普段と違う姿を見ると何故か、その人が魅力的に見える事がある。
それは誰でもそういった経験をしたことがあると思う。例えばさばさばしている子が実は裁縫が 得意で繕ってもらったりだとか、弱そうな子が実はめちゃくちゃ剣が強かったりだとか・・・・。
人はそういったものに非常に弱いのであった。







ここにもそんなことを体験した奴が1人。
茫然と立つその姿は滅多に見る事が出来ない為、貴重といえば貴重なのだが。 しかしその後に彼の口の端がつ、と上がった。
ここは道場、その手には竹刀が握られている。だらりと下がった竹刀を再び顔の前まで持ってくると、 その笑顔のままに、再び足を踏み出した。


その者の名前は、沖田総司。
・・・・・・・・・・・・・ただいま、こてんぱんにした相手の泣き顔を見て、上記の様な感情を抱いた 者の名前である。 いうなれば、加害者側に立つ喜びを知ってしまったとでも言うべきか。それは、もう後には戻れない感情を 覚えてしまったと言えるだろう。











「てな訳なんだよ」
「てな訳なんだよ、じゃないです!」
「いやぁ、その時の子にそっくりなんだよね、君」
「だからってなんで沖田さんに泣かされなきゃいけないんです!」
「なんでって、そんなの・・・・、」
「そんなの?」
「楽しいからに決まってるでしょ」
「だぁあああ、もう!」



そんな奴の目の前で竹刀を握らされたは呆れた顔で沖田の前に立つ。
今そのような状況になった訳を説明しろと言ったら、今のこの説明だ。はっきり言って訳が分からない。
どうして私、こんなことに。私は午後から千鶴の為にお団子を買いに行こうと思ってたのに。 まさかの事態にあれよあれよという合間に巻き込まれている。 これだったら酔っ払った原田さんとか永倉さんに絡まれる方がよほどマシだったと思える。 今度からは少し優しくしてあげようと思えるくらいには。

何故、こんなことに?という私の疑問に応えられるものはどこにもない。
屯所の門を出る時に、ちょうど巡察から帰ってきた沖田さんに見つかってしまったのである。そう、それは 運であり、そこで会ってしまった事が全ての原因であった。
げ、という顔を隠さずに一歩下がってしまってから、隣を勢いよく通り抜けようとしたら、首根っこを掴まれて 道場まで連れてこられた。その手つきは隙がない。 隊士の皆さんの「可哀相に・・・」といった視線を受けながらも誰も助けてはくれないという、絶体絶命な 状況である。やはり最後に頼れるのは自分だけである。



竹刀を肩に置いて私の前に立つ沖田さんはとても嬉しそうだ。
逃げ出されるとどうも捕まえたくなっちゃうんだ、と明るく言うその言葉に嘘はない。 ええ、そうですとも、嘘はないでしょうね!この人の場合そういうの大好きだってことは分かるからね。 ・・・・・・・・・・いやだよ!分かりたくなかったぁあああ!
そう喚くと沖田さんは一層嬉しそうに笑って、竹刀を構えたのであった。



その後の事は、もう言いたくもない。
沖田さんなんて、沖田さんなんて・・・・!くっそぉぉぉおこのやろぉおおお!覚えとけよ!








加害者の微笑み
                         「好きな子の涙はそそるよね」