「いやぁ、春ですね〜」
「・・・・・・春だな」



春うららかな昼下がり、私は朝の巡察を終えた斎藤さんと縁側にてお茶を飲んでいた。
平和で穏やかな時間がゆったりと流れていく。 会話も至って裏などない平和な、とりとめもない話題ばかりで。
だが、内心私は焦っていた。

何を隠そう、私、は、斎藤一さんと、 話した事がごく僅かしかなかったのだ。







「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」



沈黙が痛いとはこのことだろうか。ちらりと湯呑から視線を外して隣を盗み見るも、斎藤さんは素知らぬ顔で お茶をすすっている。その表情がぴくりとも動かない所を見ると気まずさなんてみじんも感じ取れない様に見える。
ふぅ、と手に持った湯呑に息を吹きかけるようにしてため息を人知れずこっそりと吐けば、斎藤さんの肩が少し揺れた。



それにしたって同じ屯所内にいるとしても、私と斎藤さんの接点はごく僅かなものだ。
朝食の場、あとは、鍛練中に横を通り過ぎる、巡察から帰った時に見かける、あとは、ええと・・・・まぁ、とにかく 数えるくらいしかない私と斎藤さんの接点はすれ違いというには余りに脆すぎるくらいのものだった、はず。なのだ。
それなのに今彼が私の隣に座っているのにはちゃんとした経緯がある。















朝からせわしなく働いて、洗濯物を干し終えて屯所内の掃除をしていた時の事だ。その時の私は 肩まで思いっきり袖をたくし上げて、やる気まんまんの格好で廊下を雑巾がけしようとしていた。

春とは言え、まだまだ春先の気候は少し肌寒くて、冷たい桶の水は身体をしゃきりとさせた。 一通り掛け終わって、ふぅ、と一息ついた所で、屯所がにぎやかな声に包まれた。 巡察から帰って来た隊がいるんだなぁ、なんて思いながらそのまま雑巾がけを続行していた私に視線が投げかけられた。 いくら鈍いとは言ってもじっと見られていたら嫌でも分かってしまう。
恐る恐る雑巾と床だけを見ていた顔をそちらの視線が降り注ぐ方へと上げる。 そこには隊服を着たまま、ぼけっと(こう言ったら仮にも幹部の方に対して失礼だとは思うのだけれど、)突っ立っている 斎藤さんの姿があったのだ。

だから私はついつい、雑巾を片手に立ち上がったのだ。ひと休憩入れるので、良かったらご一緒しませんか?と。 そう言った私に、斎藤さんはただこくりと頷いたのだった。







「・・・・桜餅おいしーですねぇ」
「・・・・そう、だな。たまにはこういうものも悪くはない」
「甘いものを食べると、頭が働きますよ。あっ、土方さんにも差しいれしましょうか!」
「ああ、それは良い案だと思う。副長も喜んでくださることだろう・・・・だが、しばし待ってはくれないか」
「え?ああ、はい、別に後でも構いませんけど・・・」



待てと言った割に、斎藤さん自身は何かをする訳でもない。
なんなんだろう?としばらくは構えていたのだけれど、特に何をする訳でもなさそうだ。 首を傾げながらも桜餅に手を伸ばして2個目に入る。
それにしても桜餅おいしいなぁ、止まらないよ。でも これ台所に置いてあったやつ勝手に持って来ちゃったけれど、今更になって不安になってきた。 これ食べて良かったんだろうか・・・、



「・・・駄目だ」
「へっ!?はっ、や、やっぱり駄目ですかね!?」



心の声を読まれたような絶妙な間で返事が返って来たので、私はびくりと反応して斎藤さんの方を見た。
すると向こうも驚いた様にこちらを見ていて、微妙な空気が流れた。
一口かじった桜餅を何事もなかったかのように盆に戻して、少し誤魔化すように笑って見せる。



「ちが、・・・い、今のは、緊張して・・・」
「・・・・?」
「・・・・なんでもない」
「そう、ですか・・・、」



そう言いながらも私から視線を外そうとしない斎藤さんは、何か言いたげな様子でそわそわきょろきょろと 非常に落ちつかない行動を取っている。
斎藤さんって冷静沈着な人だって平隊士の人から評判を聞いたのだけれど、これはどういうことだろうか? 疑問符を飛ばしては、頭の中でぐるぐると考え込んでいると、 何かを言おうとして斎藤さんはいきなり元気よく立ち上がった。

その時、その動きで、湯呑に淹れたお茶がかたかたと揺れて零れそうになる。 慌てて、斎藤さん!と呼んでその手を湯呑ごと掴んで零れるのを防いた。

ほ、っとしたのも一瞬で、その手は振り払われた、と同時に湯呑は廊下へ転がって、お茶は勢いよく飛び出した。
それが衝撃的で、でもそういった一瞬ほど切り取られてすごく動きが遅く見えるものだ。 ゆっくりと湯呑が弧を描いて飛んで行くのが見えた。
あーーー!!今磨き上げた廊下が一瞬でパーだ、なんて手を振り払われたのにも関わらず傍から見れば随分のんきな事を 考えてしまったが、ここまで磨くのにかなりの時間を掛けていると考えるとそう思ってしまうのも仕方がない。
でも今はそれよりも気にするべき事があるだろう、と必死で廊下の事を脳から追い出す。



「斎藤さん!大丈夫ですか、火傷してませんか、」
「・・・・・・・」
「斎藤、さん?あの・・・・?」
「・・・・・・・」
「あの私、いきなり手とか握ってしまって、驚かれたんですよね、すみま」
「すまなかった!!」
「へ?」
「大事はないだろうか?もししていたら俺はなんと詫びれば良いのか・・・!本当にすまない、」
「え、ちょ、待ってくださいって、落ちついてください。そんなに掛かってないし(どっちかっていうと廊下が・・・)」
に怪我なんてさせてしまったら、もうどうすれば、・・!」
「さ、斎藤さん?!本当にどうしたんです?」



土下座でもしかねないくらいの勢いでこちらに迫って来た斎藤さんの肩に手をやると、ぱっと手を取られて握られる。
ぎゅっと握られた手はいつも体温が低そうに見える斎藤さんからは想像できないくらい熱くて。 驚いて斎藤さんの顔を見つめれば、頬が赤く染まっていく。
切なげに双眸が細められて、眉をひそめる斎藤さんは、私の事を心配してくれているようだ。
大丈夫ですよ、とゆっくりと笑顔を見せれば、真っ赤になった斎藤さんは、そっと私から視線を外した。 でもその手はほどかれる事はない。



ぎゅっと握られたその手からなにかあたたかいものが伝わるような気がした。











もとめるものは

 ただ一つだけなのです

「あー、一くんようやくいったなぁ」
「見つめ続けて早幾年、隣に座るまでにどれだけ時間かかってんだか」
「左之!そう言う事言うんじゃねぇ!俺は分かるぞぉぉ斎藤ぉぉお!やったな!」
「まぁ、あれじゃさん気付いてなさそうだけどなー」
「まぁ、そうだろうな。俺が迫っても全然顔色変えなかったし・・・」
「お前・・・」
「左之さん・・・」
「ん?なんだ2人とも変な顔しやがって」