと限界を軽々と越えて仕事をしてしまう この人は休憩なしでぶっ続けてしまうだろうし。



「はぁー・・」
「その書類届けてきましょうか?副長は休んでください」
「俺はまだ大丈夫だ。お前こそ最近休んでねぇだろ」
「まぁ私は毎日休みみたいなもんですからね。雑用ですし」
「書類が無い日は家事手伝ってんだ。休みがないようなもんだろうが」
「そういうもんでしょうか?」
「そういうもんだ。少しやつれて見えんぞ」
「無理はしてないんですけどね〜」



またしても重いため息を放った副長は、傍に散らばった書類を見る。
これ、全部終わるのいつなんだろう・・・とついつい遠い目をしてしまう私は、やっぱり疲れているのかもしれない。
やれやれと首を振って、視線を書類から引きはがして副長を見ると、どうやら私を見ていたらしい副長と 目があった。しばし沈黙。



「・・・・・・・・あの、なにか?」



数秒の沈黙にも耐えられそうにない、その鋭い視線に耐えきれなくなり声を掛ける。
首をかしげて見せれば、副長はぷっと思わず漏れてしまったというような笑い声を出す。 軽く頭に手を置かれ、くしゃっと髪を撫でられる。
何故、撫でられているんだろう、なにかしたか、私、いやいや笑われる事はなにもしていないはずだぞ。うん。



「いや、いつも頑張ってるんだ。なにか褒美でもやらねぇとな、って思っただけだ」
「御褒美ですか!」
「ああ。なにがいい。丁度一段落ついたんだ、俺に出来る範囲なら叶えてやれるぞ」
「え、今ですか?!ええーと・・・なにがいいかなぁ・・・・・」



今話題になってる和菓子屋の草餅もいいし、前に沖田さんが持ってたけどくれなかった金平糖も食べたいし、 防寒用にあったかい毛布も欲しいし、桜も見に行きたいし、その他もろもろいろいろあるけど。
うーん、でもなぁ。今出来る事ってなると、あんまりないもんだなぁ。屯所で出来る事の方がいいよねぇ?



「ええと、その、屯所のお風呂入りたいです!のびのび!」
「風呂?あーそうか、いつものんびり入れないからな。すまねぇな」
「いえ!別に大丈夫ですよ?不便はないので」
「よし、じゃあ風呂だな。俺が見張っててやるからのびのび入ってこい」
「い、いいんですか!副長ありがとうございま、」
「どうした」
「いや、でも副長に見張りさせるなんて申し訳なくて」
「なんでも叶えてやるっつってんだ。遠慮するな。俺も休憩になるしな」
「ありがとうございます。じゃ、さっそく準備してきます」
「おう、準備出来たら呼びに来いよ」
「はーい」



ゆっくりお風呂に浸かれるって何カ月ぶりだろうか!
うきうきとした心持で部屋まで行き、必要なものを取ってくる。
ぱたぱたと廊下を駆けていけば、何事かと隊士の人の視線を浴びるが、そんなことは気にしない。



「副長ーぉ、準備できました!お願いします〜」
「じゃあ行くか」



















「ぷはぁ、生き返るぅ」
「親父くさいな」
「副長に言われたくありませんよ」
「なんだと?」



風呂に浸かるとじわぁっとお湯が手足を温め、満たしていく。
扉越しに声を投げかければ返ってくる声に安心して、のんびりとする。
こんなことに副長を使って良かったんだろうか、なんて今更の考えがまた沸きあがってきたけど、 風呂の番をしてくれてくれるというのはすごい安心する。まぁ、これが沖田さんとか永倉さんとかだと不安が 出てくる訳だけど、今番をしてくれてるのは泣く子も黙る鬼副長、土方さんだ。
これが安心できなくてどうする。無敵の番人である。



「本当にありがとうございます、仕事真面目にしてて良かったぁ」
「はぁ、お前みたいな奴ばっかだったら書類もこんなに溜まらねぇんだがな。ったく」
「まぁまぁ、みなさん仕事はしてくれてるじゃないですか」
「は?ったく、お前のゆるい基準で見たら全員そりゃ仕事はこなしてるだろうよ」
「そんな事ないですって。沖田さんだってあれでいて真剣にやってますよ?永倉さんだって皆に慕われる師範やってるじゃないですか」
「お前、良く見てんだな・・・」
「斎藤さんはもちろん、藤堂さんも頼れるいい人ですし、原田さんは人の心の機微に聡いからなんでも分かってくれて、 頼りがいある心の器が大きい人ですし」
「原田だけ長いな」
「ま、それはちょっと贔屓と言う事で」
「おい」
「冗談ですよ」



くすくすと笑ってみせると不機嫌そうな声が返ってくる。
なにも言わなかったけれど、一番頑張ってるのは副長ですよ、と言うと当たり前だろ、俺が頑張らなくて どうすんだ、と当然のように返ってくる。
その言葉にまた笑って、私は湯船に一層身体を沈めた。




「はい?」
「お前も頑張りすぎるなよ。たまには肩の力を抜きゃあいい」
「・・・はい」
「元々お前は、」
「そんなに頑張れる方でもない、って言いたいんでしょ?」
「分かってんじゃねぇか」
「まぁ、そうですね。仕事をしなくていいならしなくていい生活がしたいですもん」
「だろうな。以前は働き者とは言えない生活態度だったからな」
「それは言わない約束ですよ。私が働かなかったらここの人皆、塩分過多とかで死にますよ」
「ああ・・・・・・総司か。悪いな」
「いえいえ、あの人に塩握らせたらいけないって事がよーく分かりました。あ、あと醤油も!」
「そこまで変なもん食わせてきてねぇはずなのに、なんなんだろうな、あの味覚は」
「まぁ、沖田さんの場合はただの面倒くさがりーですよ。私と同じ匂いしますもん」
「似た者同士ってやつで、お似合いだな」
「嫌ですよ。沖田さんの所に嫁いだらいびられそうですもん。あの人姑も兼用出来そうですし」
「っは、総司をそう言えるのはお前くらいのもんだろうよ」



そうですかねぇ、なんて返しながらちゃぷちゃぷと音を立てて湯を満喫する。
副長とこんなに長い間話したのも随分久しぶりのような気がする。ここのところ立てこんでいたから必要最低限の 事くらいしか言葉を交わさなかったから。 しばらく無言が続いて、もう大分身体も温まって来た頃だ。
もうそろそろ出てもいいかも、なんてぼーっとする頭で考えた時だった。 扉の向こうから声が掛けられる。




「はいはい、なんです?」
「俺の所に来ればお前が働かなくても生きていけると思うぞ」
「なんです、急に」



なんだかさっきまでの軽快な調子とはまた違うので疑問に思いながらも言葉を返す。



「そんなの、分かってますよ」
「そんなのって、お前なぁ・・・。俺が、」
「働きたくない私がなんでこんなに身を粉にして働いていると思ってるんです?」
「・・・・・・・」
「土方さんだから、ですよ」



向こうで黙り込む気配がする。なんか変な事言ったか?いやいや至極普通の事を言ったまでだ。
そういう副長だから、私は働いて支えようと思うのだから。










波間にたゆたう
「副長、お疲れ様です」
「あれ、土方さん。そんな所に座ってなにしてるんです?仕事は?」
「お前に仕事は?と聞かれることほど苛立つ事はねぇな」
「まぁまぁ、で、なにしてるんですか土方さん」
「風呂番だ」
「風呂番?んー・・・あ、ちゃんのか。へーぇ、土方さんがねぇ」
「総司、あんたがいつもの入浴中にちょっかいを掛けるから」
「んなことしてたのか。風呂ぐらいゆっくり入らせてやれよ」
「だーって、入浴中のちゃんをからかうのって面白くて」
「「総司」」
「あーはいはい、もう。そんな怖い顔しないでくださいよ。それに僕だけじゃないですよ?」
「はぁ?どいつもこいつも・・・・はぁ」
「副長、あとから俺が制裁を加えておきます」
「頼んだ・・・いや、俺も一緒にやる」