まずい人と2人きりになってしまった。

いつも騒ぎながら一緒にいてれる藤堂さんがいない今、
無口だけど頼りになる斎藤さんがいない今、
この人を抑える役割を果たしてくれる土方さんがいない今、
優しくて気の利く原田さんがいない今、
お兄さんみたいに明るい永倉さんがいない今、

私の隣にいるのは、何を考えてんだか分からない、いつも意地悪な沖田さんなのである。


それにしても何故、私がちょっと休憩しようと考えた、そんな絶妙な時間に 向こう側から優雅に廊下を歩いてこっちに来るのかなぁ? しかもこの先行き止まりなんですけど、なんでわざわざこんな所に来たの? これって嫌がらせ?ね、これ嫌がらせだよね?どうにかしてよ、この人、本当に・・・! 極限に嫌な顔をしていたら、そんな私の視線もなんのその。どこ吹く風で私の隣に座りこんだ。 ぎゃあああああ、何故、そこに座るんだ・・・!


いや、ちょっと待てよ、この人は曲がりなりにも一応立派な1番組組長だ。
忙しいはずだし、隊務とかあるだろうし、そのうちどこかへふらりと行ってしまうはず。 そう、そうに違いない!今は、耐えろ、耐えるんだ・・・!頑張れ、あと少しの辛抱なのだ。


そろりと隣にいる沖田さんを見る。見上げた私の視線に気が付いたのか、沖田さんも 空に投げていた視線を私へ向ける。 目が合ってしまった以上はどうにか会話を搾り出さなければいけない。 えーとえーと。


「きょ、今日はいい天気ですねー。えーとそれで沖田さんはお仕事今日はどうされたんですか?」
「うん、そうだねー。今日は仕事はないんだ。非番だからね」
「へー、ふーん、そうですかぁー」


今 日 は お 仕 事 は な い ら し い !
どうする、非番ということはまずここから動かない。とすると・・・そうだ、私がここから逃げれば いいんだ・・・!なんで私最初に沖田さんが来た時にそうしなかったんだろ?
そうよ、じゃあ、私はこれでとか言って適当に笑っときゃどーにかなるんじゃないの!
さっと、立ち上がってそそくさと立ち去ろうとする私を見て、沖田さんはあのいつもの 意地の悪い笑みを見せ、立ち上がった。逆に私は青くなった。こ、この微笑み・・・・。


「ねぇ、なんで僕が君の傍に行きたがるか、知ってる?」
「え、あー、苛め甲斐があるから、とかですか?」
「はぁ・・・君はまだまだ子供だなぁ、全然僕のことを分かっていない」
「それは・・・ご、ごめんなさい」
「僕はね、君の事を気に入っているんだ。だから、当然君が逃げようとすれば掴まえたくなる」
「(うわ、どうしよう、この人マジ危ない人だ・・・!)」
「君が僕の視界にいないだけで、すごく物足りない気分になるんだ」
「・・・・はぁ、まぁそんなに会いませんしね、屯所内でも」


唐突に会話を振られたものの、切なげな微笑みを浮かべながら話してくる沖田さんに私は、頷くことしか出来ない。
それにしても逃げ出そうとしてたのに、どうして私は沖田さんの話を聞く羽目に なっているのだろう。この人に関わるとろくな事がないって分かってるのに・・・。 ほんとに、もう・・・。


「極めつけは君の、その顔」
「か、顔?顔はどうしようもないというか、生まれた時からこういう顔ですし」
「そういう意味じゃないよ。・・・平助や一くんといる時はあんなに楽しそうに笑うくせに、」
「・・・は?」
「僕だって君を笑顔にしたくて色々やっているのに。はぁ・・・左之さんはまだ分かるとしても、 土方さん相手にも笑顔を向けたのを見た時は流石の僕も斬り殺したくなったね」


流石の私も、どっちを?なんて聞き返したくはなかった。沖田さんのいい笑顔は怖い。
それに散々な言われようだが、あの沖田さんの行いが、全て私の笑顔が見たくてしたこと・・・だと?
蜘蛛を顔の前でいきなりぶら下げられたり、後ろから脅かしてきたり、犬をけしかけたり・・・。 え、あれっていじめがしたかったんじゃなかったの?というのが私の素直な感想だ。 思わず一歩後ろへ引いてしまった。


「あの、恐れながら申し上げますと、沖田さん、」
「なぁに?笑ってくれるの?」
「私も笑わない人間という訳ではないので普通に接して頂ければ普通に笑うと思うんですが・・・」
「普通?普通って僕が今までしてきた事をしなくてもっていう意味?」
「そうですね・・・間違ってもカエルを服の中に入れられて笑う子はあまりいないと思いますね・・・」
「・・・そうだったのか。それじゃあ、これからは普通に接することにするよ」
「是非そうしてください。でもなんで笑顔なんですか・・・?しかも私の」
「うん?僕だって好きな子の笑顔を見たいと思う事くらいあるよ」
「そうですか・・・って、え?な、なん・・・」


私が言いたかった言葉は続かなかった。
おそらく私が今まで見た事もなかったような優しい穏やかな表情で微笑むものだから、 ついつい言葉を失ってしまったのだ。
沖田さんってこんな風にも笑えるんだ・・・。半ば感心してしまった私は、呆然としていた。
それがいけなかったのか、さっきの優しい穏やかな表情はあっという間に消し去り、 変わりにいつもの意地悪な微笑みが沖田さんの顔にはりついた。 マズい、と思ったのもつかの間、たちまち壁際に追い詰められる。 なに、この虎に追い込まれた草食動物な気分は・・・!
ふっ、と沖田さんの口が私の耳元に寄せられ、小さく呟かれる。


「もうこれからは、掴まえたら逃がしてあげないよ」
「・・・!」
「今日はこれくらいにしといてあげる。またねちゃん」


最後の言葉と共に妙に自信満々な笑みを浮かべた沖田さんは廊下の角を曲がって、 来た時と同じように去っていった。 なんだったんだ、まるで嵐のような人だ・・・。
私は再び呆然とするしかなかったが、その次の日からの沖田さんの攻撃に逃げ惑うことになるのだった。






君に、伝えたかった事